2017年
2017/1/1 新春随想 自らのつとめに目覚め済世利人へ 小峰一允 真言宗智山派管長・全日本仏教会会長
22年前の平成7年(1995)1月15日、家内が一度見てみたいということで、総本山智積院の新年行事であるお昆布式に参列しました。それを終えて神戸市北区の有馬温泉に一泊。帰りに神戸市の三宮駅周辺を散策し、16日夜には東京に戻りました。そして17日早朝の大地震。わずか半日の違いで地震に遭わずに済みました。安堵する反面、大変な事態が起きたと思いました。
6年前の東日本大震災の時は自坊におりました。以前、小名浜から随身していた学生がおりましたので、すぐに彼のお寺に電話をしたところ、庭まで津波が来たという。急きょ、自坊にある食料や毛布など何でもかき集めて救援物資として彼のお寺に送りました。
智山派の話になりますが、震災後、青年僧たちの震災に対する反応は敏感でした。津波や原発事故の周辺地域に智山派寺院が多かったこともあるでしょう。全国各地の青年僧が一致協力して救援活動を行いました。済世利人の実践です。その行動力とスピードには頭が下がります。こうした他者の痛みがわかるような実践と生き方は彼らの財産になることでしょう。
実は智山青年会を作ったのは私なのです。60年近く前です。当時大正大学に編入学したのですが、智山派学生はよく言えばおとなしい。時代的には創価学会の折伏行進の頃でした。全日本仏教青年会があり、各宗派の仏教青年会ができつつありました。そういう時期でしたので、同級生たちと何かしなければという思いが募り、智山青年会を結成しました(昭和33年1月)。当初は東京を中心に全国の個人加盟でしたが、それでは行動が伴わないということで教区単位となり、数年後には智山青年連合会となりました。組織に命を吹き込むのはその時々の青年僧たちです。平成以降、阪神淡路大震災をはじめ新潟地震などで救援・支援活動をしていますが、青年僧たちの行動はOBとして心強いし、うれしくもあります。
個人としては東日本大震災から2年後、お寺の御詠歌講の人たちと一緒に東北三十六不動を春と秋に分けて巡拝しました。震災は天地自然の現象ではあるけれども、こうした時代をつくり、異変を生み出したのは私たちの行為に原因があるのではと個人的に思ったからです。それで懺悔をしながら、犠牲者のみ霊安らかなれ、被災地復興なれ、この世平安なれ――とお不動さまに願ったのです。
智山派管長に就任してから岩手・宮城・福島の三県で公式に慰霊法要の導師をしました。さらに茨城と千葉で慰霊法要があり、名取市では御詠歌の奉詠大会も行われました。その都度、被災の大きさと継続的なご供養の大切さを思います。
阪神淡路大震災二十三回忌となる本年1月17日の前日(16日)、神戸市の須磨寺に建立されている「阪神淡路大震災物故者追悼碑」前で法要が営まれます。10月には全日本仏教会財団創立60周年記念行事が東日本大震災の被災地、福島県郡山市で開催されます。二十三回忌と七回忌、それに熊本大地震一周忌。大自然の中に生かされている仏教者として、自らのつとめに目覚め、全力を尽くしていきましょう。(談)
こみね・いちいん/昭和8年(1933)東京生まれ。早稲田大学教育学部卒、大正大学大学院仏教学修士課程修了。真言宗智山派教学部長、智山教化センター長などを歴任。平成27年(2015)6月真言宗智山派管長、総本山智積院化主第71世に就任。昨年4月1日より全日本仏教会会長(第32期)。自坊は練馬区の三寳寺。
2017/1/1 本願寺派特別宗会 石上総長を再任 正副議長に浅野、下原両氏
浄土真宗本願寺派は12月19~21日、任期満了に伴う宗会議員選挙をうけて第311回特別宗会を京都市下京区の宗務所で開いた。総長選挙が行われ、石上智康氏(80)が総長に再任された。就任の挨拶で石上総長は「伝灯奉告法要の無事円成」と「宗門総合振興計画の丁寧な推進、具体化」を当面の目標に挙げ、引き続き宗務に精励することを誓った。
宗会2日目の20日に総長選挙が行われ、大谷光淳門主は総長候補者に石上氏と元総務で福岡教区東筑組敬行寺前住職の大沼善龍氏(78)の2人を指名。投票の結果、出席議員74人の内、石上氏が68票、大沼氏が5票、無効票1票で石上氏の総長再任が決まった。
大谷門主は総長選挙に先立つ開会式で、「少子高齢化、過疎化など社会状況が変化しているだけでなく、人間の生き方も大きく変わってきている。その中でどのようにして浄土真宗のみ教えを伝えていくことができるのか、強い危機感を覚えます」と新たに選ばれた議員らにご親教を述べた。
22日に開かれた石上総長の就任会見では、現在進行中の伝灯奉告法要全10期の内、すでに終了した4期までで法要に約6万人、本山西本願寺に約15万人が参拝したことを発表。「改善するところがあれば改善し、より宗教的感動を共有していただける法要にしていきたい」と抱負を語った。
総長選挙に先立ち、特別宗会初日の19日に正副議長選挙が実施された。議長には浅野弘毅氏、副議長には下原忠雄氏が選出された。得票数は以下の通り(敬称略)。
【議長】浅野弘毅68票、下川弘暎1票、石上智康1票、白票6票
【副議長】下原忠雄59票、塩月光夫3票、下川弘暎1票、白票9票、無効票3票
第3次石上総局発足
12月21日付けで総務3人、副総務2人が任命され、第3次石上総局が発足した。40代の若さで新任された弘中貴之副総務以外は再任。人事は以下の通り(敬称略)。
【総務】▼中戸康雄(67)=国府教区高田組眞行寺住職 ▼光岡理學(74)=佐賀教区佐賀組浄照寺住職 ▼霍野廣紹(65)=北豊教区上毛組覺圓寺住職
【副総務】▼丸田教雄(68)=北海道教区北見西組光源寺住職 ▼弘中貴之(46)=山口教区防府組乗円寺住職
2017/1/1 大谷派 新総長に但馬弘氏 念仏僧伽の再興を目指す
辞意を表明した里雄康意宗務総長(67)の後任を決める真宗大谷派の宗会臨時会は15・16両日、京都市下京区の本山東本願寺で開かれ、参務の但馬弘氏(57)を指名した。大谷暢顕門首の認証を経て、19日、正式に就任した。宗務総長指名後に宗議会で挨拶を述べる但馬氏
与党会派・真宗興法議員団は14日、次期総長候補となる新代表に但馬氏を選出。一方、野党会派・同朋社会をめざす会は旦保立子代表(69)を立て、一騎打ちとなった。16日の宗議会で投開票が行われた結果、但馬氏が48票、旦保氏が15票だった。めざす会の15票以外、無所属議員の票も但馬氏が獲得した。
門徒で構成する参議会でも同日に投開票が行われ、但馬氏46票、旦保氏15票という結果を受け、両議会で過半数の票が集まった但馬氏が新宗務総長に指名された。
但馬氏は両議会で挨拶し、同派の現状について、「進行する寺離れや宗教離れによって教勢は下降線をたどっている」との認識を示した上で、「親鸞聖人の立教開宗の精神は念仏の僧伽の希求であり、それこそが真宗大谷派なる精神だ。あらゆる施策が念仏の僧伽の再興につながるよう宗務に取り組んでいきたい」と決意を述べた。
宗会閉会後に記者会見した但馬氏は、里雄内局が掲げた「一人の人、一つの寺を大切にする精神」を受け継ぎ、施策を行う意向を強調。「進行中の兼職寺院への支援や僧侶の資質向上を着実に進めたい」とした。人口減や過疎化の問題に関し、「都市開教と対にして考えていくべき。人口集中地域への教化拠点設置にも力を入れたい」と述べた。
さらに、安保法制に強い危惧の念を抱いているとした上で、「宗門は寺やご門徒だけに顔を向けていればいいというわけでない。平和への課題を中心に置きながら、差別や死刑制度の問題なども信心の問題と受け止め、声明を出すだけでなく、様々な分野と交わりながら念仏の教法に立つ教団として行動したい」との考えを示した。
但馬氏を後任に推した里雄氏が15日、辞任にあたって挨拶。11月下旬に執り行った修復完了奉告法要を節目に、2023年に迎える親鸞聖人誕生850年、立教開宗800年に向けて人心を一新するために辞意を固めたと説明。4年間余りの在任中、「気の休まることはなかったが、充実したときを過ごした」と語った。16日付の辞任後に取材に応じ、「一歩ずつ着実に施策を進めてほしい。一議員としてバックアップするとともに、『一人の人、一つの寺を大切にする精神』で一住職として力を尽くしたい」と話した。
旦保氏は「残念ながら、風穴を開けることができなかった」と悔しさをにじませ、無所属代表の大城雅史氏(72)は「全面的に支援する」と協力する姿勢を示した。
但馬内局スタート
大谷暢顕門首の認証を受け、19日、宗務総長に就任した但馬氏は同日付で内局を組局した。参務に林治氏(66)、木越渉氏(59)、望月慶子氏(74)、八島昭雄氏(61)、藤井宣行氏(54)を選び、但馬内局が発足した。八島氏と藤井氏は宗議会議員1期目で、入局するのは初めて。
宗務所で同日、内局就退任式が行われた。但馬新宗務総長は、「2023年の親鸞聖人誕生850年、立教開宗800年に向けての準備が与えられた任務だ」と表明。一大イベントのような法要や、多額の費用を要するインフラ整備を行うのではないとして、「23年を目標に、そして23年を越えて、本来の真宗大谷派教団への回復を目指す」と抱負を述べた。
但馬氏は1959年生まれ。大谷大卒。石川県小松市の興宗寺(大聖寺教区)住職。97年から宗議会議員。5期目。2001年10月~03年2月に三浦崇内局、15年1月~16年12月に第2次里雄康意内局で参務を2回務めた。
林氏は50年生まれ。大谷大短期大学部卒。大阪府羽曳野市の玅善寺(大阪教区)住職。97年から宗議会議員。5期目。02年6月~03年2月に三浦内局、05年10月~07年6月に第2次熊谷宗惠内局、09年4月~同年10月に第1次安原晃内局、同年10月~12年10月に第2次安原内局で参務を4回務めた。
木越氏は57年生まれ。大谷大大学院修士課程修了。石川県かほく市の光専寺(金沢教区)住職。06年9月から宗議会議員。3期目。12年10月~13年10月に第1次里雄内局、同年10月~16年12月に第2次里雄内局で参務を2回務めた。
望月氏は42年生まれ。兵庫県立明石高校卒。兵庫県洲本市の浄泉寺(山陽教区)衆徒。05年9月から宗議会議員。3期目。15年1月~16年12月に第2次里雄内局で参務を務めた。
八島氏は55年生まれ。一橋大卒。北海道札幌市の徳生寺(北海道教区)住職。13年9月から宗議会議員。1期目。
藤井氏は62年生まれ。大谷大卒。愛知県豊橋市の浄圓寺(岡崎教区)住職。13年9月から宗議会議員。1期目。
2017/1/1 駒澤大学新学長に長谷部八朗教授
学校法人駒澤大学は廣瀬良弘学長の任期満了に伴う選挙で仏教学部の長谷部八朗教授が当選し、11月24日の理事会で新学長に選任された。就任は4月1日から。任期は4年。長谷部教授
長谷部氏は1950年7月7日生まれ。慶応義塾大学商学部卒業、駒澤大学大学院博士課程社会学専攻満期退学。文学修士。1996年駒澤大学仏教学部助教授、2002年より同教授。現在は評議員・学生部長・仏教経済研究所所長を兼ねる。
専門は宗教学・民俗学。著書に『祈禱儀礼の世界』『「講」研究の可能性』など多数。
2017/1/1 妙心寺派宗門特別学徒得度式 第2の人生プロジェクト 57歳と47歳 師僧「心から歓迎」
臨済宗妙心寺派は先の宗会で承認された宗門特別学徒の得度式を12月8日、大本山妙心寺涅槃堂で厳修した。戒師は栗原正雄宗務総長が務めた。規程により師僧となった上沼雅龍総務部長は「宗門として、門戸に入っていただいたことを心から歓迎する」と祝した。
栗原宗務総長から戒を授かる宗門特別学徒の二人
宗門特別学徒は、「第二の人生は僧侶に」プロジェクトなどで僧侶を志すも適切な授業師(師僧)がいない場合に限り、得度者を宗門活性化推進局局長が始入法階稟承申請をできるようにしたもの。
同局長を兼任する上沼部長が授業師となったが、3年を目途に宗制に則った授業師を選定することとなっている。
上沼部長は「得度は目標点ではなく、通過点であるはず。これから厳しい修行に向かわれるが、世間に通用する一人前の僧侶になるために日々精進を続けてほしい」と垂訓した。
宗門特別学徒となったのは、石川県金沢市の森信仁さん(57)と長野県上田市の甲田康晴さん(47)。森さんは僧侶への第一歩を踏み出したことに「率直に嬉しいです。実際に戒を授かり、栗原総長のお言葉が重みをもって身体に染み渡るのを感じた。戒を守って自分を高め、すべての人々のためになる僧侶になりたい」と語り、甲田さんも緊張の面持ちで「これからどのような僧侶になるべきか、一から考えていきたい」と抱負を語った。
森さんは花園禅塾に入塾し、禅僧としての基礎や心構え等を学ぶという。今後二人は、来春以降での僧堂への掛搭を目指し、準備を進めていく。
2017/1/1 特集 僧侶派遣の現状と背景を追う 第1回
ほぼ一年前、葬儀関連会社の「みんれび」がインターネット大手のアマゾンに出店を発表した。料金が明示されたこともあって全日本仏教会(全日仏)は理事長談話で「お布施は、サービスの対価ではありません」と批判し、理事会で対応していくことを決めた。僧侶派遣(僧侶手配サービス)問題の背景には寺檀関係の希薄化や都市化、少子高齢化、グローバル化、ネット社会化などさまざまな要因がある。仏教界はここ20年の間に表面化した葬儀や戒名問題に対する研究を行い、その成果を発表してきた。だが生かされたとは言い難い。過去を検証しつつ、僧侶派遣を行っている企業や組織の現場を取材した。
インターネットで「僧侶派遣」と検索すると夥しいサイトが目に飛び込んでくる。クリックすると葬儀費用はともかく、お布施の金額明示は珍しくない。あるサイトには「通夜・葬儀・初七日・火葬・戒名 お布施料金 〇万円」とある。「お布施料金」とはいささか矛盾する表現であるが、〈お布施=料金〉という認識なのだろう。通常は「お布施はいくら―」といったように用いられる。ただし、一般にはこうした表現が受け入れやすいようだ。
お布施ではないが、戒名問題が表面化した時、全日本仏教会(全日仏)は“戒名料という表現・呼称は用いず”と決めたことがあった。平成11年(1999)11月、全日仏に設置された「戒名(法名)に関する研究会」が出した結論の一つである(報告書別掲)。さらに「仏教本来の考え方からすれば、僧侶・寺院が受ける金品は、すべてお布施(財施)である。従って、戒名(法名)は売買の対象ではない」と明言。確かにそうであるし、寺院・僧侶もそう認識しているはず。だが、寺檀関係が希薄化してくると、檀信徒は料金(対価)として意識するようになる。寺院との関係を持たない人にとっては、まさに料金でしかない。
その傾向は20年近く経った今日ではさらに強まっている。平成以降の葬祭関連の推移(別掲)をまとめてみたが、平成10年代(2005年頃)までは、葬儀そのものや戒名(料金やランク)が問題となった。葬儀依頼者(施主)と寺院・僧侶という2者関係、あるいは葬儀社を介した3者関係であった。
ところが、流通大手のイオンなど他業種からの参入により、4者関係となった。仲介する会社は必ずしも葬儀社を有しているわけではない。その場合、一定の条件のもとに仲介会社に登録されている葬儀社が担当する。葬儀依頼があると仲介会社は担当葬儀社と寺院や僧侶を決めることになる。依頼者にとっては窓口が一本化されるメリットはあるだろう。しかし寺院・僧侶側からみると、葬儀とは何か、戒名とは何かといった主体性に疑問が残る。
変わりゆく現代社会と葬儀事情。仏教界もまた変化の嵐のまっただ中にいる。(続きは1月1日号紙面をご覧ください)
2017/1/1 特集 被災地の今、復興の課題―東日本大震災・熊本地震
昨年4月に発生した熊本地震から8カ月が経った。被災寺院では復興への取り組みを始めているが、檀信徒も被災した現状では協力が得られない状況にある。
一方、東日本大震災の被災地では3月11日で発災から6年を迎える。復興は少しずつ進んでいるが、千年に一度と言われた巨大津波や原発事故に襲われた被災地域では、地域の再生、復興の困難さに直面している。
大災害からの復興には地域ごとに特有の課題がある。熊本・福島・宮城3県を歩き、被災地の〝いま〟をレポートする。
益城町―熊本地震
熊本・大分両県を中心に発生した「熊本地震」から8カ月。現地の寺院の状況は今どうなっているのか。被害が大きかった地域の一つ、益城町を訪れた。現地では、被災した檀信徒の多くが今も避難生活のただ中にあり、伽藍の建て替えや修復について「とても寄付をお願いできない」と苦悩する住職たちの姿があった。道安寺2階の旧本堂。屋根をブルーシートで覆っているが、今でも雨漏りに対応しきれない状態が続く
「とにかく先が見えない」。一週間ほど前に本堂の建て替え決めたという真宗大谷派皆乗寺の粟津信也住職(57)は、ブルーシートで覆われた本堂の中で内陣を見つめながらそうつぶやいた。
寺を支える門徒約350軒の内、およそ100軒の家が全壊、150軒が半壊の被害に遇っている。今も避難生活を送る門徒は多く、町内を歩けば手つかずのまま放置されている門徒の家が数多くある。「総代さんには相談しましたが、とても寄付をお願いできる状況ではないですよ」と声に苦悩が滲んだ。(続きは1月1日号紙面をご覧ください)
