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2017/3/16・23
東日本大震災七回忌特別寄稿 記録者としてみた被災地の土徳 大飢饉に続く原発事故 
青原さとし(ドキュメンタリー映像作家 『土徳流離』監督)

 3月11日で東日本大震災から6年。仏教では七回忌にあたる。被災地、特に原発事故被害の大きい福島に足繁く通った映像作家で『土徳流離』監督の青原さとし氏に記録者の視点から寄稿頂いた。庶民の「営み」が崩されようとしていることに思いを綴る。

 江戸時代後期、東北一帯を襲った天明の大飢饉により旧相馬中村藩(福島県相双地方・浜通りの一部)は、餓死者・逃散者が相次ぎ、人口が3分の1にまで減少した。藩は荒廃した相馬の土地を復興させるため「入百姓政策」を打ち立てた。他藩から農民を受け入れ入植させるのである。入植者は、ほとんどが越後、越中、加賀などの真宗門徒であった。この相馬移民の入植は、文化年間から明治初期まで続いた。それからおよそ200年後、同じ相馬の地に東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故が襲ったのである。①チラシ用コラージュ.jpg青原氏が2015年に公開した『土徳流離―奥州相馬復興への悲願』のチラシ。時空を超えた人間と土の記録でもある

 2012年秋、相双地方を初めて訪ねた時の衝撃は今でも忘れない。現地の人に相馬市・南相馬市各地の津波被災地へ案内していただいた。瓦礫がまだまだ夥しく転がる海岸のほとり、住宅の基礎石が所々に露出している。随所随所に供えられている花やお線香が生々しい。ここには人が暮らす数十軒の家があったのだ。旧相馬藩藩域における海岸線の集落は、真宗移民の人たちの居住区が多いと聞いた。また南相馬市小高区、飯舘村、浪江町、双葉町、富岡町など原発事故によって立ち入り禁止区域にされ無人となった街々も、相馬藩域であり真宗移民の入植地であったと知り、愕然とした。相双地方はまさに天明の大飢饉が、再び繰り返されたような場所なのだ。「映像に記録する」という重要性、緊急性をこのときほど痛感したことはなかった。私は記録映画作家として、広島の真宗僧侶の身として、この地を映像に記録せねばという衝動に駆られた。

 しかしその志は多くの困難な障壁にぶち当たり、くじけそうになることが何度もあった。お祭りの撮影に臨もうとすると今は完全に行っていない、避難している人と連絡がとれない、警戒区域には1週間以上も前から申請し遠方に避難している住民の人と同行しないと入れない、一度訪ねた時の田園風景が次に訪ねたら放射性廃棄物の仮置き場と化したり、避難中の寺院や神社が火事で全焼したりと、日々の常識では考えられないような状況ばかりが続く。そんな中でも、私が問いかけようとしている切り口での取材は、地元の多くの人たちから快く迎え入れてくれた。

 共同体の記憶

 そう大飢饉からの復興を目指して行った「入百姓政策」、「二宮仕法」の歴史は、3・11を経た地元の人にとってみれば痛烈に響いてくるものと想像がつく。相馬藩という共同体の尊い「記憶」であり、アイデンティティなのだ。それを「記録」に残すことは、私が想像する以上の重大課題であったのかもしれない。

 足かけ3年におよんだ撮影記録は『土徳流離―奥州相馬復興への悲願』と題した映画に結実した。

 2015年9月、相馬市・南相馬市で4日間に渡り上映した。来場者延べ1500人の方々は、3時間半に及ぶ映画をほとんど席を立たれることなく食い入るようにご覧いただいた。しかしスタッフや一部の方からの意見として「長すぎる」という意見も多くあった。それでも私は微調整や趣旨を明確にするための改編はしても、長さは全く変えなかった。映画の中で、物語の流れを大きく寄り道をするシーンがある。

 移民政策は相馬だけでなく笠間市など北関東へも広範囲に行われていたことを解き明かすシーンなのだが、そここそカットすべきであるという意見もあり私もそのように漠然と考えていた。ところが東京での試写会にその笠間市の出演者の方が来場された。アンケートにびっしり感想を書かれていた。「相馬の人たちと同朋であるということを痛感した」とあった。またその方から、同じ地域の出演者が最近、ご逝去されたことを伺った。実はその時点で2人、映画の完成を見ずして御逝去された方がおられ、現在にいたっては6人の方々がお浄土へ逝かれている。つまり映画が、ある意味遺言ともいえる最後の記録となってしまったのである。