飯舘村―原発事故
原発事故から今年で6年。国は全村避難となっている福島県飯舘村の避難指示を、3月31日午前0時に一部の帰還困難区域を除いて解除する方針だ。村では昨夏、居住制限区域にある役場本庁舎で業務を再開した。だが住民は、南相馬市や福島市など周辺地域に家を建てるなどして定住。村内には3宗派6カ寺があるが、檀家の多くが村外で暮らすことになる。原発事故からの地域と信仰の復興は、どう進むのか。飯舘村の豊山派善応寺。避難先から自坊に毎日通う草野住職は「故郷の寺に住職がいることが大事」と話す
人口約6200人のうち、村の調査で帰村の意思を示したのは1~3割。65歳以上が大半だという。「帰村と言っても、ずっと村で暮らすということではない。春先から冬前までは村に住むが、冬場は息子が福島市などに建てた家で過ごす。村で家を建て直している人でも、完全に帰村するわけではない。避難解除を手放しで喜べる状況では全くない」―。村役場復興対策課で主任主査を務める杉岡誠・浄土真宗本願寺派善仁寺住職(40)は、「村の7割を占める山林は除染されず、元の村の生活が再生されるわけではない」と説明する。
村の自宅を壊す檀家のために、「仏壇の遷仏のお勤めをしに行く」ことが増えたという杉岡住職。「村で家を建て直している人も自分限定。子どもが家を継ぐかどうか、わからない。ここ10年くらいで、〝村にはお寺しかない〟という状況になるかもしれない。そうなった時、お寺としてどういう活動ができるのか…」
真言宗豊山派善応寺の草野周一住職(42)は、二本松市内のアパートで、母と妻、子ども3人と暮らしながら村の自坊に通う日々をおくる。「子どもたちは避難先での学校生活の方が長くなり、向こうの子になっている。子どもたちにとっては避難解除後も、今の環境のままでいた方がストレスも少ないのかな。お寺の修繕を進めながら、将来のことはあまり急がずに考えたい」と話す。(続きは1月1日号紙面をご覧ください)
仙台市・山元町―津波
3月11日の東日本大震災と大津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部。災害危険区域に指定された地区の寺院でも再建が進められているが、津波で流された「地域」の復興はまだ始まったばかりだ。毎月開催のてら茶房。12月は年末で少なめ
宮城県亘理郡山元町の海岸近くに位置する曹洞宗普門寺(坂野文俊住職・53)には「おてらボランティアセンター(テラセン)」があり、月に一度「てら茶房」が開店する。ケーキとコーヒーが提供され、焼き物やアクセサリー作り、フリマやミニライブなどで終日賑わう。県内外からボランティアが訪れ、毎回150人近い住民がひと時を過ごす。年内最後の茶房が開店した12月17日。被災し、移転したという60代女性は「良い街だった。住んでいた頃は思えなかったのに」と複雑な思いを吐露する。毎月、ここに来ているという。
普門寺は津波が本堂の壁を突き破り、墓石が流失、檀家全員が被災した。直後から、立入制限区域になりボランティアが入れずにいた。「移転する資金はない、お檀家さんもみんな被災した。ここに残るしかない」。自分自身を奮い立たせながら、坂野住職は一人で瓦礫撤去を始めた。(続きは1月1日号紙面をご覧ください)
2017/1/12 生長の家がブックレット 立憲主義否定政権を批判
昨年の参院選前、「与党とその候補者を支持しない」と発表した生長の家はその主張の意味を具体化したブックレット『“人間・神の子”は立憲主義の基礎―なぜ安倍政権ではいけないのか?』(監修=谷口雅宣総裁)を11月末に発行し、先月から頒布した。教団の政治姿勢を明確にしたものとして注目される。
ブックレットでは明治憲法に遡って立憲主義を検証しつつ、「安倍首相は『国民の権利擁護のために国家権力を縛るのが憲法だ』という立憲主義の考えを拒否するだけでなく、国家権力の一部である議会において憲法を変更しやすくすべきという見解の持ち主」と断定。その安倍政権を支えている「日本会議」にも批判を加えている。
また自民党の「憲法改正草案」の中で、特に「緊急事態条項」が独裁体制を作りかねないと警告している。
教義面から立憲主義を確認するほか、有識者の見解を紹介しながら地下資源ではなく太陽光や地熱などの地上資源の有用性を説き、「安全保障を高めるためには、循環型の地上資源に切り替えることが必要不可欠」と提案もしている。
2017/1/12 SVA35周年 支援で育った青年が感謝 外交官や国営放送アナに
公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA)は前身の曹洞宗ボランティア会の活動開始から35周年を迎え、12月10日に新宿区の芸能花伝舎で記念イベントを開催した。SVAの活動により未来を切り開いたアジアの若者が来日し、これからの活動にも期待を寄せた。
若林恭英会長は「一口に35年といっても大波小波山あり谷あり、順風満帆とはいきませんでしたが全国の皆さんのお力添えでここまで来ることができました」と挨拶。アジアの人々と共にこれからも歩んでいきたいと抱負を語った。「図書館はベストフレンド」と語るスニター氏㊧。中央はオラタイ氏、右が八木澤氏
ラオス国営放送アナウンサーのスニター・ピンマソン氏は6人姉妹の長女で「子どもの頃はアナウンサーになれるなんて夢にも思っていなかった」と笑顔を見せた。両親が離婚し、漬物の行商をする中で、SVAが支援していたビエンチャンの教育センター「子どもの家」を発見し、たくさんの楽しそうな本と触れ合うことができたという。「紙芝居に出会った時の衝撃は今でも忘れられません。図書館員の読み聞かせも楽しかったです。図書館は私にとってベストフレンドですよ」と語り、一冊の本から学ぶことの喜びを知り猛勉強して現在の職を得たことを述懐。「10歳であの子どもの家の前を通らなかったらどうなっていたのでしょうか」と不思議な縁に感謝した。
タイ外務省一等書記官としてロシアを担当するオラタイ・プーブンラープ・グナシーラン氏はバンコクのスラム出身。「両親はとても貧しくまさに社会の底辺でした。父のDVは母だけでなく姉や私にも及んでいた」が、「貧しいから暴力が起きるんだと思い、両親を貧困から救おうと考えるようになりました」と、スラムからの脱出を夢に描いた。SVAが運営していた図書館に通い、蔵書の大半を読破して名門・チュラロンコーン大学に入学。強く前向きな態度を本と教育から育んだと語り、今では豊かな生活で姉の子どもも育てているほどになったと語った。
1980年「曹洞宗東南アジア難民救済会議」のカンボジア難民支援からSVAでの活動を続けている八木澤克昌理事は今もタイのスラムに住み現地で活動中。スニター氏、オラタイ氏については「この2人はとんでもない将来を拓くんじゃないのかなという実感があった」と回想。「2人だけでなく、いろんな子どもが私たちの支援で先生になったり弁護士になったり農業をやったりしている」とも語り、貧しかったり不幸な家庭に生まれても決して劣っているわけではなく、すべての子どもたちに平等なチャンスを作り出したいというメッセージを送った。
2017/1/12 コルモス会議 相模原事件、生命倫理、原発、いじめ―宗教はいのちを育めているか
現代における宗教の役割研究会(コルモス会議、大谷光真会長)は12月26・27の両日、京都市内のホテルで第63回研究会議を開催した。「宗教といのちを育む力」をテーマに宗教者と宗教研究者が意見を交換した。2日目の全体討議では、これから生まれるいのちのために「未来世代のことを考える責任倫理を宗教から出せないか」と宗教が現代で果たす役割について話が及んだ。
宗教者・研究者が問題意識を共有した研究会議
初日の基調講演で京都大学教授の西平直氏が「生まれてきた幸せ・生まれてこなかった幸せ」と題して講演。「生まれてこなかったいのちも大切にする視点を持ち、生まれてきたいのちを大切にすることが、宗教の視点からみた、いのちを育むということではないか」と話した。
2日目の全体討議では、死者・生者、そして生まれ来る未来世代のいのちを育む宗教の責任について議論し、宗教者・研究者が問題意識を共有。丘山願海・浄土真宗本願寺派総合研究所所長は「今一番大事なことは、いのちがつながっているという価値観を宗教者が伝えること。いのちを育むというきれいな言葉だけでなく具体的に議論すべきだ」と提案した。
近藤剛・神戸国際大学教授は、相模原市の障害者施設での殺人事件や出生前診断に見られる優生思想の倫理的問題に触れ、「いのちが有用かどうかという悪魔的な発想が社会に広まっていないか」と危惧。社会問題の中に「宗教者の役割が鋭く問われている」とした。
小原克博・同志社大学教授は「未来世代のことをきちんと考える責任倫理を宗教が出せないか。宗教には社会に問題を提起していく使命がある」と意見。山崎龍明・WCRP平和研究所所長も「いのちの問題は宗教の問題そのものだ」と述べ、原発問題など社会的問題も宗教者の課題となると提起した。
武田道生・浄土宗総合研究所研究員は原発問題や原発事故地域の避難者へのいじめ問題に言及し、「どの教団もきちんとした対応やコメントをしていない。特に宗教界は発言する責任がある。発言がないことは黙認と同じ。我々宗教界が不作為に犯罪に加担しているのと同じだと思っている」と宗教界全体で取り組む必要性を強調した。
2017/1/12 第44回全日本仏教徒会議福島大会(10月13・14日)に向け 石田宏壽・実行委員長インタビュー 震災七回忌「忘れない、そして未来へ」
(公財)全日本仏教会(全日仏)は今年、財団創立60周年を迎える。その記念事業となる第44回全日本仏教徒会議福島大会が10月13・14両日、福島県郡山市で開催される。東日本大震災から6年。仏教では七回忌に当たる。福島での大会開催を決断した時の福島県仏教会会長で、現在は大会実行委員長を務める石田宏壽・同仏教会前会長(71)は、「忘れない、そして未来へ」という構想を抱えながら準備を進めている。「大会開催を機縁にして各地域の仏教会が活性化してくれれば」と期待する石田委員長
大会テーマは、「ご縁をかたちに、絆を行動に―私からはじまる」。特に今大会は岩手・宮城・福島3県を中心として、被災した全地域の思いを集約する大会になる。
そこで石田氏(郡山市・真宗大谷派道因寺住職)はサブテーマとして、「忘れない、そして未来へ」を入れたいと考えている。「震災を忘れない、そして一歩前へ踏み出す勇気を」との思いからだ。「震災七回忌が終わると、急速に震災の風化が進む懸念がある。ここでもう一度、社会に呼びかけていかないといけない。こういう機会はめったにない」と力を込める。
震災直後、郡山市でも津波で亡くなった人々の火葬を行った。当時、市仏教会の会長だった石田氏は読経ボランティアを組織して、身元不明の遺体を見送った。自坊で遺骨約40柱を預かったが、DNA鑑定で全員身元が判明した。宗派の活動としては岩手県陸前高田市と大船渡市、福島県内ではいわき市などでも法話や傾聴活動を行ってきた。そうした経験から、「心の復興のためには被災した方々に寄り添うことが一番大事。七回忌は大きな節目になるが、これで震災を風化させてはいけない。これを起点に立ち上がっていけるように、『忘れない』というメッセージを全国に発信したい。そのためにも日本中から福島に集まっていただきたい」と呼びかける。(続きは1月12日号紙面をご覧ください)
2017/1/12 展望2017 定員割れ時代の仏教系大学の行方は 他大学との統合・連携に活路 寄稿 石渡嶺司・大学ジャーナリスト
44・5%。これは私立学校振興・共済事業団が公表した「2016年度私立大学・短期大学等入学志願者動向」から、入学充足率について100%割れ、すなわち、定員割れの状況にある大学の割合である。
ほぼ2校に1校が定員割れ状況にあることを意味する。大学にとってサバイバル時代が続いており、苦しい状況は当面の間、続きそうだ。
小規模校は、学生からすれば選択肢が少なく魅力に乏しいこともあり、どうしても志望校から外れやすい。
では、中規模以上なら安泰か、と言えばそうではない。
私立学校共済・振興事業団のデータによると、1989年度、私立大全体での推薦入試による入学者の割合は29・83%だった。それが2016年度は45・32%まで上昇している。つまり、定員割れを起こしていない大学でも、一般入試が機能していないことを意味する。
そのため、中規模以上の大学では、定員割れを引き起こしていなくても、学生の学力不足が課題となっている。
中規模以上の創価と天理大
ある大学(仏教系ではないが)では、経営学部を擁しているにもかかわらず、就職試験対策の講義では掛け算・割り算から始める。実際の就職試験はもっと高度だが、そこから始めないと学生がついていけないからだ。
大学サバイバル時代にあっては、中規模以上の大学であっても安穏としていられない。
龍谷大学は2015年、瀬田学舎に農学部を新設。国際文化学部を瀬田学舎から深草学舎に移転して国際学部に改組した。
佛教大学は2015年、大学院文学研究科の3専攻(浄土学、仏教学、仏教文化)を仏教学専攻に統合した。
武蔵野大学は有明キャンパスの開設・移転(2012年)、工学部設置(2015年)、グローバル学部開設(2016年)などで規模を拡大している。
ただ、全ての仏教系大学が順調か、と言えば決してそうではない。特に小規模校は定員割れに苦しむところも少なくないのが現状である。そうなった理由については2015年1月1日号仏教タイムスにて6点、理由を挙げた。
では、他の宗教系大学はどうか。キリスト教系、創価学会(創価大学)、天理教(天理大学)、それから幸福の科学についてそれぞれ見ていきたい。
キリスト教系大学は、女子高生を中心にイメージの良さがあるため、概して受験生集めでは有利になりやすい。
一方、小規模校が苦戦しているのは仏教系と変わらない。異なる点は、統合を選ぶ大学があることだ。
関西では2009年、聖和大学が関西学院大学と統合。関東では2011年に聖母大学が上智大学と統合した。どちらも、同じ宗派(聖和・関西学院はメソジスト派、聖母・上智はカトリック)の大学である。
創価大学、天理大学はそれぞれ、創価学会・天理教という新宗教を基盤としている。信者の子弟が入学者の中心となりやすいが、それだけではない。創価大学は8学部、天理大学は4学部とどちらも中規模以上である。
2014年には、学校法人幸福の科学学園(幸福の科学)が幸福の科学大学設置認可を申請。大川隆法の霊言集(大学のテキストとする予定だった)が学問の要件を満たさず、学校教育法に反するなどの理由で文部科学省は不認可とした。2015年には大学設置予定地に無認可校として「ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ」を開設している。
創価大学・天理大学の2校と幸福の科学の無認可校に共通しているのは、宗教の規模が大きく、それでいて、大学(または無認可校)が1校しかない。つまり、受験生が集まりやすい。
一方、仏教系はどうか。小規模校が多く、同じ宗派でも関連大学が複数存在するところもある。
それから、各大学とも仏教研究に重点を置いてきた、という点を指摘したい。仏教の歴史、文化、哲学などをさらに深く研究し、次世代に伝えることは重要である。
だが、そのために、仏教系大学に関わる宗派・寺院の財政援助負担は重い。しかも仏教研究は受験生集めには直結しない。定員割れが続くとなれば、宗派・寺院の財政援助負担は増えこそすれ、減ることはないだろう。
では、小規模な仏教系大学に活路はあるのだろうか。
まずは、キリスト教系大学と同じく、大規模校との統合は有力な選択肢となるだろう。場合によっては違う宗派の大学とも統合ないし連携する必要が出てくるかもしれない。
それから、福祉、幼児教育、看護などを擁する大学であれば、支援をする宗派・寺院と提携するのも再建策としては有力だろう。大学に財政支援をするほどの宗派・寺院であれば、幼稚園・保育園や老人ホーム、病院などの運営をしていることが多い。関連施設への就職を条件として大学の学費を一部(または全額)免除する奨学金を新設すれば受験生集めには強力な一手となる。
他にも、社会人学生や外国人学生の短期受け入れなども有力である。これらを含めて、前例にとらわれない方策を検討していかないと、仏教系大学の中には、定員割れから閉校を迫られるところが出てくる可能性は極めて高い。
いしわたり・れいじ/1975年生まれ。東洋大学社会学部卒。大学ジャーナリスト。大学入試や就職活動を取材。著書に『最高学府はバカだらけ』等多数。『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書)は今月発行。
2017/1/19
須磨寺で阪神・淡路大震災23回忌法要 全日本仏教会主催、本坊と追悼碑前で
須磨寺本坊で営まれた23回忌法要。福島や宮城、熊本で被災した仏教者も参列した(1月16日) 南無震災物故者諸精霊、南無震災物故者諸精霊――。16日午後、神戸市須磨区の真言宗須磨寺派大本山須磨寺本坊書院で全日本仏教会(全日仏)主催の阪神淡路大震災23回忌逮夜法要が営まれ、物故者追悼の真言が120人余の参列者と共に唱和された。東日本大震災と熊本地震の被災地の代表も参席した。山門近くにある全日仏建立の追悼碑前でも一座の法要が営まれた。
開式に当たり全日仏の石上智康理事長(本願寺派総長)が挨拶し、「震災から22年が経ち、街は復興を果たしたと言えるだろうが、今日に至るもなお震災関連の問題は複雑かつ多様化している。何よりも大切な方々を亡くされ、悲しみ苦しみを胸に必死に生き抜いてこられたことを忘れてはならない」と呼びかけた。さらに各種災害における全日仏の取り組みを紹介しながら「すべての被災された方々に引き続き全力で被災地復興に、仏教徒として寄り添う活動を展開していく」と表明した。
大導師の小峰一允会長(真言宗智山派管長)、脇導師の篠原法傳氏(兵庫県仏教会会長)と小池弘三氏(須磨寺派管長)をはじめ全日本仏教青年会・兵庫県仏教会・神戸青年仏教徒会・神戸市仏教青年連合会・神戸市真言宗連合会の代表らによる式衆が入殿し法要が執り行われた。読経の中、各宗派・団体代表が焼香し、物故者を追悼し、「南無震災物故者諸精霊」の真言などが唱えられた。
法要後、導師と式衆に続いて参列者が本坊から追悼碑前に移動。法要では、境内に居合わせた一般参詣者らも焼香し、手を合わせた。
全日仏は財団創立40周年の記念事業として須磨寺の協力のもと平成9年(1997)10月、「阪神・淡路大震災物故者追悼碑」を建立。追悼碑には各宗派管長(当時)の染筆が納められている。題字は高井秀隆会長(当時、智山派管長)が揮毫。
2017/1/19 日本山妙法寺 藤井日達山主三十三回忌、清澄山道場に世界から400人参列
藤井山主の遺影の下で法話をする吉田首座 日本山妙法寺は9日、千葉県鴨川市の清澄山道場で開山・藤井日達山主(1885~1985)の三十三回忌法要を厳修した。世界平和と武力廃絶のためにインドや欧米など全世界を行脚した遺徳を偲んだ。
藤井山主の大きな遺影のもと、吉田行典首座を導師に法華経を読経。日本山の黄色い衣をまとった男僧・尼僧が団扇太鼓を高らかに轟かせた。インドやスリランカの仏教徒も「南無妙法蓮華経」を熱心に唱えた。
吉田首座は法話で師である藤井山主の西天開教と仏塔の建立を「誰も為しえなかった」と述べ、「アメリカの暴力的世界支配の戦略に従う日本国政府の政策を真っ向から諫め、軍事基地をはじめ戦争への道を糾弾してきた」ことなど、戦乱で苦しむ世界の人々を救おうと行動してきたことを讃嘆した。
その上で現代日本の集団的自衛権行使容認や安保法案成立、軍備拡張を深く憂慮。「我々は平和憲法を守り、お互い話し合いの解決によって相互に平和友好を築かなければならない」とし、人類滅亡の危機に瀕する今、師の教えを守り精進していくと誓った。(続きは紙面でご覧ください)
2017/1/19 高野山真言宗宗勢調査 檀家数100軒以下が47% 「お布施の目安」表示は檀信徒の8割が支持
高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)は昨夏、首都圏開教・過疎対策など宗派の将来構想策定の基礎データとすべく、正住職寺院と檀信徒を対象にした初めての宗勢調査を実施した。全寺院正住職宛アンケートの回収率は53・6%(郵送2611・回収1400・集計対象は締切内到着の1305)。このほど株式会社マーケティング・コミュニケーションズによる分析結果の概要が発表された。
「檀家数100軒以下」の小規模寺院が47・3%と半数を占めた。全体で檀家数が増加した寺院が25・8%、減少が48・4%。減少は大・小規模寺院に顕著で、中規模寺院は増加が多く減少が少ないという結果が出た。
規模の大小を問わず檀家減少寺院も多く、宗費納付が困難との回答も22・6%に。寺院運営が困難との回答は39・9%に上った。様々な教化活動や小~中規模の法会・行事の回数が多い寺院ほど、運営が順調と回答していることも判明。後継者の有無では、寺院の「経営維持可能度」が高いほど「後継者が決まっており、不安はない」が多く、「経営維持困難」では「後継者はいるが不安」「後継者はおらず不安」が増加した。
僧侶派遣サービスへの意見では、「布施固定・ネット斡旋ともに好ましくない」が4割に上る一方、「布施固定は良い」が18・9%、「ネット依頼は良い」も9・4%と一定の割合を占めた。
檀信徒対象アンケートも同時に実施され、回収率は46・7%(回収1215・集計対象は1138)だった。
菩提寺への満足度では、「満足+概ね満足」が92・7%。住職の「熱心な姿」を見ていることや、最愛の人を亡くした悲しみに「住職が寄り添ってくれている」などが理由に挙げられた。自由記述では、寺院を地域コミュニティーの場として開放すべきとの意見が多数。「高野山真言宗は布教活動はしていますか?創価学会に学べ」という厳しい声もあった。
お布施について「お葬式の目安金額」では、「10~30万円」が5割と最も多かった。関東では「31万円以上」が42%、「4万円以下」が24%と大差があった。「法事の目安金額」では、「3~4万円」が5割と最多。関東は「10~30万円」が12%、「2万円以下」が20%と、ここも大差があった。「九州」「北海道・東北」は「2万円以下」が半数だった。
ネット僧侶派遣の利用希望は、全体で4・1%と低かった。だが希望理由の中には、「兼務寺院で住職が常時不在のため将来的には利用を検討する」「費用がリーズナブルで、寺と日常の付き合いをしなくてよいので助かる」という答えもあった。
お布施の目安については、8割が「あった方が良い」と回答。一方で「農山村地帯で貧富の差が大きく、目安がなくて助かっている」「僧侶の姿勢が正しければ財力に応じて布施する」という意見もあった。
2017/1/19 展望2017 流動化時代の布教・伝道とは! 一日授戒で仏弟子に(中野東禅・元曹洞宗総合研究センター講師)
「現代仏教」をどう概念規定すべきか。近代化により宗教は「内心化」するといわれたが、それは、伝統的な儀礼によって維持される意味世界が色あせて、世俗的な価値観の中で「個人的感性によって消費されるカミ」になるということだった。
現代日本仏教は価値多元化・世俗化・グローバリゼーションの流れの実験室の中にいる。戦後の新宗教勃興期、葬祭仏教に決別し流出した信徒を「取り戻し・流出防止」する作戦は脆弱で、流出が一段落したところで安定期に入り、危機感は忘れ去られて行った。
イエ共同体解体 信仰教育希薄化
昭和の終わりごろ厚生省の墓地問題研究会が始まり、公共霊園では継承者の行方不明墓地は深刻化していた。三大新聞に三回公告して不明なら改葬してよいという制度の無意味化を認め、年限を切った契約型墓地も進め、また米国式壁墓地や集合墓なども提言した。
その背景は、(1)江戸・明治の「家」主体の墓・先祖祀りは、税金の元はイエにあり、イエ共同体こそが国家の基本原理だったのである。しかし次・三男も含めた都市化・人口の流動化により「イエ意識」の解体となってきたが、本家を押さえていた寺院仏教は変化の影響を大きく受けなかった。(2)ところが、農地解放に象徴される寺院資産の減少と戦争被災寺院も復興したころから高度経済成長期の布施額高騰になり、(3)檀家であれば基本戒名になかった「戒名料」が始まった。(4)その頃から仏教寺院の幼・保や日曜学校、スカウト活動など社会に貢献し、人々への「信仰教育」を行う機会が希薄化した。
振り返ってみると「葬祭仏教」とはよく言ったものである。「仏の徳」を「先祖まつり」で代弁していたのである。もちろん亡き人が仏の徳で安らぐのが基本論理ではあるが、仏が哲学化・内心化されないまま「仏という神聖性」を「先祖」に代替してもらっていたわけである。
したがって「苦悩への内省と、人生論・存在論としての仏法による安心」が不完全なままの「仏教であった」がゆえに「イエ共同体・葬祭だけの仏教」になっていったのである。こうした現状の日本仏教寺院に起死回生の道はあるのだろうか。(過疎地寺院と都市部の集合納骨という両極は今回は触れないでおこう)
あるとすれば「信仰教育」による①個人と②家族・親族共同体の育成の道であろう。しかし、人が仏教に関心を寄せる動機は様々である。
例えば、a祈祷やお祓いに関心のある人は問題解決型で、神秘的力への期待で、現世利益で、霊感商法へ横滑りする危険を孕む信仰になる。
b先祖供養に期待する人は共同体型の世界観で仏の代替として精霊信仰でとどまるという限界のある存在論の人であろう。しかし、人間は動機が浅いものであっても、学びによって存在論の核心に触れる生き方にまで深化することは可能である。
当座は檀信徒の5%を目標に
こうした状況に対して、切り札は「座標軸の確立強化」である。それはブッダおよび世界の仏教の基本の「帰依三宝」である「受戒」の活性化である。すなわち、キリスト教の洗礼と同様に自己存在の座標軸であり、信仰的所属意識の確立であろう。受戒・おかみそりで戒名・法名を頂くことを、一日受戒で菩提寺(等)で受け(真宗の場合は門主様のお代理で)、かつ信仰教育の一環とし、そこから信心の学習を定期的に深化してゆくという提案である。
特に読経礼拝(行・家庭でも)、講話(学)、仲間や家族に語る(心の確かめ言語化)ことで、個人の内心と家族共同体がしっかりする。それによって祈祷や先祖供養も意味あるものに深化し、和尚や寺族・弟子も信仰的になる、という運動である。当座、檀信徒の5%を占めたら、それは従来型の人々にも影響をもたらすことになろう。
これは、宗教の全てに共通する在り方である。戒名・法名を頂いたら、宗派や寺、葬儀・埋葬で変わっても、この原則的な戒名・法名部分は最初の名を尊重し合えば、商業的な戒名料批判も解消できる。この提案をしてきたが、宗内・各宗派の仲間でもかなり実践していることが分かり、結局、現代だからこそ仏教教化の生きた原則だと自信を持ったのである。
それに(1)この運動では住職が語らねばならないのてその信心が深化する。さらに(2)弟子になった信徒の「心の声」が言葉になり、それが僧侶の信心や仏教理解を深化させる。
そこで、受戒をうけた人の声を集める運動を進めることも提言したい。
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なかの・とうぜん/1939年静岡県生まれ。駒澤大学仏教学部卒、同大学院修士課程修了。曹洞宗総合研究センター教化研修部門の前身である教化研修所時代から講師を務める。「医療と宗教を考える会」世話人。著書に『仏教の生き死に学』『道元百話』など多数。
2017/1/26 各山会 小峰化主が真言宗長者に 来年大阿は黒沢門跡
真言宗各派総大本山会(各山会)の御修法新年総会が24日、京都市東山区の総本山智積院で開かれ、今年の後七日御修法で大阿闍梨を務めた小峰一允・智積院化主が長者杖を受け取り、真言宗長者に就任した。また、来年の大阿闍梨に黒沢全紹・大本山大覚寺門跡が就くと発表された。
真言宗長者に就き挨拶を述べる小峰化主(右)と来年大阿を務める黒沢門跡(左)
御修法は今月8~14日、総本山教王護国寺(東寺)で執り行われ、別当を務めた芙蓉良英代表総務(智積院寺務長)が成満を報告。その後、約80人の僧侶が参席した講堂で、小峰化主に長者杖が手渡された。
真言宗長者に就いた小峰化主は「全法要を通して、厳粛かつ如法に営まれたことに感謝したい」と謝意を示した上で、「法要全体が一つの願いに向かって集約され、感動の極みだった」と、7日間21座にわたった修法を振り返った。
前長者の仲田順和・総本山醍醐寺座主は「本年一年間、真言宗長者として真言僧全員にご教示していただきたい」と祝いの言葉を述べた。
また、昨年11月、東寺で行われた各山会常任委員会で、黒沢門跡が大阿闍梨に推挙されたと、芙蓉代表総務が説明。この日、新年総会前に開かれた常任委で、正式に決まった。
黒沢門跡は「御修法の成満のために全力を尽くしたい。各山会の皆さまには協力をお願いしたい」と決意を語った。
2017/1/26 1・17阪神・淡路大震災23回忌を勤修
神戸市佛教連合会 50回忌以降も続けたい 熊本被災児童が作文発表
神戸市佛教連合会は17日、神戸市兵庫区の曹洞宗八王寺で、金井孝顕会長を導師に阪神淡路大震災犠牲者追悼法要を執り行った。辻井定宏、善本秀樹両副会長が脇導師を務め、市内の各区仏教会代表者が出仕した。23回忌を迎えた今年、参拝者約130人が犠牲者を慰霊した。熊本地震の被災体験を作文で発表した女子児童
この日、各地で追悼法要が営まれ、金井会長の法華宗本門流は本光院(同市同区、藤村泰介住職)で厳修。導師を務めた小西日遶管長も兵庫区出身で震災を経験した。法要には80人を超える僧侶が参列した。
金井会長は、あちこちに増えたコインパーキングは家を再建できなかった場所が多いとして、22年経ち復興を果たしたように見えるがまだ途上だと述べ、「記憶はどんどん薄れていく。あの悲惨な震災を次の世代へ引き継がなければならない。50回忌を過ぎてもずっと回向を続けたい」と語った。
八王寺も本堂や庫裏が全壊。永平寺で修行中だった志保見道開住職(一昨年に就任)は翌日に駆け付けた。被害を免れた剣道場が震災時、曹洞宗ボランティア会(当時)や両本山修行僧など宗門の支援活動の拠点となった。
今年は東日本大震災の7回忌、熊本地震からも1年の節目。法要後、熊本地震で被災した小学生や、東日本大震災の被災地に慰霊訪問した中学生らの発表があり、阪神淡路大震災を経験していない世代と交流した。
熊本地震で被災し、神戸市の祖父母宅に引っ越して、現在、兵庫大開小学校(同市同区)に通う1年生の女子児童が作文を読んだ。母と弟の3人で避難し、父は熊本に残ったという。遠足の前日に地震が発生したといい、車中での避難生活や鳴りやまない緊急速報メールの恐怖を振り返った。転校後、授業中に地震があり、「家族と地震が起きたときのルールを決めようと思った」と結んだ。
兵庫中学校(同市同区)の生徒5人は、昨年7月末に授業の一環で東日本大震災の被災地を訪問した経験を発表した。津波で流された町が復興されずに残されている現状を目の当たりにし、愕然としたと報告。仮設住宅で避難生活を送る被災者や現地小中学校との交流を通して、日頃の避難手順確認の重要性を学んだと伝えた。
諏訪山公園で追悼のつどい 5時46分 鐘の音響く
神戸の市民団体や特定非営利活動法人「災害危機管理システムEarth」(アース、理事長=石原顕正・山梨県日蓮宗立本寺住職)が共催している「阪神淡路大震災 市民追悼のつどい」が17日、寒風が吹く中、神戸市中央区の諏訪山公園で開かれた。地震発生時刻の5時46分に「神戸・希望の鐘」が鳴らされ、犠牲者の鎮魂を願った。
市内を一望できる諏訪山公園の高台に当時の被災者約50人が訪れ、石原理事長が撞いた鐘の音を合図に黙祷した。石原理事長ら日蓮宗僧侶による読経回向で参列者一人ひとりが思いを込めて「希望の鐘」を撞いた。
「希望の鐘」は、震災の風化を懸念した石原理事長が「震災の教訓を活かし、各地の被災者の希望をつなぎ、今を生きる糧となる鐘を」と発案し、震災15周年を機に鋳造。東北など他の被災地での慰霊活動でも使用されている。
市内を一望できる諏訪山公園で追悼の鐘を鳴らし、犠牲者を偲ぶ参列者
地元の市民団体「阪神淡路大震災被災者ネットワーク」の安田秋成代表(91)は「眼下に煌々とした明りがついているが、古い住宅はなくなり、6千数百人の亡くなった人が帰ってきても、今や行き所がない。だから、鐘の音を鳴らし、私たちはここにいると伝えたい」と鐘への思いを語った。
続いて神戸市勤労会館に場所を移し、琵琶と声明による音楽法要を厳修した。参列した神戸市在住の村上広子さん(76)は「23回忌と聞いてそんなに経ったのかと思った。当時私は50代。あれから生きている人も街も変わったが、あの時の思いは忘れない」と話した。
石原理事長は「2000年に行政が式典を止めた後に引き継ぐ形で安田会長と二人三脚でやってきた。名称や形は変わっても、思いは変わらない。新潟や東日本大震災、熊本地震と災害は続いているが、どうすれば被害を少なくできるのか。阪神淡路での教訓を活かしながらこれからも頑張っていきたい」と述べた。
午後からの神戸と東北の被災者が語り合う「1・17と3・11をつなぐ会」では、東北から東日本大震災の被災者も訪れ、福島原発事故の現在と今後について神戸市民と懇談する場も設けられた。
2017/1/26 展望2017 僧侶の養成と資質向上を考える 求められる「有り難い」僧侶 僧侶は人を救うのが「仕事」 養成失敗すれば未来に打撃 寺田信彦・智山専修学院院長
1 僧侶になろうとしている方々へ
僧侶は人を救うのが主な「仕事」です。救うのは何か。人の魂です。僧侶としての修行をし、自らの魂を救うという人もいるでしょう。お通夜や葬儀・法事等の場で、ご遺族の魂を癒すという救いを行う場合もあるでしょう。ご信心の方達に、お護摩等の御祈祷や御祈願を行うのも人を救う行為です。