 「営み」の記録
 私は、これまでおよそ30年近くドキュメンタリー映画製作に従事してきた。いわゆる社会派ドキュメンタリーではなく、ほとんどが、庶民の民俗文化の記録である。庶民にとってかけがえのない伝統工芸であるとか、お祭りであるとか、そういった「営み」の記録である。このたび「土徳流離」をまとめても、やはり「営み」こそが、先人の記憶であり記録であり、その積み重ねが「歴史」を形作っているということを改めて思った。「土」の「徳」とは、そういった先人が積み重ね、積み重ねして堆積した分厚い、決して崩してはならない層なのだ。ところが、いま、6年を経たフクシマは、何の復興も遂げていない。地元への杜撰な東電の対応、早すぎる解除宣言、帰還できない村民、補償金等を巡る村落・家族の分断等々…、土徳の層が一気に崩されようとしている。あきらめてはならない。力の続く限り土徳を、先祖の営みを想い続けてほしい。
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あおはら・さとし/1961年広島市の浄土真宗本願寺派眞光寺に生まれる。龍谷大学仏教学科卒。87年映像を志し上京。イメージ・フォーラム付属映像研究所第10期生。88~00年民族文化映像研究所に在籍。日本列島に伝わる様々な庶民の生活文化の映像記録作業に関わる。03年『土徳―焼跡地に生かされて』以後、フリーに。広島を拠点にドキュメンタリー映画の制作に励んでいる。

2017/3/16・23
3・11 東日本大震災から6年 各地で七回忌法要

 全日仏青 日蓮宗本山孝勝寺で営む 慈母観音像のノミ入れも
  全日本仏教青年会(全日仏青/東海林良昌理事長)は11日、宮城県仙台市の日蓮宗本山孝勝寺(谷川日清貫首)で七回忌法要を営んだ。遺族や檀信徒130人、日本の青年僧、世界仏教徒青年連盟(WFBY)会員や来賓120人が参列。犠牲者を追悼し、復興を祈った。本山孝勝寺、全国日蓮宗青年会が共催。
全日仏青七回忌④.JPG本山孝勝寺での七回忌法要で慈母観音像にノミ入れする参列者

 東海林理事長は「皆さま共々に震災でお亡くなりになられた方の追善菩提、この地に住まわれている方の心の平安を祈りたい」と挨拶。WFBYのデンポン・スワナチャロプ会長も「アジアの青年僧を招いていただきありがとうございます。被災された皆さまがご健康であり、勇気を手にされることをお祈りします。宮城の皆さま、日本の皆さま、世界中の私たちは皆さまの心と共にあります」と心を寄せた。

 法要後には、身延山大学仏像制作・修復室が東日本大震災の慰霊のために制作している「慈母観音像」のノミ入れ式や浄土宗僧侶で二胡奏者の川野真広さんによる追悼コンサートが催された。


身延山大学の柳本伊佐雄教授は「慈母観音は多くの方の協力で進められている」と語り、荒彫りの慈母観音像にノミをいれる「一のみ運動」は全国各地を巡り、約2千人以上が参加したことを紹介。この日も、参列者がノミを入れ、削りとった観音像の一部はお守り袋に収められてそれぞれに手渡された。(続きは3月16・23日合併号紙面をご覧ください)

 全曹青 福島市で集い開く 夢を込めた風船を空に
 全国曹洞宗青年会(全曹青、安達瑞樹会長)は10日、福島市のルンビニー幼稚園(吉岡棟憲園長)と円通寺(同住職)で東日本大震災七回忌復興慰霊祈願の集いを開催した。合言葉は「笑顔の君とおなじ空を見上げて」。地震・津波・原発事故からの復興が続く福島の人々の心を癒し、絆を深めた。全曹青⑪.JPG「みんなのゆめがかないますように」と風船を空に飛ばした

 ルンビニー幼稚園では全曹青メンバーが約180人の園児に演劇やダンスを披露。青年僧の着ぐるみ仮装には子どもたちも大喜びだった。続けて、「みんなとずっとながいきできますように」といった願いが書かれたお地蔵様の塗り絵が結ばれた約500個の風船が用意され、園児たちは風船でできた観音様の前に集合。「みんなのゆめがかないますように!」の言葉とともに一斉に大空に放たれた。西からの風に吹かれ飛んでいく風船を、子どもたち、保護者、僧侶はしっかりと目に焼き付けた。