一般的に檀信徒に対して僧侶が携わる宗教的儀式は、厳粛さという「非日常的」な時空を共有させる行為であるとも表現できます。「非日常の世界」でなければ癒されない魂もあるのです。人の世は、合理的かつ説明可能な部分などはほんの一部です。「日常的」な世界の価値観(地位や名誉、お金、楽で楽しいこと)ばかりで人は満足するものではありません。いわゆる極楽浄土で金銀宝石の御殿に住み、蓮の花と天女に囲まれた生活をしていても、きっと飽きてしまい「菩薩行」をしに行きたくなるでしょう。
人間には「非日常的」な世界の価値観(一文の得にもならないが、人間として文化的、全霊的に豊かに生きるためのもの)が必要不可欠なのです。特に宗教における神仏等をとおしての厳粛さの共感は、人間存在の厳粛さを実感・体感する大切な場です。だから儀式は厳粛に行わなければならず、僧侶は有り難い存在でなければなりません。
2 儀式における厳粛さ、僧侶における有り難さ
最近は卒業式・入学式・成人式のあり方が話題になっています。儀式は厳粛に行われてこそ儀式なのに、その厳粛さの持つ意味を若者たちはほとんど教えられて来なかったようです。それらの儀式は自分を育てて下さった方々への感謝のみならず、自分がここまで生きてこられたその陰にある、全ての存在への感謝と、有り難さを厳粛に受け止めるべき場でもあったはずです。
それは葬儀についても同じです。死も生も、いやそもそも人間とは厳粛な存在なのです。その厳粛さを「浄仏国土」を実感しつつ、遺族・参列者共に同じ「厳粛な時空」を共有し合うのがお葬式の場なのです。それなのに、有り難くもない僧侶がまるで手間賃を要求する感じでお布施を求めたら、世の人はどう思うでしょう。
3 僧侶の教育に求められているもの
現在は仏教に関する本が多く出版され、かつインターネットで様々な情報が飛び交っています。そのような中にあって、学問を積み「さすがお坊さんだ」という評価が得られるような僧侶を養成しなければなりません。無論、碩学の学者たりうることと、有り難いお坊さんとは別の話かもしれません。しかし教学の裏づけと学問的体系のない宗教はまやかしだと思います。
若い僧侶には生活者として、いわゆる世間的な常識、教養と品格を身に付けさせたいものです。今の僧侶には人間的「良質さ」が求められています。実は贅沢三昧な生活をして、世間から眉を顰められている僧侶もいるのです。僧侶は宗教家としての力に加え、生活者としての品格も身に付けたほうが金ピカの袈裟よりも布教力を発揮します。
安心与える努力を
僧侶は儀式の時、宗派の法や伝統に従って如法にそれを行うことが大切です。宗教における伝統や所作には必ず教義的意味があり、時代に洗われた様式美と品格があります。それを若い僧侶に実感させ、教える必要があります。
4 宗教法人の責任役員として
住職は通常、宗教法人の代表役員になります。法人経営のトップに立つのです。公的な組織は法令・規則に則って運営されます。住職としては宗教法人法、当該宗派の規則、寺院規則を踏まえ、適正な組織管理を行う実践力が求められます。
よくお寺は世間から、無税でズルイとか、お布施は和尚さんの懐に入るとか、墓地の分譲で金儲けしているとか様々な誤解を受けています。住職は檀信徒への安心(あんじん)を与える努力と共に、そのような誤解を正すこともしなければなりません。
お寺が無税とは、憲法20条の「政教分離」の精神から公権力は宗教行為に対しその懐までは手を入れないという解釈だけの話です。憲法は解釈次第、判例次第。民意で解釈も変わり得ます。宗教法人は国民に対し思想信条の自由とプライバシーの保障という責務も負っています。住職は法人の責任者としての義務を果たし、権利の行使は正当に行うべきです。
宗教界の行く末は日本文化の行く末を占うものでもあります。今、良い僧侶の養成に失敗すれば、日本の未来に計り知れない打撃を及ぼすだろうと私は思います。
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てらだ・しんげん/昭和21年(1946)生まれ。早稲田大学教育学部卒。千葉県立高校教諭、県教委、県立高等学校長、県校長協会長、秀明大学学校教師学部教授(教育行政学・教職概論)などを歴任。平成17年度文部科学大臣賞受賞。著書に『学校文化を高める聞かせる話、読ませる話』(学事出版)。現在、智山専修学院院長、大正大学理事、真言宗智山派總持院(館山市)住職。
2017/2/2 ACRP大会 2020年秋、東京を予定
公益財団法人世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会(杉谷義純理事長)は1月25日、東京・杉並の立正佼成会普門閣で理事会と評議員会を開いた。その中でACRP(アジア宗教者平和会議)事務局から各国委員会に通知予定の次回大会候補地に、日本委として2020年東京開催を提案することを表明した。
國富敬二事務局長が日本受け入れの経緯と準備について説明。世界大会は2度行われたが、ACRP大会は未開催であり、かねてより各国委員会から日本開催を強く打診されていたという。また2002年のジョグ・ジャカルタ大会以降、6年ごとに開かれており、「WCRP創設50周年でもある2020年に開催することが相応しいのではないか」とした。東京オリンピック・パラリンピック終了後の秋頃を想定している。
会場や予算についても方向性が示され、杉谷理事長は「ある程度の予算はかかるが、多大な負担となるようなことは考えていない。また日本の立場から言うと、大変各国から開催要望が強い」と補足した。
理事会で承認され、今年5月、中国でのACRP執行委員会で審議され、開催時期と場所など次期第9回大会の大枠が決定する運びだ。
2017/2/2 全日仏理事会 「伝道の力不足」を反省 「お坊さん便」対策に加盟宗派へヒアリングも
公益財団法人全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)は1月30日、東京・芝の増上寺会館で理事会を開催した。ネット通販大手のアマゾンが僧侶手配サービス「お坊さん便」の販売を開始したことに端を発して設置された「法務執行に関する協議会」の中間報告が提出された。現状分析の中で「一般の人々に対する伝道活動の力不足」を僧侶側の努力不足を指摘する一方で、「仏教界があげて仏道の原点に立ち帰り、自らの本来化に向け真摯に努力することが重要」と取り組む課題も明示した。理事15人(5人欠席)、監事3人が出席した。
中間報告とその経緯を久喜和裕事務総長が説明。3度会合を開き、参考人として日本消費者協会と葬儀業界から関係者を招いて意見聴取も行った。「非常に耳が痛い。悲しくなるような事実も突きつけられる中で議論をした」と報告。今後は加盟教団へのヒアリングなどを実施するとした。 1200字強の中間報告では、9項目を掲げて論点を整理。理事会後に石上理事長は「(仏教界にとって)厳しい内容が含まれている」と評した。
浄土宗の戸松義晴理事は「社会からは、報告書にある『一部僧侶・寺院側の、宗教の商品化を助長する行為』と私たちの在り方への批判が多いと思う。協議会を作り対応していくならば、こうしたことが起きない取り組みをどうするのかを具体的に提示していく時期だと思う」と意見を表明した。
石上理事長は「この問題に対する各宗派の見解、あるいは具体的な対応があればそのご報告を頂きたい。もしこの件に関し全日仏にご要望があればお伝え頂きたい。それらの資料が集まった段階で、もう一度、協議会を開催し、さらに対応をとりまとめて理事会に報告頂きたい」と要請。ただ次回報告の期限は示されなかった。
全日仏は平成10年(1998)、「戒名(法名)問題に関する研究会」を設置し、報告書では「布教・伝道を通して、社会の苦悩を解消するための努力を充分に果たしていないことへの批判が、戒名(法名)問題の根底にある。仏教界全体として反省すべきだ」とあり、今中間報告書と共通する視点もある。
アンケート調査
新年度の事業については10月の財団創立60周年式典(13日)および第44回全日本仏教徒会議福島大会(14日)を柱に、調査研究活動・仏教文化活動・広報活動・人権擁護活動・国際交流・WFB(世界仏教徒連盟)・救援活動支援・大蔵経テキストデータベース運営支援の9項目を公益目的事業として取り組んでいく方針。
また今年度の事業となるが、仏教に対するアンケート調査を行う。「実際に一般社会の人たちがどのように仏教文化を捉えているか、こういった数字を持っていない」「仏教と縁のない方を含めてネットの調査会社を利用してアンケートをとり、レポートが届き次第、提示させていく予定」(広報文化部)という。
2017/2/2 曹洞宗梅花流講習会、ルーツの密厳流伝承曲を学ぶ 智積院で初の開催
密厳流の模範詠唱では梅花流師範・詠範の熱い視線が注がれた 曹洞宗宗務庁主催の梅花流講習会が1月24・25の両日、京都市東山区の真言宗智山派智積院の智積院会館で開催された。曹洞宗御詠歌の梅花流は真言宗智山派密厳流を原点としており、今年65周年を迎える梅花流のルーツに触れようと、師範・詠範約130人が参加した。本庁主催の講習会が智積院で開催されるのは初めて。梅花流講師の久峩章稔氏は「原点に触れて、今に梅花流を伝えて下さった方々への感謝する機会にもなった」と話した。
曹洞宗の梅花流は、昭和27年(1952)の梅花講設立時に密厳流の9曲(伝承曲)が提供され、これに曹洞宗側で歌詞をのせたのが始まり。翌年から梅花流独自の曲を増やし、現在では約80曲あるという。
講習会の初日は、密厳流遍照講の川上秀忍事務局長が特別講師に招かれ、梅花流の原点となった「密厳(梅花)」「木揚(紫雲)」等の伝承曲を中心に指導を行った。密厳流の模範詠唱では貴重な機会を今後の指導で役立てようと、スマートフォンやカメラでその流麗な調べや所作を撮影する人もいるなど、熱心な受講生が食い入るように見つめていた。
久峩氏は「宗務所単位では、智積院さまとのご縁で講習があったが、本庁講習が他宗派で行われるのは初めてのこと。智積院さまの暖かいご理解で講習を開くことができ、本当の密厳流のお唱えを聞かせていただくことは今後のプラスになる」と述べた。
同じく梅花流師範の佐藤俊晃氏は「梅花流が発足した65年前には道元禅師の700回大遠忌が永平寺であった。今回その永平寺で65周年記念大会が行われる。この講習会で梅花流の原点である密厳流に触れて、参加者は梅花流発足時の思いを新たにされるのではないか」と語った。
講習は密厳流の特別講習の他、2日間で四講師により16講座を実施。模範詠唱を披露した遍照講の講員も梅花流講習会に一部参加した。
2017/2/9 大本開教125年節分大祭 出口紅教主が復帰 和知川に人型130万枚投じる
天地の罪や穢れを祓い清める大本最大の祭典「節分大祭」が3日夜から4日早朝にかけて、京都府綾部市の教団発祥の聖地、梅松苑で執り行われた。露店が並んだ苑内に大勢の地元市民も訪れ、信徒ら約1万人が参拝した。2015年末から静養中だった出口紅教主が元旦の復帰後、初の大祭に参席した。約1年の休養を経て復帰した出口紅教主
体調を崩したとして休養が発表されたのは一昨年の12月。丸1年の静養を経て、出口教主は今年元日、梅松苑で執行された新年祭で復帰した。この日、大祭に通して参席しなかったが、約9分間の挨拶を述べるとともに、玉串を捧げた。
出口教主は、みろくの世を願う日々の祈りは、紛争や災害などで苦しむ国内外のすべての人に向けられていると述べ、「きょうの節分大祭のよき日に、天地の大恩への感謝とともに天地の神々さまにお詫びを申し上げ、諸々の罪や穢れを祓い清めていただき、全人類の救済と幸せを共に祈願したい」と語った。
祭典は長生殿で執り行われ、神体山の本宮山山頂で起こした神火を点火。米や魚、野菜や果物などが供えられ、向こう1年の豊作も祈願した。出口家、岐阜道院統掌の大野岳恵氏、綾部市長の山崎善也氏、参議院議員の福山哲郎氏らが玉串を捧げた。
この後、天地すべてを祓い清める「大潔斎神事」を執行。八雲琴の調べに合わせて、舞姫2人が鈴と麻(ぬさ)を打ち振り舞った。祓戸四柱の一神、災厄祓除の瀬織津姫に扮した祭員が、厄除けを願って寄せられた約130万枚の人型や型代をつぼに納めた。世界中の国名を記した型代も共に奉納された。
午後11時と4日午前2時半の2回、松明を掲げた祭員ら約100人が、辻々でお祓いをしながら和知川に架かる綾部橋までつぼを運んだ。深夜にもかかわらず集まった参拝者らによって唱えられた神言が響く中、橋上から人型が投じられた。
節分大祭は、国祖・国常立尊が明治25年2月3日夜、出口なお開祖に帰神した開教を記念する祭典で、大本は今年で開教125年を迎えた。
2017/2/9 天台宗 木ノ下宗務総長辞任 3月に選挙へ
天台宗は1月30日、木ノ下寂俊宗務総長(69)が辞任することを同28日に森川宏映天台座主へ上申したと発表した。木ノ下宗務総長は2013年に就任し、任期は今年11月までだった。昨年から体調を崩しており、今年8月の比叡山サミット30周年記念行事の遂行を考慮して、健康上の理由で辞任を決めたものと見られる。
天台宗では2月21日から天台宗宗議会が招集されるが、後任が決まるまでは宗務を継続する。後任の宗務総長を決める選挙は5日に告示、立候補届け出期間は18~22日、選挙期日は3月14日。
木ノ下宗務総長は、祖師先徳鑽迎大法会の第二期で恵心僧都一千年遠忌など他教団とも協働する事業を指揮。天台宗宗務総長が担う比叡山サミット30周年を主催する日本宗教者代表者会議の事務総長も務めている。
2017/1/19 日本消費者協会・葬祭アンケート 葬儀費用、やや増加 相談は寺院から業者 仏式葬儀 首都圏で減少気味
(一財)日本消費者協会が3年に一度行っている「第11回葬儀についてのアンケート」の報告とシンポジウムが1月26日に東京・千代田区の四谷プラザエフで開催された。減少傾向にあった葬儀費用合計の全国平均は約196万円(前回約189万円)、寺院への費用は約47万円(同約45万円)で前回より増加を示した。一方、葬儀に際し「誰に(どこに)相談したか」の設問(複数回答)では「寺・神社・教会」が約19%(同29%)と減少し、変わって「葬儀社」が約54%(前回16%)と増加した。
調査結果を受けて行われたシンポ
調査は全国の同協会会員、消費生活コンサルタント、一般、日本退職者連合会員など4038人を対象にし、このうち1875人から有効回答を得た。調査報告は同協会専務理事の唯根妙子氏が行った。仏式葬儀は全体の87%(前回92%)を占めたが、「東京・神奈川・埼玉」では77%で、9%が「無宗教」と回答。「菩提寺を持たない」人も17%で、寺院や僧侶との関係が希薄化している都市部の状況が浮き彫りになった。
墓地に関する項目では17%が「墓はない」と答え、このうち将来の希望として、「新たに墓を求める」と答えたのが16%で、樹木葬(23%)や散骨(21%)といった新たな形態を希望する声、「その他」と答えた30%の人は、共同墓地や納骨堂など「集合型の墓地」を求める記述が多かった。「墓の継承」を不安視する消費者意識が反映された。
調査を踏まえてのシンポジウムは「自分らしい逝き方と後悔しない送り方」をテーマに行われ、葬儀業者、宗教関連、消費者の立場から識者が発題。全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)の松本勇輝・専務理事は葬儀の相談先として前回よりも回答が多かったことについて、「担う責任が重くなったと実感している」とコメント。全葬連は平成19年に自主基準である「葬祭サービスガイドライン」を作成し、情報開示や相談窓口の設置、相談員の育成、見積書・請求書の交付などを進め、「相談しやすい環境を整えてきたことが数字に表れているのではないか」と分析した。
一方、宗教者の立場からは全日本仏教会(全日仏)理事の戸松義晴氏が「非常に衝撃的」と受け止め、「事前相談やエンディングノートの配布など、葬儀社さんが地域のネットワークを使って一生懸命広報をしているのに比べ、お寺は待っているばかりで、敷居も高く相談しづらい状態が続いている」と自省を込めて話した。
消費者の立場からは日本退職者連合の臼井百合子副会長が自身の経験も交えながら、エンディングノートの作成、事前相談が「尊厳ある」葬儀につながると語った。
お布施の定額化や「お坊さん便」などの問題に対しては戸松氏が、「檀家以外に門戸を開いてこなかった」という寺院側の反省と、全日仏が検討している各宗派での相談窓口の設置に向けた取り組みなども話した。
フロアからも様々な意見が上がり、消費者からはインターネットで多くの情報が得られる一方で、「どうやって安心できる業者を探したらいいか」といった声、事業者からは増加する「独居高齢者」への対応といった課題が提起された。
2017/2/16 東本願寺「いのちとこころの相談室」開設 一人じゃない、居場所ある!