 ルンビニー幼稚園教諭で円通寺副住職の吉岡統親氏は「こんなにたくさん集まってくれて本当にうれしかった。子どもたちはいつも元気いっぱいですが、風船を前にするともっともっと、いつも以上に元気を出しますね」と笑顔。(続きは3月16・23日合併号紙面をご覧ください)

2017/3/16・23
本願寺派 石上総局が総局改造 新総務に山階、池田、阿部の3氏

  浄土真宗本願寺派(石上智康総長)は3日、総局の入れ替えを行い、第4次の石上総局が発足した。総務に山階昭雄氏、池田行信氏、阿部慶一氏が就任した。副総務に弘中貴之氏、玉井昭英氏が就任した。中戸康雄氏、光岡理學氏、霍野廣紹氏、丸田教雄氏は退任し、弘中氏は再任した。

 各氏の略歴は以下の通り(敬称略)。

【総務】
 山階昭雄=昭和27年生まれ。64歳。北海道虻田郡倶知安町東林寺住職。宗会議員4期。総務2回目。副総務2回。
 池田行信=昭和28年生まれ。63歳。郡栃木県那須郡那珂川町慈願寺住職。宗会議員4期。総務2回目。
 阿部慶一=昭和19年生まれ。72歳。新潟県西蒲区長厳寺住職。宗会議員4期。総務2回目。
【副総務】
 弘中貴之=昭和45年生まれ。46歳。山口県防府市乗円寺住職。宗会議員2期。副総務2回目。
 玉井昭英=昭和30年生まれ。62歳。奈良県吉野郡天川村西教寺住職。宗会議員3期。副総務1回目。

2017/3/16・23
天台宗 杜多内局スタート 人材養成 最重要課題に

  天台宗の宗務総長に杜多道雄氏(72)が就任し新内局が発足した。阿部総務部長以外は新任となった。任期は平成33年3月14日までの4年間。15日には、滋賀県大津市の滋賀院門跡「梅の間」で宗務総長任命辞令親授式が執り行われた。森川宏暎座主から任命辞令を親授された杜多氏は「皆様方のお力添えを賜り、宗本一体を旨とし、全力を傾注して職責を全うする所存」と誓った。①天台宗 杜田内局発足.JPG記者会見で所信を述べる杜多宗務総長

 森川座主は、8月の比叡山宗教サミットと11月の建立大師相応和尚一千百年御遠忌を円成するために「仏さまのお計らいで皆様方に託されたと思っている」と新内局の手腕に期待を寄せた。

 親授式後の記者会見では、杜多総長が所信を表明。体調不良により任期途中で退任した木ノ下寂俊前宗務総長への思いを語り、「本人が一番心残りだろうと思う」として、前内局の施策を引き継ぎ、最重要課題に人材の養成を掲げ「全力を挙げて取り組む」とした。

 さらに、比叡山宗教サミット30周年の円成、不活動法人対策、宗務行政の運営評価、宗務庁の機構改革、宗内寺院の収入額申告、高度情報通信社会に対応した情報発信なども課題に挙げ、「より良い方向性を見つけて参りたい」と抱負を述べた。

 座右の銘や内局のスローガンを問う質問には、〝常精進〟を提示。「常に精進を心がけ、後に残る者にも呼びかけたい。この内局でも常に精進を続ける姿勢を怠らないことを心がけて、宗政を運営させていただきたい」と思いを語った。

 杜多新内局の陣容は以下の通り(敬称略)。

 総務部長=阿部昌弘(九州東教区・大分県大分市・觀音院)法人部長=浅野玄航(南総教区・千葉県夷隅郡・妙音寺)財務部長=甘井亮淳(九州西教区・福岡県久留米市・大善寺)教学部長=森田源真(兵庫教区・兵庫県姫路市・圓明寺)社会部長=林光俊(福島教区・福島県本宮市・金礼寺)一隅を照らす運動総本部長=森定慈仁(延暦寺一山・滋賀県大津市・竜襌寺)

2017/3/9
宗会シーズンⅡ 高野山 豊山派 日蓮宗 浄土宗

 高野山 興正寺問題で元住職の再処分採択 添田総長続投表明
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第155次春季宗会(安藤尊仁議長)が2月28日~3月2日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。最終日には、罷免住職側の「不法占拠」が続く名古屋市昭和区・別格本山八事山興正寺の裁判と今後の対応について集中審議。「無権限者であるにもかかわらず年間3597万円もの高額報酬を受領し、しかも自身が負担しなければならない租税公課等を納付せず、宗派側に負担させている」梅村正昭元住職に対し、最も重い除名(僧籍剥奪)を含む「新たな懲戒処分を下すべき」という宗会議員の総意を採択した。