本尊の阿弥陀如来像を安置した相談室。研修を受けた職員が電話口で待つ 真宗大谷派(京都市下京区)は2日、しんらん交流館に電話相談窓口「東本願寺いのちとこころの相談室」を開設した。悩みを抱えた人に寄り添おうと、「一人じゃない。ここに居場所がある」との思いで、同寺職員が電話口で待っている。
宗派の代表番号には、納骨や墓じまいに関することまで様々な相談が寄せられるが、中には「生きる意味を教えてほしい」「死にたい」といった内容の電話もかかってくる。誰にも言えない苦悩を抱えた人に寺という居場所があると伝えようと、計画を進めてきた。
大谷派僧侶で臨床心理士の譲西賢・岐阜聖徳学園大教授と佐賀枝夏文・大谷大名誉教授をアドバイザーに、20~50代の同寺職員約30人が昨年5~11月の半年間、10回の研修を受講。治療的・指示的対応をしない傾聴を重視したロールプレイを重ねるとともに、守秘義務についても指導を受けた。
相談室のテーマは「感情受容」。鈴木君代・企画調整局次長は研修を受けた一人。「同じように苦悩する者として耳を傾ける。答えを出すことが目的ではない。どんな悩みでも受け入れる場所であることは、お寺の大きな役割」と語った。
2日の開設日に4本の電話があった。対応した職員は、「相談者は問題への答えを持っているようにも感じた。話すことが踏み出すきっかけになれば」と話す。大谷派の電話相談はこれまでに、真宗会館(東京)の「ココロダイアル」などで10年以上の実績がある。本山として窓口を開設したのは初めて。
毎週木曜日午後1~5時。1回の相談時間の目安は30分。祝日、しんらん交流館閉館日は閉室。電話075―371―9280。
2017/2/16 浄土真宗本願寺派「スクール・ナーランダ」開校 若者との縁づくりに特化
授業での学びについて意見を交わす若者たち 浄土真宗本願寺派子ども・若者ご縁づくり推進室は4・5日、京都市下京区の西本願寺伝道院で若者世代に特化した学びの場「スクール・ナーランダ」を開催し、2日間で約120人の若者が参加した。本願寺派が宗門興隆のために策定した長期計画「宗門総合振興計画」に沿った取り組みの一つで、寺院と縁がなかった世代との縁づくりを強化していく狙いがある。
「スクール・ナーランダ」は、各分野の専門家を講師に仏教や科学、芸術、哲学などを寺院で学び、これから社会に出る若者たちに〝生きる軸〟を作ってもらおうというもの。今年から年2回10年にわたり開催する。僧侶側の発想だけで内容を決めるのではなく、「若者のことは若者に聞いた方がよい」として、講師の選定など企画から学生スタッフの意見を積極的に取り入れているのが特徴だ。
両日ともに午前中は、阿弥陀堂や御影堂に参拝した後、世界遺産・国宝の西本願寺境内をめぐるツアー。若者たちは、飛雲閣・書院の特別拝観では、歴史に残る〝本物の〟芸術、美術を直に目にした。
午後は重要文化財の伝道院で「わけへだてと共感」をテーマに仏教、科学、アート等の専門家による授業が行われた。
初日の講師は、人とロボットとの認知メカニズムを研究する大阪大学大学院特任講師の高橋英之氏、ミスターチルドレンなどアーティストのアートワークを多く手がける森本千絵氏、本願寺派布教師の天岸淨圓氏が担当。人とロボットの認知の仕方や共感を生むアート、仏教の観点から自分と他者をどう捉えるかを学ぶ授業と意見交換は5時間にも及んだ。
参加した京都大学大学院生の岩田歩子さん(27)は「人とコミュニケーションをとる上で、どんな視点で自分と相手のことを捉えるかを学んだ。今までにない視点の話が聞けて良かった」。龍谷大学大学院の実践真宗学研究科で学ぶ熊鰐信行さん(23)は「自分にない考え方を聞けて勉強になる。仏教をどう発信していくかという点でも参考になった。こうした取り組みにスタッフとしても関わりたい」と刺激を受けたようだ。
授業の様子を見ていた霍野廣紹総務は「まだ始まったばかりだが、これから続けていく中で若者に参画していただけるような共感を生むことが大事と思う。宗派のこれからがかかった重要な取り組みと考えている」と話している。
2017/2/16 法華宗(本門流)教学研究発表大会 門流を超えて日蓮門下が一堂に
日蓮門下の150人が参加した教学大会 法華宗(本門流)主催の第30回法華宗教学研究発表大会が10日、東京・有楽町の国際フォーラム会議室で開催された。「〈法華教学/研究の現在(いま)―さらなる発展をめざして〉のテーマのもと、門流を超えた発表が行われた。参加者は約150人に上った。
開会式での挨拶二瓶海照宗務総長は、教学大会が30回目という節目に当たり、宗外の勝劣派3派に講演を依頼しと説明。さらに、本門法華宗、仏立教育専門学校、日蓮宗現代宗教研究所、立正大学日蓮教学研究所、法華コモンズ、日蓮正宗教学研鑽所、法華仏教研究会、興風談所などからの参加に謝意を表した。
同じく主催者の興隆学林専門学校の大平宏龍校長は、「30回を迎え、特別な記念大会として法華宗陣門流、法華宗真門流、顕本法華宗の方々に発表をお願いした。今回は各方面より多くの方に参加いただいた。この会が和やかで実り多いものとなるよう願っている」と挨拶した。
基調発題は大平校長による「『勧心本尊抄』管見―なぜ『観心』なのか」。「観心」をキーワードに先行研究を批判的に考察しながら、『観心本尊抄』と『開目抄』の関係性を詳述した。
宗内師弟による学位取得記念講演では、芹澤寛隆氏(東北大学で博士号)が「日蓮聖人における中国思想の受容と展開について」、米澤立晋氏(立正大学で博士号)が「日隆上人の釈尊観について―一仏二名論を中心として」をそれぞれ発表した。
午後からは特別講演として顕本法華宗の朝倉俊泰氏「七里法華の歴史と教義」、陣門流の布施義高氏「本門の世界―『観心本尊抄』理解の一視点」、真門流の岩崎峻暉氏「日真門流の歴史地と主張」、本門流の小西日遶氏「開祖日隆聖人の鴻業の顕彰と宗門史研究について」の4人が専門的な知見から講演した。
会場は補助席を使用するほどの活況ぶりで、宗外からの40人を含め約150人が聴講した。
法華仏教研究会主宰者の花野充道氏(文学博士)の話 当日の懇親会の時にも話したが、米国のトランプ大統領がアメリカ・ファーストと言っている。どこの国も、自分の国がファーストであるのは当然。しかし、世界経済が好循環になってこそ、自国の経済も良くなっていく。各国が閉鎖主義の政策を取れば、世界経済が委縮して、結果的に自国の経済も衰微する。自由競争をするからこそ、製品の品質も向上し、価格も下がっていく。
日蓮門下も同じ。自分の教団がファーストなのは、信仰者としては当然。しかし、学問研究は、開かれた場で自由に議論し、競争することによってこそ進展する。自国エゴのナショナリズムは、対立・抗争・戦争を生み出すから、グローバルな視点で日蓮教団の未来も考えていかなければならない。
日蓮門下が、門流の閉鎖主義を克服して、日蓮研究を進めていこうという流れは、近年、法華仏教研究会の発足や法華コモンズ仏教学林の開講、さらには春秋社『シリーズ日蓮』(全5巻)の刊行として結実している。このたびの法華宗(本門流)の教学大会は、そういう時代の流れを真摯に受け止めた画期的な大会だったと思う。
2017/2/23 第34回庭野平和賞 パレスチナのユナン師に 中東で宗教間対話を促進
(公財)庭野平和財団(庭野浩士理事長)は20日、京都市内のホテルで記者会見を開き、第34回庭野平和賞を中東エルサレムで諸宗教間対話を実践しているパレスチナ人でルーテル世界連盟(LWF)議長のムニブ・A・ユナン師(66)に贈ると発表した。ユナン師は1991年からパレスチナ人キリスト教徒とイスラエル人ユダヤ教徒の合同組織「ヨナ・グループ」を皮切りに、さまざまな対話を実践。教育者の立場からも和解を呼びかけている。贈呈式は7月27日、東京・国際文化会館で行われる。
パレスチナ難民の家族に生まれたユナン師は11歳の時に牧師を志した。地元のルーテル派神学学校に進み、ヘルシンキ大学で神学を修めた。1998年に「ヨルダン及び聖地福音ルーテル教会」監督を務め、2005年にはエルサレムに「聖地宗教評議会」(CRIHL)を立ち上げた。一貫して諸宗教対話と和解による「エキュメニカル運動」を推進。中東ではキリスト教徒は少数派だが、ユナン師は教派を超えて中東地域の平和構築に貢献している。
また宗教指導者の働きと学校教育が「人々を過激主義に向かわせるか、穏健な姿勢に向かわせるのか鍵を握っている」として、寛容と和解を促す学校教育の充実にも力を注いでいる。2013年の世界宗教者平和会議(WCRP)第9回世界大会(ウィーン)に出席している。
ユナン師は受賞受諾メッセージで次のように述べている。「諸宗教が協働した平和の希求に関与する自分の生涯を考えると、私は、今一度、庭野平和賞をお受けすると喜んで申し上げたいと思います。私たちの生活に影響を及ぼす多くの過激主義と対峙しながらも、私の姿勢は常に確固たる穏健でありました。今回の受賞は、全ての人にとって良いことを求めて、私がより大きな信念をもって発信してゆくよう勇気づけています。私は、庭野平和財団の一層の発展と創設者のビジョンのさらなる実現をお祈りいたします。皆さまと共にあることを名誉に思います」
2017/2/23 曹洞宗宗議会 苫駒大の経営移管で激震 唐突な発表に不満と不安の声
第127回曹洞宗通常宗議会(小島𣳾道議長)が20日、東京都港区の檀信徒会館に招集された。宗門校の苫小牧駒澤大学(佐久間賢祐学長、北海道苫小牧市)の設置法人が2018年度より学校法人駒澤大学から曹洞宗と無関係の学校法人京都育英館に移管されることが議会直前の1月27日に唐突に明らかにされた。釜田隆文宗務総長も「青天の霹靂、寝耳に水」と驚きを隠さず、初日終了後には議員懇談会(非公開)も持たれ、須川法昭理事長らの説明もあったが、納得した議員は少なかった模様だ。(続きは2月23日号紙面をご覧ください)
2017/2/23 仏教伝道協会 沼田智秀会長逝去 3月30日 築地本願寺で本葬
(公財)仏教伝道協会会長で㈱ミツトヨ相談役の沼田智秀(ぬまた・としひで)氏が2月16日午後10時32分に、療養中だった神奈川県横浜市鶴見区の平和病院で逝去した。84歳。
沼田智秀会長
通夜及び密葬は近親者で執り行われた。喪主は長男の恵明氏(ミツトヨ代表取締役専務執行役員)。本葬は3月30日に東京・中央区の築地本願寺で、ミツトヨと仏教伝道協会の合同葬として執り行う。詳細は未定。
沼田氏は昭和7(1932)年4月、神奈川県横浜市生まれ。昭和31年に早稲田大学を卒業し、同年に現・㈱ミツトヨに入社。同46年に代表取締役社長、同60年に会長に就任した。同じ年に、父惠範氏より仏教伝道協会会長も引き継いだ。平成19年からはミツトヨ相談役。
2年前に行われた仏教伝道協会の設立50周年式典では偉大な父の面影を追慕しながら、「㈱ミツトヨと仏教伝道協会、父が始めた事業を引き継ぎ、ただ精一杯、無我夢中で走り続けた半世紀でありました」と回顧していた。本人はかつて本紙取材に「ミツトヨでずっとやって行くつもりだった」と語り、当初は仏教伝道協会の会長就任に戸惑いもあったようだが、近年は土・日曜日に仏教関係の講演会に出かけるなどして、より仏教に親しんでいたという。晩年まで海外出張に出向くなど、最後まで動きまわる体力も父親譲りだった。
惠範氏は仏教タイムス社長を務めたが、智秀氏は株主として長年にわたり経営安定化に協力。しばしば経営面や企画に対し助言した。
2017/2/23 日本浄土教の祖・恵心僧都一千年遠忌 西本願寺と知恩院で初の合同法要
日本浄土教の祖と称される天台宗の恵心僧都源信和尚の一千年遠忌を記念した合同法要が14日に浄土真宗本願寺派本山本願寺(京都市下京区)で、17日に浄土宗総本山知恩院(京都市東山区)でそれぞれ営まれ、その遺徳を偲んだ。昨年、各浄土教団が比叡山延暦寺での恵心僧都源信和尚一千年遠忌法要に出仕していたが、天台座主を導師に知恩院や西本願寺で天台声明と浄土宗や本願寺派の念仏が融合した合同法要が厳修されたのは初めて。
昨年の延暦寺法要に応える 天台声明と念仏で偲ぶ
本願寺派との合同法要は、西本願寺阿弥陀堂で森川宏映天台座主を大導師に、延暦寺と本願寺の両本山の式衆が10人ずつ出仕して厳修された。両宗派、両山の内局、総局が参列し、一般参列者も満堂の約千人が参列した。
森川天台座主を大導師に延暦寺と西本願寺の僧侶が随喜した初の合同法要
法要は、恵心僧都源信が定めた法要式「二十五三昧式(六道講式)」などを元に、本願寺派僧侶の発音で始まる阿弥陀経などを織り交ぜるなど、合同法要ならではの形式で執り行われた。念仏信仰を説いた恵心僧都念仏法語を両宗派の式衆がともに唱え、節回しや言い回しが両宗派で若干違う五念門などは、今回は天台宗が本願寺派に合わせる形で唱和した。
延暦寺の小堀光實執行は昨年比叡山で営まれた浄土教団各派の法要に触れ、「法悦で感極まり、涙した」ことを回顧。参列者に向け「このご縁を倍旧にして胸の中にしっかりとお留めおきを」と呼びかけ、自らも「このご縁をさらに深め、親鸞聖人のお心を持ちあわせて比叡山に帰りたい」と話した。
西本願寺の本多隆朗執行長は、「長い仏教の歴史の中でも初めてのこと」と感慨を示し、「昨今の宗教や民族の違いを背景とする紛争により、排他主義に傾倒する世界情勢にあって、平和社会の実現を目指す仏教界全体のメッセージとして大きな意義をもつ」と法要を機縁に結束を深めていく意向を語った。
法要に先立ち、森川座主と大谷光淳門主との懇談も行われた。西本願寺安穏殿では記念講演が開かれ、「往生要集の念仏とその実践」と題して延暦寺一山長臈の武覚超・天台宗勧学と龍谷大学名誉教授の淺田恵真・本願寺派勧学が講演。約600人が参加し、予定した会場では参加者を収容しきれず、急きょ別フロアも解放する盛況ぶりで、注目の高さがうかがえた。
知恩院でも森川座主を大導師に、両本山から10人ずつ出仕し執行。僧侶計100人が参列した。念仏を中心とした「声明例時」が勤められ、法然上人御堂に参拝者約500人の念仏が響いた。
知恩院の法然上人像と恵心僧都御影前で焼香した森川座主
両本山の声明は近い部分もあり、習礼を通して節回しなどを確認した上で臨んだ。この日、作法も調整しながら、阿弥陀経などを共に唱和した。念仏法語が唱えられる中、森川座主は法然上人像と恵心僧都御影前で焼香した。
法要後に小堀執行が挨拶し、「同じように声を揃え、旋律を唱えたご縁をこれからも大切につなげ、歴史に残る法会を受け継いでいきたい」と声を詰まらせながら話した。小鴨覚俊・延暦寺副執行は、「歩み寄りながら法要を勤めることができ、ありがたく稀有な機会だった」と感慨深そうに語った。
伊藤唯眞・知恩院門跡は、「知恩院として歴史的な一日となった。恵心僧都から千年経った今年、中国から比叡山、東山、全国に伝わったお念仏の教えを聞いた者同士が縁をいただいた。喜びを分かち合いたい」と話した。法話では、恵心僧都の教えやその著『往生要集』を解説した。
大阪から来た浄土宗信徒の女性(70)と天台宗信徒の女性(80)の友人2人は、14日の西本願寺での法要にも参拝。「生きている間にこのような仏事にめぐりあえて感動で胸が一杯。助け合いの心を教えられた」と口々に話した。
2017/3/2 宗会・代表会シーズン 各宗派17年度予算や方針が定まる
新義真言宗 妹川総長が3期目へ
新義真言宗(妹川敬弘宗務総長)の第59次定期宗議会(五十嵐敬司議長)が2月16日、東京・湯島の宗務出張所に招集された。3月末に2期7年の任期を満了する妹川総長(58・東京都新宿区・東福院住職)の再任を全会一致(議員10人)で決定した。任期は4月1日から4年間。
臨済宗妙心寺派 10年後のグランドデザイン見据え「さらに一歩」
臨済宗妙心寺派(栗原正雄宗務総長)は2月20日から23日まで、京都市右京区の宗務本所に第132次定期宗議会を招集した。平成29年度予算など全12議案を可決、その他承認案4件や報告3件を承認した。
初日の施政方針演説で栗原宗務総長は、「宗門、寺院、僧侶を取り巻く環境は大変厳しい」との認識を語り、「いま何をすべきか、10年後の宗門のグランドデザイン、あるべき姿を考え、さらに一歩を踏み出すことが大切」と施策を進める方針を強調した。
天台宗 木ノ下内局、過疎化対策を置きみやげ
天台宗(木ノ下寂俊宗務総長)は2月21日、滋賀県大津市坂本の宗務庁に第138回通常宗議会(小川晃豊議長)を招集。木ノ下総長はすでに辞任を表明し、後任選びさなかの議会とあって通告質問はなく、議会は2日間で閉会した。過疎化や少子化の中で寺院存続をはかるための対策などが置きみやげとなった。
真言宗智山派 宗費の申告基準を改定
真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第124次定期教区代表会(川崎純性議長)が2月21~23日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、5年に1回実施される宗費負担数改定の基準が定まった。人口減、少子高齢化が進む地方を減額し、都市部や都市周辺部を増額させ、現在比で最大50円の増減幅となる配分とした。
改定基準を検討する中央査定委員会の意見をもとに、地域間バランスをとる方針を決定。人口5万人の都市に住む檀家1軒あたり千円、信徒1人あたり250円を基準に、人口がより多い都市部8地域で上げ、より少ない町村部5地域で下げた。
浄土真宗本願寺派 「現場ファースト」掲げる
浄土真宗本願寺派(石上智康総長)の第312回定期宗会(浅野弘毅議長)が2月22日、京都市下京区の宗務所で始まった。石上総長は執務方針演説で、従来型の布教方法では「これまで縁のなかった人々に教えが届かない」との危惧の念を示し、「伝道力の再生」「現場第一主義、現場ファースト」を掲げ、「一切の聖域を設けず、すべての宗門関係者が、責任の一端を担うのだという自覚と覚悟が求められている」とこれまで以上に危機意識の共有を訴えた。会期は2日まで。
2017/3/2 津波被害の照徳寺で仙台仏教会主催の東日本大震災七回忌法要 全日仏と東仏後援
発生時刻に海に向かって黙とうする参列者 東日本大震災から間もなく6年。宮城県仙台市宮城野区の浄土宗照徳寺(中澤康博住職)で、一般社団法人仙台仏教会が主催する七回忌法要が営まれた。公益財団法人全日本仏教会(全日仏)、東京都仏教連合会(東仏)が後援。地元の住民、仏教会の僧侶など合わせて約150人が参列。犠牲者の供養と復興への祈りを捧げた。
法要は曹洞宗梅花流詠讃歌奉詠、真言宗奉賛声明、浄土宗雅楽演奏で開式し、伊達広三・仙台仏教会副会長を導師、河野哲雄・国安泰泉副会長を脇導師に厳修。般若心経の読誦のなか、照徳寺の中澤住職、全日仏、東仏の代表、参列者が焼香した。震災発生時刻の2時46分には鐘を7回鳴らし、「皆さまの心の声が届きますように」のメッセージと共に海に向かって黙とうを捧げた。
法要後には仙台仏教会理事の中村瑞貴氏(浄土宗)がコーディネーターとなり、TV番組「ぶっちゃけ寺」に出演していた、千葉公慈氏(曹洞宗)、杉若恵亮氏(日蓮宗)、釆澤良晃氏(臨済宗建長寺派)による「ぶっちゃけトーク」も行われ、震災後の支援活動や別れの悲しみにどう向き合うかなどを語った。千葉氏は被災地への思いと共に「私の中で大きく変わったのは、言葉の重み」と話し、道元禅師の「生死の中に仏あれば生死なし」を引いて、「生まれ来ること、この世から死んでしまうこと、生きていること。この中に仏が見つかれば死ぬこと生きることはなくなる。言葉のシンプルな意味は心得ていたつもりでいたが、本当の意味で、私なりに仏のいのちを感じるようになった」と話した。
PRAY for (ONE)が呼びかける他者への祈りを込めた祈り鶴を参列者も作った 今も亘理町に半年に一度訪れている杉若氏は、ボランティア活動の中で「おばあちゃんの形見がほしい」という要望を受け、津波で流出した桐たんすの中から綺麗な状態の着物を見つけたエピソードを紹介。「去っていく人はメッセージを残してくれる」と語り、「望まないことが起きるが、受けて立っていかないといけない。そうした想定の中で生きていく強さ、忍耐という心を鍛えてくれるのが仏教だと思う」と体験を交え話した。