 田邊正紀・犬飼尚子両弁護士が出席し、裁判の現状と見通しを報告。元住職側が起こした「罷免無効」訴訟と宗派の特任住職(=添田総長)側による「寺の明け渡し」要求訴訟の第1審判決までに、「短くても半年から1年を要する」との見解を示した。4月に添田総長の証人尋問を実施。罷免住職側による80億円もの寺有財産外部流出をめぐる刑事告訴は、「名古屋地検が捜査中」と説明した。

 添田総長は閉会挨拶で、興正寺問題の完全解決に向け、総長職続投の意思を表明した。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)

 豊山派 宗団活性化へ ケネディ演説で鼓舞
 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第144次宗会通常会(加藤章雄議長)が7日、東京・大塚の宗務所に招集された。星野総長は施政方針演説で、ジョン・F・ケネディ米国大統領の就任演説をふまえ、「同胞である豊山派関係者の皆さん、宗派があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが宗派のために、総本山のために、同胞寺院のために、何ができるかを考えようではありませんか」と鼓舞。「全ての豊山人の力を結集して、課題満載の感がある豊山派を少しでも前進させたい」と力強く表明した。

 宗派が直面する主要課題の一つである人口減少と過疎化に対し、「地方寺院と都会寺院の交流の促進化」を提示。「地元から都市へ移住していく檀信徒への法務執行等の宗教的サービスの継続の方法を、地方寺院と都市寺院との協力の中で実行していく具体的方法を模索している」とし、「平成29年度は、過疎・少子化が着実に進んでいる地域の寺院や教師諸氏の話を聞き、実態への認識を一層高めたい」と述べた。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)


 日蓮宗 降誕800年いよいよ実動 浄財勧募は順調
 日蓮宗は7日、第111定期宗会を東京都大田区の宗務院に招集した。小林順光宗務総長は施政方針挨拶でいよいよ新年度から実動する宗祖降誕800年慶讃諸行事・事業に意気込みをみなぎらせ、寺院・僧侶・檀信徒が一丸となって取り組めるよう進めていくと表明した。

 慶讃行事は本年5月21日のマレーシア・ペナン島一念寺におけるアジア国際布教拠点記念大会に続き9月の山静教区、11月の中部教区の記念大会を予定。慶讃事業は日蓮宗の社会的認知度を上げるための「日蓮宗ブランド化」、寺院布教活動に必要なソフトを作り活性化を図る「寺院活性化事業」、宗門子弟と青少幼年信徒の育成を目的とした「人材育成事業」を三本柱としている。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)


 浄土宗 抜本的な組織再編へ 局室統合、総長任期内に移行
 浄土宗の第116次定期宗議会(木村弘文議長)は2月27日、京都市東山区の宗務庁に招集された。豊岡鐐尓宗務総長が2017年度の執務方針を述べ、宗務庁の抜本的な組織再編に着手する意向を示した。

 現行の宗務庁の基本体制5局2室は2003年、水谷幸正内局が確立。その後、2006年に社会福祉推進事務局、東日本大震災を契機に設置した災害対策事務局(当時は災害復興事務局)、一昨年に立ち上げた浄土宗開宗850年準備事務局の3局が現在、追加されている(京都4局2室、東京4局)。

 10年以上経ち、構造改革検討委員会は2014年、時代の変化に対応した組織体制の改革案を提案。しかし、豊岡内局がすでに取り組んでいたコンピューターシステムの見直しを巡り、組織再編にも関係する大幅な業務改善を進めることにし、システム構築を先決事項とした。根幹となる寺院、僧侶の情報を扱う総務システムを4月から本格的にスタートさせる。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)

2017/3/9
天台宗 新宗務総長に杜多道雄氏

④天台宗 杜多道雄 新総長.jpg杜多道雄氏 天台宗の新宗務総長に東京都台東区大泉寺住職の杜多道雄氏(72)が就任することが2月22日、内定した。1月に木ノ下寂俊宗務総長(69)が健康上の理由により任期途中で辞任する意向を表明した。後任を決める宗務総長選挙で立候補届出期限の22日までに届け出たのは杜多氏一人で、無投票で事実上当選が決まった。任期は3月14日から4年間。15日に新内局の任命式が行われる。