釆澤氏は「ひたすらに祈ること」をあげ、無心の祈りの先に「誰もが持つ仏さまの心。他者を思う慈悲の心がありありと表れてくるのだと思う」と語った。
アトラクションとして三味線集団「華凛」の演奏が行われたほか、一般社団法人PRAY for (ONE)が呼びかける「祈り鶴」を参列者が祈りをこめて折った。中沢住職は法要の参列に謝意を示し、「人の生き死についてお話をいただいた。目で耳で心で感じ取っていただいたと思う。日々の生活をしっかりとお送りいただきたい」と静かに話した。
照徳寺は海から約1.2キロに位置し、津波により本堂や会館に大量の瓦礫が流入、住民にも多くの犠牲者が出た。瓦礫撤去には浄土宗青年会ら約800人のボランティアが力を注いだ。境内には中澤住職が建てた慰霊碑があり、犠牲者63人の名が刻まれている。隣りには七回忌に併せて、全日仏、東仏、PRAY for (ONE)が寄贈した和顔地蔵が建った。
2017/3/2 「平和をつくり出す宗教者ネット」緊急集会 共謀罪は治安維持法の再来 山城氏の釈放求め声明も
「共謀罪」(テロ等準備罪)の上程阻止と廃止にむけて先月16日、東京・永田町の参院議員会館で開かれた「平和をつくり出す宗教者ネット」の緊急集会。講師の海渡雄一弁護士は、戦前の宗教弾圧の根拠となった治安維持法との関係からも報告した。
治安維持法は「私有財産制度の否認」と「国体変革」の二つを取り締る目的で構成され、1925年の制定当時は「共産党対策とされた」。実際、これにより共産党と周辺の労働組合に適用された。次いで合法的な政党や労組が対象とされた。共産党は組織活動を停止。1930年代には特高組織が肥大化し、海渡氏は「食うために生き残りをかけてやったのが1935年の大本教に対する弾圧。凄まじい弾圧で神殿が破壊され、悲惨だった。獄死者も出た。しかし治安維持法に関しては後に無罪判決が確定している。これを突破口にキリスト教の一部、創価教育学会などが弾圧された」と危機感を訴えた。
そして「公明党は推進とはなっていないが、ずるずると引っ張られている。戦前の歴史を覚えている人もいるはず。宗教者の方からもお声がけいただいて一緒にしていただければと思う」と宗教界と創価学会・公明党の“共闘”を促した。
同日はまた、宗教者ネットが会見を開き、昨年10月、沖縄県の東村高江や名護市辺野古で米軍基地建設反対の抗議活動をしていた山城博治氏(沖縄平和活動センター議長)が公務執行妨害や傷害などで逮捕され、勾留期間が3カ月に及んでいることに対し、即時釈放を求める声明を発表した。
声明では「明らかに基地に対する抗議活動に圧力をかける意図」があると指弾。山城氏には悪性リンパ腫の持病があることも指摘し、即時釈放を求めている。同時に釈放のための署名活動への協力も呼びかけた。3月15日には宗教者ネット代表が沖縄県庁で記者会見を行う予定だ。
2017/3/9 念法眞教 次期燈主に桶屋総長 稲山燈主 教団の行く末を考慮
念法眞教は5日、次期燈主に桶屋良祐・念法眞教教務総長兼金剛寺執事長(68)が選任されたと発表した。桶屋総長は任期途中の4月1日付で燈主代行者に就き、稲山霊芳・三代燈主(92)の代わりを務める。代行者が置かれるのは制度ができてから初めて。燈主は終身制。教務総長の後任に一宮良範・念法眞教総務部長(68)、執事長の後任に丸山良徳・金剛寺教務部長(52)が4月1日付で桶屋次期燈主就任する。任期は現内局の残任期間の来年9月まで。
1年の教団方針を伝える家族会議が同日、大阪市鶴見区の総本山金剛寺に招集され、明らかにされた。全国の信徒総代ら約1000人に、稲山燈主は「燈主の使命として、教団の行く末を安心できるようにしておきたい」と説明。「齢により、これからは今までのように思うよう勤める事ができなくなる。そこで私の意思を明確に表明し、今後は後任の燈主と共に僧俗一致し、教団が一丸となって、開祖親先生の御心に添うように勤め、現世界極楽浄土建設に邁進することをお願いしたい」と語った。
稲山燈主は、教団が立教開宗した年と同じ1925年に生まれた。17歳で出会った小倉霊現開祖(親先生)に勤仕。2001年2月に燈主に就任し、一昨年に90歳で立教90年祭を迎えた。
桶屋総長は、「親先生、二代様が終身、燈主をお勤めになったように、ご燈主様も終身お勤め下さいます。全身全霊をあげてご燈主様を生涯お支えする覚悟です。ご燈主様がご存命中、四代燈主が誕生することはあり得ません」と言明。燈主代行に関して、執務の部分委譲と受け止めているとし、稲山燈主は全国の信徒に会って、親先生のみ教えを伝えたいとの思いを持っていると述べた上で、「そのお心に少しでも添わせてもらうために、全国の各支院をご親教に回ります」と決意を語った。
全国親教は燈主の大きな任務の一つ。開祖や二代燈主は年間300日以上、全国の支院を巡教した。桶屋総長は、代行就任後の5月から80カ寺以上の支院を回る予定。
第4代燈主、燈主代行者を決めた稲山燈主による諭示は昨年12月29日付。内局や主管者には今年1月7日、新年面会で発表された。5日付の機関紙「念法時報」の号外で全国の信徒に伝えられる。
桶屋総長は1948年8月、富山県生まれ。富山商業高校卒。円満屋木材に入社し、1969年に社長。1972年に入山。親先生の全国親教随行を3年務める。二代燈主巡錫随行長、三代燈主親教随行長を歴任。総務部長などを経て、2003年から現職。富山念法寺ほか19カ寺の主管者を兼ねる。
2017/3/9 天台宗 新宗務総長に杜多道雄氏
杜多道雄氏 天台宗の新宗務総長に東京都台東区大泉寺住職の杜多道雄氏(72)が就任することが2月22日、内定した。1月に木ノ下寂俊宗務総長(69)が健康上の理由により任期途中で辞任する意向を表明した。後任を決める宗務総長選挙で立候補届出期限の22日までに届け出たのは杜多氏一人で、無投票で事実上当選が決まった。任期は3月14日から4年間。15日に新内局の任命式が行われる。
杜多氏は東京生まれ。慶応大卒。東京教区宗務所長などを歴任し、2009年に阿内局で総務部長を務めた。
2017/3/9 宗会シーズンⅡ 高野山 豊山派 日蓮宗 浄土宗
高野山 興正寺問題で元住職の再処分採択 添田総長続投表明
高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第155次春季宗会(安藤尊仁議長)が2月28日~3月2日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。最終日には、罷免住職側の「不法占拠」が続く名古屋市昭和区・別格本山八事山興正寺の裁判と今後の対応について集中審議。「無権限者であるにもかかわらず年間3597万円もの高額報酬を受領し、しかも自身が負担しなければならない租税公課等を納付せず、宗派側に負担させている」梅村正昭元住職に対し、最も重い除名(僧籍剥奪)を含む「新たな懲戒処分を下すべき」という宗会議員の総意を採択した。
田邊正紀・犬飼尚子両弁護士が出席し、裁判の現状と見通しを報告。元住職側が起こした「罷免無効」訴訟と宗派の特任住職(=添田総長)側による「寺の明け渡し」要求訴訟の第1審判決までに、「短くても半年から1年を要する」との見解を示した。4月に添田総長の証人尋問を実施。罷免住職側による80億円もの寺有財産外部流出をめぐる刑事告訴は、「名古屋地検が捜査中」と説明した。
添田総長は閉会挨拶で、興正寺問題の完全解決に向け、総長職続投の意思を表明した。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)
豊山派 宗団活性化へ ケネディ演説で鼓舞
真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第144次宗会通常会(加藤章雄議長)が7日、東京・大塚の宗務所に招集された。星野総長は施政方針演説で、ジョン・F・ケネディ米国大統領の就任演説をふまえ、「同胞である豊山派関係者の皆さん、宗派があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが宗派のために、総本山のために、同胞寺院のために、何ができるかを考えようではありませんか」と鼓舞。「全ての豊山人の力を結集して、課題満載の感がある豊山派を少しでも前進させたい」と力強く表明した。
宗派が直面する主要課題の一つである人口減少と過疎化に対し、「地方寺院と都会寺院の交流の促進化」を提示。「地元から都市へ移住していく檀信徒への法務執行等の宗教的サービスの継続の方法を、地方寺院と都市寺院との協力の中で実行していく具体的方法を模索している」とし、「平成29年度は、過疎・少子化が着実に進んでいる地域の寺院や教師諸氏の話を聞き、実態への認識を一層高めたい」と述べた。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)
日蓮宗 降誕800年いよいよ実動 浄財勧募は順調
日蓮宗は7日、第111定期宗会を東京都大田区の宗務院に招集した。小林順光宗務総長は施政方針挨拶でいよいよ新年度から実動する宗祖降誕800年慶讃諸行事・事業に意気込みをみなぎらせ、寺院・僧侶・檀信徒が一丸となって取り組めるよう進めていくと表明した。
慶讃行事は本年5月21日のマレーシア・ペナン島一念寺におけるアジア国際布教拠点記念大会に続き9月の山静教区、11月の中部教区の記念大会を予定。慶讃事業は日蓮宗の社会的認知度を上げるための「日蓮宗ブランド化」、寺院布教活動に必要なソフトを作り活性化を図る「寺院活性化事業」、宗門子弟と青少幼年信徒の育成を目的とした「人材育成事業」を三本柱としている。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)
浄土宗 抜本的な組織再編へ 局室統合、総長任期内に移行
浄土宗の第116次定期宗議会(木村弘文議長)は2月27日、京都市東山区の宗務庁に招集された。豊岡鐐尓宗務総長が2017年度の執務方針を述べ、宗務庁の抜本的な組織再編に着手する意向を示した。
現行の宗務庁の基本体制5局2室は2003年、水谷幸正内局が確立。その後、2006年に社会福祉推進事務局、東日本大震災を契機に設置した災害対策事務局(当時は災害復興事務局)、一昨年に立ち上げた浄土宗開宗850年準備事務局の3局が現在、追加されている(京都4局2室、東京4局)。
10年以上経ち、構造改革検討委員会は2014年、時代の変化に対応した組織体制の改革案を提案。しかし、豊岡内局がすでに取り組んでいたコンピューターシステムの見直しを巡り、組織再編にも関係する大幅な業務改善を進めることにし、システム構築を先決事項とした。根幹となる寺院、僧侶の情報を扱う総務システムを4月から本格的にスタートさせる。(続きは3月9日号紙面をご覧ください)
2017/3/16・23 天台宗 杜多内局スタート 人材養成 最重要課題に
天台宗の宗務総長に杜多道雄氏(72)が就任し新内局が発足した。阿部総務部長以外は新任となった。任期は平成33年3月14日までの4年間。15日には、滋賀県大津市の滋賀院門跡「梅の間」で宗務総長任命辞令親授式が執り行われた。森川宏暎座主から任命辞令を親授された杜多氏は「皆様方のお力添えを賜り、宗本一体を旨とし、全力を傾注して職責を全うする所存」と誓った。記者会見で所信を述べる杜多宗務総長
森川座主は、8月の比叡山宗教サミットと11月の建立大師相応和尚一千百年御遠忌を円成するために「仏さまのお計らいで皆様方に託されたと思っている」と新内局の手腕に期待を寄せた。
親授式後の記者会見では、杜多総長が所信を表明。体調不良により任期途中で退任した木ノ下寂俊前宗務総長への思いを語り、「本人が一番心残りだろうと思う」として、前内局の施策を引き継ぎ、最重要課題に人材の養成を掲げ「全力を挙げて取り組む」とした。
さらに、比叡山宗教サミット30周年の円成、不活動法人対策、宗務行政の運営評価、宗務庁の機構改革、宗内寺院の収入額申告、高度情報通信社会に対応した情報発信なども課題に挙げ、「より良い方向性を見つけて参りたい」と抱負を述べた。
座右の銘や内局のスローガンを問う質問には、〝常精進〟を提示。「常に精進を心がけ、後に残る者にも呼びかけたい。この内局でも常に精進を続ける姿勢を怠らないことを心がけて、宗政を運営させていただきたい」と思いを語った。
杜多新内局の陣容は以下の通り(敬称略)。
総務部長=阿部昌弘(九州東教区・大分県大分市・觀音院)法人部長=浅野玄航(南総教区・千葉県夷隅郡・妙音寺)財務部長=甘井亮淳(九州西教区・福岡県久留米市・大善寺)教学部長=森田源真(兵庫教区・兵庫県姫路市・圓明寺)社会部長=林光俊(福島教区・福島県本宮市・金礼寺)一隅を照らす運動総本部長=森定慈仁(延暦寺一山・滋賀県大津市・竜襌寺)
2017/3/16・23 本願寺派 石上総局が総局改造 新総務に山階、池田、阿部の3氏
浄土真宗本願寺派(石上智康総長)は3日、総局の入れ替えを行い、第4次の石上総局が発足した。総務に山階昭雄氏、池田行信氏、阿部慶一氏が就任した。副総務に弘中貴之氏、玉井昭英氏が就任した。中戸康雄氏、光岡理學氏、霍野廣紹氏、丸田教雄氏は退任し、弘中氏は再任した。
各氏の略歴は以下の通り(敬称略)。
【総務】
山階昭雄=昭和27年生まれ。64歳。北海道虻田郡倶知安町東林寺住職。宗会議員4期。総務2回目。副総務2回。
池田行信=昭和28年生まれ。63歳。郡栃木県那須郡那珂川町慈願寺住職。宗会議員4期。総務2回目。
阿部慶一=昭和19年生まれ。72歳。新潟県西蒲区長厳寺住職。宗会議員4期。総務2回目。
【副総務】
弘中貴之=昭和45年生まれ。46歳。山口県防府市乗円寺住職。宗会議員2期。副総務2回目。
玉井昭英=昭和30年生まれ。62歳。奈良県吉野郡天川村西教寺住職。宗会議員3期。副総務1回目。
2017/3/16・23 3・11 東日本大震災から6年 各地で七回忌法要
全日仏青 日蓮宗本山孝勝寺で営む 慈母観音像のノミ入れも
全日本仏教青年会(全日仏青/東海林良昌理事長)は11日、宮城県仙台市の日蓮宗本山孝勝寺(谷川日清貫首)で七回忌法要を営んだ。遺族や檀信徒130人、日本の青年僧、世界仏教徒青年連盟(WFBY)会員や来賓120人が参列。犠牲者を追悼し、復興を祈った。本山孝勝寺、全国日蓮宗青年会が共催。
本山孝勝寺での七回忌法要で慈母観音像にノミ入れする参列者
東海林理事長は「皆さま共々に震災でお亡くなりになられた方の追善菩提、この地に住まわれている方の心の平安を祈りたい」と挨拶。WFBYのデンポン・スワナチャロプ会長も「アジアの青年僧を招いていただきありがとうございます。被災された皆さまがご健康であり、勇気を手にされることをお祈りします。宮城の皆さま、日本の皆さま、世界中の私たちは皆さまの心と共にあります」と心を寄せた。
法要後には、身延山大学仏像制作・修復室が東日本大震災の慰霊のために制作している「慈母観音像」のノミ入れ式や浄土宗僧侶で二胡奏者の川野真広さんによる追悼コンサートが催された。
身延山大学の柳本伊佐雄教授は「慈母観音は多くの方の協力で進められている」と語り、荒彫りの慈母観音像にノミをいれる「一のみ運動」は全国各地を巡り、約2千人以上が参加したことを紹介。この日も、参列者がノミを入れ、削りとった観音像の一部はお守り袋に収められてそれぞれに手渡された。(続きは3月16・23日合併号紙面をご覧ください)
全曹青 福島市で集い開く 夢を込めた風船を空に
全国曹洞宗青年会(全曹青、安達瑞樹会長)は10日、福島市のルンビニー幼稚園(吉岡棟憲園長)と円通寺(同住職)で東日本大震災七回忌復興慰霊祈願の集いを開催した。合言葉は「笑顔の君とおなじ空を見上げて」。地震・津波・原発事故からの復興が続く福島の人々の心を癒し、絆を深めた。「みんなのゆめがかないますように」と風船を空に飛ばした
ルンビニー幼稚園では全曹青メンバーが約180人の園児に演劇やダンスを披露。青年僧の着ぐるみ仮装には子どもたちも大喜びだった。続けて、「みんなとずっとながいきできますように」といった願いが書かれたお地蔵様の塗り絵が結ばれた約500個の風船が用意され、園児たちは風船でできた観音様の前に集合。「みんなのゆめがかないますように!」の言葉とともに一斉に大空に放たれた。西からの風に吹かれ飛んでいく風船を、子どもたち、保護者、僧侶はしっかりと目に焼き付けた。
ルンビニー幼稚園教諭で円通寺副住職の吉岡統親氏は「こんなにたくさん集まってくれて本当にうれしかった。子どもたちはいつも元気いっぱいですが、風船を前にするともっともっと、いつも以上に元気を出しますね」と笑顔。(続きは3月16・23日合併号紙面をご覧ください)
2017/3/16・23
東日本大震災七回忌特別寄稿 記録者としてみた被災地の土徳 大飢饉に続く原発事故
青原さとし(ドキュメンタリー映像作家 『土徳流離』監督)
3月11日で東日本大震災から6年。仏教では七回忌にあたる。被災地、特に原発事故被害の大きい福島に足繁く通った映像作家で『土徳流離』監督の青原さとし氏に記録者の視点から寄稿頂いた。庶民の「営み」が崩されようとしていることに思いを綴る。
江戸時代後期、東北一帯を襲った天明の大飢饉により旧相馬中村藩(福島県相双地方・浜通りの一部)は、餓死者・逃散者が相次ぎ、人口が3分の1にまで減少した。藩は荒廃した相馬の土地を復興させるため「入百姓政策」を打ち立てた。他藩から農民を受け入れ入植させるのである。入植者は、ほとんどが越後、越中、加賀などの真宗門徒であった。この相馬移民の入植は、文化年間から明治初期まで続いた。それからおよそ200年後、同じ相馬の地に東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故が襲ったのである。青原氏が2015年に公開した『土徳流離―奥州相馬復興への悲願』のチラシ。時空を超えた人間と土の記録でもある
2012年秋、相双地方を初めて訪ねた時の衝撃は今でも忘れない。現地の人に相馬市・南相馬市各地の津波被災地へ案内していただいた。瓦礫がまだまだ夥しく転がる海岸のほとり、住宅の基礎石が所々に露出している。随所随所に供えられている花やお線香が生々しい。ここには人が暮らす数十軒の家があったのだ。旧相馬藩藩域における海岸線の集落は、真宗移民の人たちの居住区が多いと聞いた。また南相馬市小高区、飯舘村、浪江町、双葉町、富岡町など原発事故によって立ち入り禁止区域にされ無人となった街々も、相馬藩域であり真宗移民の入植地であったと知り、愕然とした。相双地方はまさに天明の大飢饉が、再び繰り返されたような場所なのだ。「映像に記録する」という重要性、緊急性をこのときほど痛感したことはなかった。私は記録映画作家として、広島の真宗僧侶の身として、この地を映像に記録せねばという衝動に駆られた。
しかしその志は多くの困難な障壁にぶち当たり、くじけそうになることが何度もあった。お祭りの撮影に臨もうとすると今は完全に行っていない、避難している人と連絡がとれない、警戒区域には1週間以上も前から申請し遠方に避難している住民の人と同行しないと入れない、一度訪ねた時の田園風景が次に訪ねたら放射性廃棄物の仮置き場と化したり、避難中の寺院や神社が火事で全焼したりと、日々の常識では考えられないような状況ばかりが続く。そんな中でも、私が問いかけようとしている切り口での取材は、地元の多くの人たちから快く迎え入れてくれた。
共同体の記憶
そう大飢饉からの復興を目指して行った「入百姓政策」、「二宮仕法」の歴史は、3・11を経た地元の人にとってみれば痛烈に響いてくるものと想像がつく。相馬藩という共同体の尊い「記憶」であり、アイデンティティなのだ。それを「記録」に残すことは、私が想像する以上の重大課題であったのかもしれない。
足かけ3年におよんだ撮影記録は『土徳流離―奥州相馬復興への悲願』と題した映画に結実した。
2015年9月、相馬市・南相馬市で4日間に渡り上映した。来場者延べ1500人の方々は、3時間半に及ぶ映画をほとんど席を立たれることなく食い入るようにご覧いただいた。しかしスタッフや一部の方からの意見として「長すぎる」という意見も多くあった。それでも私は微調整や趣旨を明確にするための改編はしても、長さは全く変えなかった。映画の中で、物語の流れを大きく寄り道をするシーンがある。
移民政策は相馬だけでなく笠間市など北関東へも広範囲に行われていたことを解き明かすシーンなのだが、そここそカットすべきであるという意見もあり私もそのように漠然と考えていた。ところが東京での試写会にその笠間市の出演者の方が来場された。アンケートにびっしり感想を書かれていた。「相馬の人たちと同朋であるということを痛感した」とあった。またその方から、同じ地域の出演者が最近、ご逝去されたことを伺った。実はその時点で2人、映画の完成を見ずして御逝去された方がおられ、現在にいたっては6人の方々がお浄土へ逝かれている。つまり映画が、ある意味遺言ともいえる最後の記録となってしまったのである。
「営み」の記録
私は、これまでおよそ30年近くドキュメンタリー映画製作に従事してきた。いわゆる社会派ドキュメンタリーではなく、ほとんどが、庶民の民俗文化の記録である。庶民にとってかけがえのない伝統工芸であるとか、お祭りであるとか、そういった「営み」の記録である。このたび「土徳流離」をまとめても、やはり「営み」こそが、先人の記憶であり記録であり、その積み重ねが「歴史」を形作っているということを改めて思った。「土」の「徳」とは、そういった先人が積み重ね、積み重ねして堆積した分厚い、決して崩してはならない層なのだ。ところが、いま、6年を経たフクシマは、何の復興も遂げていない。地元への杜撰な東電の対応、早すぎる解除宣言、帰還できない村民、補償金等を巡る村落・家族の分断等々…、土徳の層が一気に崩されようとしている。あきらめてはならない。力の続く限り土徳を、先祖の営みを想い続けてほしい。
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あおはら・さとし/1961年広島市の浄土真宗本願寺派眞光寺に生まれる。龍谷大学仏教学科卒。87年映像を志し上京。イメージ・フォーラム付属映像研究所第10期生。88~00年民族文化映像研究所に在籍。日本列島に伝わる様々な庶民の生活文化の映像記録作業に関わる。03年『土徳―焼跡地に生かされて』以後、フリーに。広島を拠点にドキュメンタリー映画の制作に励んでいる。
2017/3/30 淑徳大学が仏教社会福祉の国際フォーラム開催 アジア仏教ソーシャルワーク研究ネット結成
フォーラムに参加した9カ国代表と日本によって「アジア仏教ソーシャルワーク研究ネットワーク」が結成された 淑徳大学アジア国際社会福祉研究所(秋元樹所長)は3月22・23の両日、千葉市内のホテルで「アジアの仏教は人びとの生活の問題にどうはたらくか?」をテーマに第2回国際フォーラムを開催した。アジア9カ国19人の研究者らをはじめ国内を含め約40人が参加。西欧のソーシャルワーク(SW、社会福祉)と仏教ソーシャルワーク(BSW)の共通性や相違性が検討された。またアジア仏教ソーシャルワーク研究ネットワークが結成された。
最初のフォーラムは2年前、建学50周年記念として「仏教"ソーシャルワーク"と西洋専門職ソーシャルワーク―次の第一歩」をテーマに開かれた。昨年4月、アジアおよび世界の国際社会福祉/ソーシャルワーク(SW)研究の向上に寄与するとともに研究成果の社会還元を目的として同研究所が設立され、第2回を主催した。
研究所研究班が対象国に赴き、仏教とSWの関係を調査すると共に現地研究者らと交流を深めてきた。フォーラムでは、ミャンマー、カンボジア、モンゴル、ブータン、タイ、ラオス、ネパール、ベトナム、スリランカの9カ国代表がパワーポイントを用いてそれぞれBSWについて報告した。
ミャンマーのボビー氏(NGO共同代表)は少数派のイスラーム教徒だが、「見返りを求めずに他者の福祉に寄与する」ことを意味するパラヒタ(利他)について説明。この言葉は仏教に基づいており、ミャンマーの福祉に深く根ざしているとした。
また公的な制度や法律に基づく政府主導のSWに対して、非公式で柔軟性のあるBSWは対応の早さや政府のすき間を埋めたり、繰り返しがしやすいといった強みがある。「西欧ルーツの専門職とは相容れない考え方も存在するが、(両者の)協働も成立している」とも話した。
ブータンではミャンマーのパラヒタに相当する言葉としてジンパがあると言い、僧院での慈善活動を紹介した。
各国で教育や職業訓練、災害被災者支援、環境保護、HIV/エイズ患者ケア、ホームレス支援、孤児院など形を変えながらも僧侶や寺院による社会福祉活動の実践例が報告された。一方で淑徳大学研究班が現地調査することで、複数国ではBSWを自覚する機会にもなった。
初日の最後に代表者が署名してアジア仏教ソーシャルワーク研究ネットワークが正式に結成された。秋元所長は「SWは西欧で生まれ、専門職としてだいたい150年続いてきた。ところが仏教は、ある方が言うには2500年やってきたという。特にアジアを回っていると大部違うなという印象を持つ」と述べ、BSW研究の広がりとその焦点化を期待した。
2日目にもBSWの実践報告と共に定義等について議論が交わされた。
2017/3/30 新日本宗教団体連合会 拉致被害者即時帰国を求め首相に要望書
安倍首相に要望書を手渡す保積理事長(提供:新宗連) 公益財団法人新日本宗教団体連合会(新宗連)は15日、東京・永田町の総理大臣官邸を訪れ、保積秀胤理事長(大和教団教主)が「北朝鮮による日本人拉致被害者の即時帰国を求める要望書」と24教団代表の署名簿を安倍晋三総理大臣に手渡した。新宗連からは常務理事の宮本惠司氏(妙智會教団法嗣)と川端健之氏(立正佼成会理事長)、理事の田澤清喜氏(松緑神道大和山教主)及び事務局2人が同席した。
新宗連は平成22年(2010)以降、拉致事件解決に積極的に取り組み、署名活動や被害者家族を招いての学習会などを重ねてきた。昨年10月の理事会で要望書提出を決定したが、その際に「加盟教団代表の先生方のお心を署名に託して総理に届ける」ことに合意した。3月14日までに24教団代表の署名が集まり、それを提出。拉致事件解決に向けて、より強い姿勢と決意を示した。
要望書では、拉致事件の発生から長い歳月を経過したことによる、被害者家族の高齢化を指摘し、「多くの国民がこの問題に対して強い焦燥感を募らせている」と述べ、「日本人拉致被害者の即時帰国に向け、早急に施策を講じるよう強く要望申し上げます」としている。同時に今年4月から全国各地で学習会を開き、風化防止と啓発に努めることも述べている。
2017/3/30 日本香堂 子ども絵画館inお台場 心を動かす「心のふるさと」作品
子どもたちの受賞にご当地キャラクターも応援に駆け付けた 株式会社日本香堂(小仲正克社長)は25日、東京・お台場のフジテレビ本社1階のシアターモールで、「ふるさとのお盆の思い出」絵画コンクールの2016年度入賞作品132点を展示する「子ども絵画館inお台場」の授賞式と絵画館オープニングの記念セレモニーを開催した。
「夏休みの思い出」をテーマにした作品を公募する同コンクールには昨年、国内外から6万5135点の応募があった。この中から小学校低学年、同高学年、中学生の各部で入賞作品を選出。25日の式典では最優秀賞、原田泰治賞の受賞者がテープカットを行った。
小仲社長は「みなさんの絵を観て一番感激しているのは私たち大人です。失ったものや心のふるさとを見出します。このノスタルジックな感情はポジティブな感情を生むとも言われている。みなさんの心とその手で末永く絵を描き、世界の人々に感動を与えてほしい」と讃えた。選考委員長の原田泰治画伯は「自分の絵を、才能を大切にしてください。毎年描くことで心の中に感動が残る」と祝福した。
小学校高学年の部で最優秀賞を受賞した起塚龍玄さん(兵庫県・小5)は「観た人が幸せになる絵を描きたい」と今後の目標を話した。中学生の部の川神茜音さん(和歌山県・中3)は「出品するのが最後だったので嬉しい」と喜びを語った。
式典には同社キャラクターのさだきちくん、かおりちゃんのほか、各受賞者のご当地キャラクターも応援に駆け付け、晴れ舞台を盛り上げた。子ども絵画館は4月9日まで。入場無料。
2017/4/5 第2期臨床仏教師に女性2人含む5人認定 さまざまな苦の現場で
第2期の臨床仏教師認定者。右から内山、岡部、星、眞木、森脇の5氏 公益財団法人全国青少年教化協議会(全青協)の臨床仏教研究所が運営する臨床仏教師養成プログラムの第2期認定式・記念講演会が3月30日、東京・芝の東京グランドホテルで行われ、女性2人を含む5人に認定証が授与された。最初の講座(座学)には83人が登録しており、16倍強の競争率となった。第1期を含めた臨床仏教師は11人。5人は今後、生老病死の現場で活動する。
臨床仏教師に認定されたのは、内山美由紀(神奈川・本願寺派西法寺門徒)岡部幸子(茨城・曹洞宗常光院寺族)星光照(埼玉・日蓮宗円真教会担任)眞木興遼(群馬・天台宗円龍寺副住職)森脇宥海(愛媛・豊山派浄明院副住職)の5氏。
開式に当たり、臨床仏教研究所の齋藤昭俊所長(大正大学名誉教授)が挨拶。2年近くにわたった養成プログラムの修了をねぎらい、「今後、社会的問題や社会的な状況からもたらされる個人の悩みに接していくことになる。これからも充分に学び、臨床仏教師として仏作仏業に励んでいただきたい」と激励した。
選考経過を同研究所の島薗進理事(上智大学グリーフケア研究所所長)が報告。第1ステップの全10回の座学には83人が登録し、第2ステップのワークショップに34人が進んだ。第3ステップの100時間以上におよぶOJT(実践研修)では8人に絞られ、最終口頭試問で5人となった。島薗氏は「日本の仏教、世界の仏教にとっても現代の新しい課題に取り組むチャレンジである。認定は始まりであり、長い歩みの第一歩が今日始まる」と祝福した。
この養成プログラムを構築し、運営してきた神仁上席研究員も「皆さまにとってスタートライン。仏教者として自身の信仰を深めながら社会のさまざまな場面で声なき声を聞き、答えのない問いを受け止めていただければと切に活躍を願う」とエールを送った。
齋藤所長から5人に認定証が手渡され、それぞれが感想を披露。内山氏は看護師時代の反省を口にしつつ、「仏教には無財の七施という貴重な教えがある。和顔と愛語をもって慈しみの心をもってお話をうかがっていきたい」と話した。元教員の岡部氏はプログラムを通じて「自分を知った」と告白。そして「不登校の親は毎日のように訪ねてくる。その中で学んだことを実践していきたい」と胸を張った。
星氏は第1期も受講し、2度目の挑戦。「臨床仏教師というのは自らの足で寺から出て、生老病死の現場に行き、悩み苦しんでいる人に寄り添う存在という思いを捨てきれずに第2期を受講した。本日がスタートだと思っている」と抱負。眞木氏は講座の中で患者に何も返答できず無力感に陥った体験を述べ、神氏から「生身の人間には人を救うことはできない。その人の仏性を信じて寄り添い続けることが大切である」と教えられたエピソードを紹介し感謝。元銀行員の森脇氏は、銀行生活と寺院の狭間で悩むことがあったことが受講のきっかけになったと言い、緩和ケア病棟、グループホームでの活動から「頂いたご縁に報いていけるよう精進していきたい」と口にした。
記念講演では、看取り医の大井玄氏(東京大学名誉教授)が「看取り医がブッダに学んだこと」をテーマに話し、臨床仏教師の活動に期待した。
2017/4/5 沼田智秀会長に最後の別れ 仏教伝道とミツトヨ「一筋の道」
本願寺派から喪主の恵明氏(右)に弔慰が伝達された 2月16日に84歳で逝去した(公財)仏教伝道協会会長で㈱ミツトヨ相談役の沼田智秀氏の合同葬儀が3月30日、東京都中央区の築地本願寺で営まれた。仏教伝道と精密測定機器の生産・販売を世界で展開してきた沼田会長の葬儀には、仏教界、産業界から約1500人が会葬し、最後のお別れをした。
初めに浄土真宗本願寺派からの「弔慰伝達」が行われた。法名は「惠光院釋智秀」。続いて導師の浄土真宗本願寺派東京教区教務所長で築地本願寺副宗務長の山本政秀氏と結衆が入堂した後、大谷光淳門主、大谷光真前門の御代香が焼香した。
葬儀委員長の中川徹・㈱ミツトヨ会長は、父と比較されることも多かった沼田会長が唐時代の『貞観政要』にある「創業は易く守成は難し」を意識していたとし、「創業は易くを肯定するのではなく、守成は難しを実感された人生だったと伺っている」と回想。ミツトヨ創業80周年、仏教伝道協会創立50周年の節目を迎えた後に見せた安堵の表情を思い返し、「2つの大事業を発展させてきたことへの得も言われぬ感情がおありになったんだろう」と追慕した。
喪主で長男の恵明氏(ミツトヨ社長)は「今年2月初旬に(父の)強い意向で、実家に親族と集まり、最後のお別れ会を持ちましたところ、安心したようにそれから4日後に亡くなりました」と家族で過ごした時間を述懐。「決して強いカリスマを持った人間ではございませんでしたが、本当にたくさんの方々から厚いご支援をいただき、仏教伝道とミツトヨという両輪を一筋の道として導くことができたのだと思う」と会葬者への深い謝意を示した。
2017/4/5 花まつり特別企画 在日外国人コミュニティの花まつり
誕生仏に華の水を注いで祝福(南和寺) 年々日本でも増えている在留外国人。その大半は近隣のアジアの国々から、留学生や労働者として訪れる。多様な文化を持つ彼らを理解するためには「宗教」と「習慣」の理解が必要不可欠だ。例えば、最近はイスラム教徒に配慮した食事「ハラール」の認知も広がっている。
一方で、中国、ベトナム、ネパールなど在留外国人の多くは仏教国出身。そうした意味では日本人にとっても宗教的な共通点があると言えよう。では、彼らは日本社会でどのように「仏教」とつながり、これから迎える「花まつり」を過ごしているのだろうか。ベトナム、チベット、スリランカ、ラオス、台湾、韓国、それぞれの在日社会の花まつりをレポートする。
ベトナム仏教・南和寺(埼玉県越谷市) 関東近郊から600人参加
近年、日本に在留する外国人で最も増加しているのがベトナム人。そんな彼らにとって、日本で最初のベトナム寺「南和寺」が埼玉県越谷市のしらこばと水上公園に隣接した場所にある。住職のティック・ヌ・トーン・ターン尼をはじめ、トーン・ディン尼、クワン・チー尼の3人がお寺を守っている。
南和寺は2006年に在日ベトナム人が寄付を寄せ合って開院した日本で最初のベトナム寺。本堂と集会所がある。トーン・ターン住職はベトナムにもお寺があり、日本とベトナムを行き来している。
年間5回行われる大きな催しの中の一つが5月に行われる「仏誕会」。この日は関東近郊を中心に、日本で暮らす600人の在日ベトナム人が集い、お釈迦さまの誕生をお祝いする。華やかなお祭りの日とあって、日本人の友人を連れだっての参加者もいる。
仏誕会ではみんなでお経をあげ、僧侶の法話を聞き、ベトナムの民族衣装アオザイを身にまとった女性信徒が舞踊を奉納する。「日本の花まつりと内容は同じだと思います」と話すのは、1年2カ月前に来日したクワン・チー尼。日本での灌仏は甘茶を使うが、ベトナムでは色とりどりの花びらを散らせた水を誕生仏に注ぐのだという。宝前の飾りを含めて、全体的に色合いが鮮やかで、まさに祝祭日。当日はベトナム料理なども振る舞われて賑わう。(続きは紙面をご覧ください)
金峯山修験本宗・信貞寺(大阪府東大阪市) 20年前からスリランカ人のためウェーサク
信貞寺でのウェーサクの様子大阪府東大阪市の金峯山修験本宗信貞寺(徳永瑞幸住職)では毎年5月から6月頃に日本の花まつりにあたる在日スリランカ人のための釈尊降誕会「ウェーサク」を開いている。毎年スリランカの高僧が同寺を訪れ、関西圏に住むスリランカ人約100人が集う。スリランカに好意的な日本人も20人ほどが毎年参加しているが、この時ばかりはスリランカの人々で境内が一杯になるという。
同寺でスリランカ人のためにウェーサク祭が始まったのは、20年ほど前。徳永住職はそれ以前から日本とスリランカの仏教交流を続けており、要望を受けてスリランカの人々が主催する形でウェーサクの日に境内を開放している。
ウェーサク当日はスリランカのテーラワーダ仏教シーヤム派仏歯寺のダンミカ・スーリヤゴダ長老が毎年来日する他、日本に滞在している他の上座部僧も同寺を訪れ、現地の形式で儀式を営む。在日スリランカ人の参拝者は境内至る所に仏旗を飾り付けるなど、積極的に参画している。
日本とスリランカ、どちらが良いということではないが、戒律をよく守るスリランカの僧侶、その僧侶を尊敬する参拝者の姿を見るにつけ、「本当に仏教に熱心な姿に感動します。ちょっと身の引き締まる思いがしますね」と徳永住職は話す。
釈尊像に水や食物などを捧げ供養する仏供養では、参列者一人ひとりが供物や器に軽く触れて功徳を捧げる意思を示した後、ダンミカ長老と徳永住職が仏前に捧げる。続いて、参列者から僧侶への食事の布施が始まる。(続きは紙面をご覧ください)
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このほか、韓国仏教・在日弘法院、台湾仏教・大阪佛光山寺、ラオス仏教・在日本ラオス協会、チベット人の「サカダワ」については紙面をご覧ください。
2017/4/5 浄土系アイドル「てら*ぱるむす」 花まつりライブで1期生卒業
1期生メンバーの5人。前列左から早勢至帆、弥勒ミライ。後列左から文殊たま、観月花音、普賢あまね 仏教の既成概念を取り払い新しいご縁をつくる無料誌『フリースタイルな僧侶たち』の創刊で知られる池口龍法住職(36)の浄土宗龍岸寺(京都市下京区)から誕生した浄土系アイドルグループ「てら*ぱるむす」。「煩悩多き衆生(ファン)と共に修行せよ」と阿弥陀仏から命を受け、身近に仏教を感じてもらおうと歌って踊って伝えてきた1期生5人が、結成から5カ月を経て4月8日に同寺で開かれる「花まつりライブ」で卒業する。この間の修行の手応えを彼女たちに聞いた。
浄土宗の十夜法要にちなみ、僧侶や学生らが10日間のアートイベントを寺院で催す「十夜フェス」で、昨年11月、てら*ぱるむすは龍岸寺の企画として誕生した。グループ名は、「寺」に1兆の単位「テラ」を掛け、手のひらを意味する英語「palm」から合掌するイメージを表している。何兆もの生命体が住む地球上で、手をとって暮らしていこうとの仏教的な願いが込められる。
5人の菩薩が顕現するという設定で、メンバーは京都府と滋賀県の芸術系大学の2、3年生。勢至、文殊、観音、普賢、弥勒の菩薩にちなんだ名前を持つ。衣装は紫、白、赤、黄、緑の仏教の五色をテーマカラーに、各菩薩を表現する。
仏教へのアプローチに
勢至菩薩担当のリーダー、早勢至帆(はやせしほ)の愛称は「せっとん」。雲に乗って迎えに来たメイドを表す紫の衣装をまとう。笑いを振りまく盛り上げ役で、大学では油彩を専攻。寺社建築が好きで、仏教を学べるかもとアイドルの誘いを引き受けた。十夜フェスでの「デビュー法要」はネット上で波紋を呼んだが、「アイドルにこだわるわけじゃないけど、仏教に近づく新しいアプローチになったかも」と語る。
小学5年生のころ、おてんばな性格を心配した父に連れられ寺で体験修行。そのときの厳しいイメージで寺にとっつきにくさを感じていたが、アイドルをやって変わった。「厳格で難しい寺やお坊さん像はなくなった」。この冬に参拝した三千院(京都市左京区)で1時間近く仏教談義を交わした僧侶から、「今の時代のやり方がある。仏教は堅苦しくなくていい」とアドバイスをもらった。
もんちゃんと呼ばれる文殊たまが着る白の衣装は、知恵を司る文殊菩薩が乗る獅子を表し、袖にたてがみが巻き付いている。朗らかな性格とギャップのあるクールな顔立ちから頭脳派役に抜擢。大学では写真を専攻し、自らを表現する機会にしようと参加した。これまで仏教系高校出身の父と仏画の番組を一緒に見るほかは、年回忌や墓参りでしか仏教との縁はなかった。
歌や振り付けの練習で龍岸寺に通ううちに、「関係ない用事でも遊びに行って、みんなで騒ぐ場所」になった。最初はバチが当たると思っていたが、池口住職の話を聞き、勉強するうちに抵抗感は和らいだ。「私が学んだ仏教のいい所を広げられたら嬉しい」
仏教を楽しんで!