 杜多氏は東京生まれ。慶応大卒。東京教区宗務所長などを歴任し、2009年に阿内局で総務部長を務めた。

2017/3/9
念法眞教 次期燈主に桶屋総長 稲山燈主 教団の行く末を考慮

  念法眞教は5日、次期燈主に桶屋良祐・念法眞教教務総長兼金剛寺執事長(68)が選任されたと発表した。桶屋総長は任期途中の4月1日付で燈主代行者に就き、稲山霊芳・三代燈主(92)の代わりを務める。代行者が置かれるのは制度ができてから初めて。燈主は終身制。教務総長の後任に一宮良範・念法眞教総務部長(68)、執事長の後任に丸山良徳・金剛寺教務部長(52)が4月1日付で④桶屋次期燈主.JPG桶屋次期燈主就任する。任期は現内局の残任期間の来年9月まで。

 1年の教団方針を伝える家族会議が同日、大阪市鶴見区の総本山金剛寺に招集され、明らかにされた。全国の信徒総代ら約1000人に、稲山燈主は「燈主の使命として、教団の行く末を安心できるようにしておきたい」と説明。「齢により、これからは今までのように思うよう勤める事ができなくなる。そこで私の意思を明確に表明し、今後は後任の燈主と共に僧俗一致し、教団が一丸となって、開祖親先生の御心に添うように勤め、現世界極楽浄土建設に邁進することをお願いしたい」と語った。

 稲山燈主は、教団が立教開宗した年と同じ1925年に生まれた。17歳で出会った小倉霊現開祖(親先生)に勤仕。2001年2月に燈主に就任し、一昨年に90歳で立教90年祭を迎えた。

 桶屋総長は、「親先生、二代様が終身、燈主をお勤めになったように、ご燈主様も終身お勤め下さいます。全身全霊をあげてご燈主様を生涯お支えする覚悟です。ご燈主様がご存命中、四代燈主が誕生することはあり得ません」と言明。燈主代行に関して、執務の部分委譲と受け止めているとし、稲山燈主は全国の信徒に会って、親先生のみ教えを伝えたいとの思いを持っていると述べた上で、「そのお心に少しでも添わせてもらうために、全国の各支院をご親教に回ります」と決意を語った。

 全国親教は燈主の大きな任務の一つ。開祖や二代燈主は年間300日以上、全国の支院を巡教した。桶屋総長は、代行就任後の5月から80カ寺以上の支院を回る予定。 

 第4代燈主、燈主代行者を決めた稲山燈主による諭示は昨年12月29日付。内局や主管者には今年1月7日、新年面会で発表された。5日付の機関紙「念法時報」の号外で全国の信徒に伝えられる。

 桶屋総長は1948年8月、富山県生まれ。富山商業高校卒。円満屋木材に入社し、1969年に社長。1972年に入山。親先生の全国親教随行を3年務める。二代燈主巡錫随行長、三代燈主親教随行長を歴任。総務部長などを経て、2003年から現職。富山念法寺ほか19カ寺の主管者を兼ねる。

2017/3/2
「平和をつくり出す宗教者ネット」緊急集会 共謀罪は治安維持法の再来 山城氏の釈放求め声明も

「共謀罪」(テロ等準備罪)の上程阻止と廃止にむけて先月16日、東京・永田町の参院議員会館で開かれた「平和をつくり出す宗教者ネット」の緊急集会。講師の海渡雄一弁護士は、戦前の宗教弾圧の根拠となった治安維持法との関係からも報告した。

 治安維持法は「私有財産制度の否認」と「国体変革」の二つを取り締る目的で構成され、1925年の制定当時は「共産党対策とされた」。実際、これにより共産党と周辺の労働組合に適用された。次いで合法的な政党や労組が対象とされた。共産党は組織活動を停止。1930年代には特高組織が肥大化し、海渡氏は「食うために生き残りをかけてやったのが1935年の大本教に対する弾圧。凄まじい弾圧で神殿が破壊され、悲惨だった。獄死者も出た。しかし治安維持法に関しては後に無罪判決が確定している。これを突破口にキリスト教の一部、創価教育学会などが弾圧された」と危機感を訴えた。

 そして「公明党は推進とはなっていないが、ずるずると引っ張られている。戦前の歴史を覚えている人もいるはず。宗教者の方からもお声がけいただいて一緒にしていただければと思う」と宗教界と創価学会・公明党の“共闘”を促した。

 同日はまた、宗教者ネットが会見を開き、昨年10月、沖縄県の東村高江や名護市辺野古で米軍基地建設反対の抗議活動をしていた山城博治氏(沖縄平和活動センター議長)が公務執行妨害や傷害などで逮捕され、勾留期間が3カ月に及んでいることに対し、即時釈放を求める声明を発表した。 

 声明では「明らかに基地に対する抗議活動に圧力をかける意図」があると指弾。山城氏には悪性リンパ腫の持病があることも指摘し、即時釈放を求めている。同時に釈放のための署名活動への協力も呼びかけた。3月15日には宗教者ネット代表が沖縄県庁で記者会見を行う予定だ。

2017/3/2
津波被害の照徳寺で仙台仏教会主催の東日本大震災七回忌法要  全日仏と東仏後援

④七回忌仙台.JPG発生時刻に海に向かって黙とうする参列者 東日本大震災から間もなく6年。宮城県仙台市宮城野区の浄土宗照徳寺(中澤康博住職)で、一般社団法人仙台仏教会が主催する七回忌法要が営まれた。公益財団法人全日本仏教会(全日仏)、東京都仏教連合会(東仏)が後援。地元の住民、仏教会の僧侶など合わせて約150人が参列。犠牲者の供養と復興への祈りを捧げた。

 法要は曹洞宗梅花流詠讃歌奉詠、真言宗奉賛声明、浄土宗雅楽演奏で開式し、伊達広三・仙台仏教会副会長を導師、河野哲雄・国安泰泉副会長を脇導師に厳修。般若心経の読誦のなか、照徳寺の中澤住職、全日仏、東仏の代表、参列者が焼香した。震災発生時刻の2時46分には鐘を7回鳴らし、「皆さまの心の声が届きますように」のメッセージと共に海に向かって黙とうを捧げた。

 法要後には仙台仏教会理事の中村瑞貴氏(浄土宗)がコーディネーターとなり、TV番組「ぶっちゃけ寺」に出演していた、千葉公慈氏(曹洞宗)、杉若恵亮氏(日蓮宗)、釆澤良晃氏(臨済宗建長寺派)による「ぶっちゃけトーク」も行われ、震災後の支援活動や別れの悲しみにどう向き合うかなどを語った。千葉氏は被災地への思いと共に「私の中で大きく変わったのは、言葉の重み」と話し、道元禅師の「生死の中に仏あれば生死なし」を引いて、「生まれ来ること、この世から死んでしまうこと、生きていること。この中に仏が見つかれば死ぬこと生きることはなくなる。言葉のシンプルな意味は心得ていたつもりでいたが、本当の意味で、私なりに仏のいのちを感じるようになった」と話した。

⑤祈り鶴@七回忌.JPGPRAY for (ONE)が呼びかける他者への祈りを込めた祈り鶴を参列者も作った 今も亘理町に半年に一度訪れている杉若氏は、ボランティア活動の中で「おばあちゃんの形見がほしい」という要望を受け、津波で流出した桐たんすの中から綺麗な状態の着物を見つけたエピソードを紹介。「去っていく人はメッセージを残してくれる」と語り、「望まないことが起きるが、受けて立っていかないといけない。そうした想定の中で生きていく強さ、忍耐という心を鍛えてくれるのが仏教だと思う」と体験を交え話した。

 釆澤氏は「ひたすらに祈ること」をあげ、無心の祈りの先に「誰もが持つ仏さまの心。他者を思う慈悲の心がありありと表れてくるのだと思う」と語った。

 アトラクションとして三味線集団「華凛」の演奏が行われたほか、一般社団法人PRAY for (ONE)が呼びかける「祈り鶴」を参列者が祈りをこめて折った。中沢住職は法要の参列に謝意を示し、「人の生き死についてお話をいただいた。目で耳で心で感じ取っていただいたと思う。日々の生活をしっかりとお送りいただきたい」と静かに話した。

 照徳寺は海から約1.2キロに位置し、津波により本堂や会館に大量の瓦礫が流入、住民にも多くの犠牲者が出た。瓦礫撤去には浄土宗青年会ら約800人のボランティアが力を注いだ。境内には中澤住職が建てた慰霊碑があり、犠牲者63人の名が刻まれている。隣りには七回忌に併せて、全日仏、東仏、PRAY for (ONE)が寄贈した和顔地蔵が建った。