いつも笑顔のムードメーカー、観音菩薩担当の観月花音(みづきかのん)はグループのセンターだ。赤色の帯からは、千手観音を表す手が伸びる。大学ではグラフィックデザインを専攻。高校までインターナショナルスクールに通い、日本語を独学で学習した。学校に日本語を話す生徒はほとんどいなかったというが、日本語能力試験で最上級に合格した努力家だ。
カトリックで、寺に入るのも生まれて初めての経験。「私自身がおもしろいと思ったように、見に来てくれた人も仏教を楽しんでもらえたら」と持ち前の明るさで周囲を笑顔にしてきた。
宗教に触れるのは教会に通った中学生のとき以来で、この活動で宗教の多様性を知った。「いろんな宗教を信じている人がいる。その心を傷つけたくないから真剣な気持ちだった」と笑顔から一転、表情を引き締めた。
「へんきち」こと普賢あまねのテーマカラーは黄色。普賢菩薩が乗る白象をイメージしたしっぽや牙がある衣装と螺髪のような「仏教ツインテール」が目印だ。大学では油彩を専攻する。
小学生のころにカトリックの洗礼を受けた彼女は、「ほかの宗教を差別しないウェルカムな雰囲気」と仏教のイメージを新たにした。「池口さんの寺にカトリック、イスラムの人が来る」のを見てきた。「よりよく生きようとする理念は同じ」と当初抱いた寺への戸惑いは消えた。
「不謹慎」は偏見
56億7千万年後からやってきた弥勒ミライは、緑色に光る未来的な衣装だ。大学ではイベント企画などを学び、最初はプロデュース側で関わるはずだったが急きょ弥勒菩薩に。アイドル好きの「ドルオタ」で、「生きてるうちにアイドルになれると思ってなかった」と目を輝かす。母方の実家はキリスト教会で、宗教は身近だった。お盆などに仏教行事を営むものの、仏教自体の印象は薄かった。
ネットで不謹慎だと批判されたときに、「別にいいんじゃない」と池口住職。「池口さんを見てると、大丈夫な気がしてくる」と仏教の雰囲気に惹かれるようになった。「不謹慎という認識が仏教への偏見だと分かった」。「アイドルと宗教は似ている」と感じている。そう思う理由を考え中だ。
池口住職はオリジナル曲「ニルバーナ恋バーナ」を作詞。「仏教の入り口は日常にある。幸せな瞬間を仏教の言葉と結びつけた。日常を元気に過ごしてもらえたら」との思いを込めた。メンバーは仏教を知ろうと、法話が聞きたいと言ってくるという。「今までにない展開。若い人が積極的に関わってくれている。予想以上の反響があった」と話す。
龍岸寺で3月29日にミュージックビデオの撮影があり、その後もメンバーらの要望で法話。その中で池口住職は、無数の生命体のなかで生きていると視点を変え、執着から離れることを教えるのが仏教だと語り、「その視点に立つという目的に向かう手段はいろいろあっていい。宗教や宗派は手段の一つ。アイドルがその一つでもいいのではないか。てら*ぱるむすの活動に期待したい」と声援を送った。
2017/4/13 日蓮宗が沖縄・平和祈念堂で世界立正平和祈願法要 一昨年の広島、昨年の長崎に続き
平和祈念堂で営まれた法要。沖縄戦の犠牲者約20万人の安寧を祈った(11日) 日蓮宗(小林順光宗務総長)は11日、アジア太平洋戦争における激戦地・沖縄県糸満市の平和祈念公園内平和祈念堂と那覇市の法華経寺で「沖縄戦戦没者追善供養・世界立正平和祈願法要」を厳修した。小林総長が就任以来続けてきた平和法要は一昨年の広島、昨年の長崎に続きこれで一つの区切りとなったが、総長は今後も平和運動・法要を続ける意欲を示した。
沖縄の彫刻家・山田真山氏(1885~1977)が全戦没者の追悼と世界平和を願って制作した12メートルの平和祈念像の下に大曼荼羅を安置。導師の小林総長、副導師の濵田義正九州教区長たち、それに式衆の宮崎・鹿児島・沖縄県各宗務所の教師らが入堂。方便品・自我偈・神力偈を読誦した。
総長は追悼文で、約20万人の沖縄戦犠牲者の安寧を祈り、立正平和実現のため活動していくと語った。続いて日蓮宗加行所の工藤堯幸伝師ら修法師による木剣加持が行われた。参列者は約200人。たまたま訪れた一般の来場者も法要に驚きながらも一心に手を合わせていた。
小林総長は挨拶で、日本軍が戦争遂行のために民間人までも徴用し、戦争の巻き添えになって悲惨な最期に至らせたことに哀悼の意を捧げた。
アジア太平洋戦争における日本の戦没者310万人のうち、海外で倒れた240万人にも思いを寄せ、「すべての遺骨が帰国しないうちは戦後はまだ終わらない、終わってはいけない」と宣言。これからの平和運動の方向性を示した。副導師を務めた森下恵裕宮鹿沖宗務所長は「いかなることがあろうともいのちを奪ってはならない」と挨拶で述べた。
その後、那覇市の法華経寺(日沢是良住職)に移動し、再び小林総長を導師に立正平和祈願法要を営んだ。同寺は「ありったけの地獄戦」で焦土と化した地にある。法華経の法灯が消えようとしていたところに初代の故・鹿糠堯順氏が単身渡航し1975年に開山した。日沢住職は総長らに感謝しながら、オスプレイが飛び交い一般道路を米軍の戦車が走る現在の沖縄を憂慮し、今後も怨親平等の心で祈り続けると語った。
宮崎県・上行寺檀家の石永辰秋さん(89)は兄の喜助さんを沖縄戦で失った。「兄は遺骨も戻ってこなかったんですよ。だからこの法要に参加できて感無量です。平和な世の中にしてほしいといつも願っています」と、兄の写真を首にかけながら語った。
2017/4/13 第41回正力松太郎賞決まる 教覚寺少年会・れんげ国際ボランティア会
教覚寺少年会の様子 全国青少年教化協議会(全青協)が主催し、仏教精神に基づいた青少幼年の育成や社会教化に尽力してきた個人・団体に贈られる第41回「正力松太郎賞」の本賞に教覚寺少年会(静岡県静岡市/代表=南荘宏・浄土真宗本願寺派教覚寺住職)と認定NPO法人れんげ国際ボランティア会(熊本県玉名市/代表=川原英照・真言律宗別格本山蓮華院誕生寺貫主)が選出された、7日に発表された。40歳以下を対象にした青年奨励賞は該当者がなかった。報告会・表彰式は6月1日、東京都港区の東京グランドホテルで行う。
教覚寺少年会は1915年の設立以来、門信徒や地域の子どもたちの健やかな成長を念願し、5代にわたって約100年間、日曜学校を実践。現在は花まつりや子ども報恩講など仏教行事に合わせた集いを月に一度行うほか、10代の会、光輪会(20代から30代)、女性の会、壮年会、覚寿の会(75歳以上)等、世代を超えて子どもと関わるための取り組みを行っている。仏教情操の涵養と心の潤いを供する一役を担ってきた長年の地道な活動と、地域社会への貢献が高く評価された。
れんげ国際ボランティア会は1981年にカンボジア内戦による難民支援を目的に発足。曹洞宗の「シャンティ国際ボランティア会」と行動を共にし、難民キャンプでの移動図書館の巡回、図書の発行など、文化・教育支援を実践。タイ、スリランカ、インド、ミャンマーなどの国々で、貧困や差別といった厳しい状況に置かれた人々に対して支援を続けている。各地に建設した学校数は57校で、昨今では学校建設をきっかけとした農村開発を実施している。
れんげ国際ボランティア会によるミャンマーでの学校建設 昨年の熊本地震では、震災緊急・復興支援として、募金活動やボランティアの宿泊のバックアップ、子どもたちの学習支援等、現地が必要とする支援に取り組んでいる。
受賞者のコメント
サンガの中で…南荘代表
代々、子どもの時の宗教情操教育が重要との思いで続けてきました。子どもたちにお寺に来てもらうには、門徒をはじめ地域の協力が必要です。地域では子どもからお年寄りまで、様々な世代の方々がお寺に集まります。こうしたサンガがなければ、少年教化の活動はできません。
核家族が中心の現在、お父さん、お母さん世代への働きかけも重要です。家庭の後押しがなければ、子どもはお寺に来ないからです。魅力を感じてもらえるよう、これからも地道に活動を続けていきたいと思います。
衆生済度の浄業…川原代表
伝統ある賞をいただき、信者さんに支えられ37年間活動を続けられたことが、有り難いとしみじみと感じています。信者さんは「一食布施」(一食を抜いた分をお布施する)などをして支えてくれ、その信仰を継続してくれました。
NPO法人の原点には大乗仏教の精神があると私は思っています。私たちが行ってきた難民支援などの国際協力は「衆生済度の浄業」を現代社会のなかで具体的な活動にしたものです。NPOとしての取り組みではありますが、宗教活動の一環としてやっています。
2017/4/13 仏教主義学校連盟 東京立正で花まつり 12校520人が参加
参加者全員で花まつりの歌を斉唱した 仏教を建学の精神とする東京・神奈川・埼玉の中学高等学校17校が加盟する仏教主義学校連盟(澤田幸雄会長)は8日、東京都杉並区の東京立正中学校・高等学校で花まつり降誕会を開催した。今年で53回目。生徒520人が参加し、お釈迦さまの誕生をお祝いした。
今年は鶴見大学附属中学高等学校、淑徳中学高等学校、横浜清風高等学校、駒沢学園女子中学高等学校、世田谷学園中学高等、宝仙学園中学高等学校、芝中学高等学校、駒澤大学高等学校、千代田女学園中学高等学校、駒込中学高等学校、立正大学付属立正中学高等学校、東京立正中学高等学校の12校が参加した。澤田会長(東京立正中学校高等学校校長)は開式にあたり、釈尊の教えから「今の自分を、一日一日を大切に生きること」を挙げて、「お釈迦さまの教えを勉強し、私たちの暮らしに活かしていきましょう」と呼びかけた。
式典では東京立正中学校高等学校の聖歌隊が献灯し、四弘誓願を生徒全員で斉唱。鶴見大学附属中学校高等学校洋舞部による散華の舞で花御堂を荘厳して、三帰依文を唱和した。
澤田会長、後援団体の東京都仏教連合会(東仏)の新倉典生事務局長、加盟学校教員、生徒の代表が灌仏して釈尊の誕生日を祝福した。
来賓として東仏の新倉事務局長が挨拶。米国によるシリア空爆、各地で起こるテロなどにふれ、「どのような理由や主張があっても、他人のいのちを脅かすような行為は決して許すことはできない」と述べ、「自分のいのちと同様に他のいのちも敬い、思いやりの心で接していく」という仏教の教えに「寛容の気持ちが宿る」と説示。花まつりを縁に「利他」の心を育むことを願い「世界の平和につながっていく」と語りかけた。
東京立正中学校3年生の奈良仙子さんが奉讃文を読み上げ、釈尊の教えにならい「私たちも自分の努力で自らの人生を作り上げる」と誓った。最後に参加者全員で「花まつりの歌」を歌って締め括られた。
2017/4/20 足立区・善立寺 伝説の棋士を縁にお寺で追悼碁会 高尾名人・藤沢女流名人が指導
藤沢プロによる指導碁の様子 東京都足立区の日蓮宗善立寺(新倉典生住職)で9日、プロ棋士の高尾紳路名人(九段)、18歳で女流本因坊・女流名人の藤沢里菜三段など囲碁界のスター棋士やアマチュア強豪勢が集い「碁会」が開催された。
伝説の棋士、藤沢秀行さん(2009年死去)の三男で、昨年10月に亡くなった嘉浩さんの追悼を込め、妻の晶子さんが企画。詰碁の本をいつも手元に置き、アマチャンピオンにもなった嘉浩氏を偲び碁盤を囲んだ。
若き女流棋士として活躍する藤沢さんは秀行さんの孫にあたり、高尾名人は秀行門下の一人。碁会は武宮正樹九段、剱持丈八段など、錚々たる顔ぶれが揃った。友人と囲碁クラブを開いているという酒井浩さんは藤沢さんから指導碁を受け、「テレビでしか見られないような方ばかりです。仲間にお土産話ができました」とご縁に感謝の言葉。日本棋院調布支部の支部長を務める菊池忠浩さんは「なぜそこに石を置くのかという物語がある。石が語るんですよ」と囲碁の魅力を熱っぽく語った。
秀行さん、嘉浩さんは共に、新倉住職が葬儀を執り行った。これが縁でお寺での碁会が企画された。午前中には法要も営んだ。「お寺ならではの清浄な空気のなか、安らぎながら、のびのびと楽しんでもらえた」と晶子さん。信長、秀吉、家康に仕えた囲碁の名人で法華宗の僧侶だった本因坊算砂に代表されるように仏教と碁には深いつながりがある。晶子さんは「お寺は古来の歴史や文化を継承して繋いでいける場。お寺で囲碁が広まれば良いですね」と話した。
2017/4/20 熊本地震から1年 佛教大学で追悼の灯
犠牲者の人数と同じ225本のLED灯や走馬灯の光が夕闇を照らす中、焼香する学生たち 熊本地震の発生から1年となった14日、京都市北区の佛教大で、追悼のキャンドルがともった。地震による犠牲者の人数と同じ225本のLED灯や、蓮の花が浮かび上がる走馬灯の光が夕闇に揺れる中、学生や教職員が復興を願った。
午後6時過ぎ、礼拝堂前に「4・14」の形に並んだろうそくに明かりがともされた。寺のお下がりを溶かし、学生が作り直したろうそくを使った。書道史の永尾秀則教授が書いた「熊本復興」の書や、「絶対に忘れない」などの学生の寄せ書きを、キャンドルの光が照らした。寄せ書きは被災地に送られる。
焼香台から走馬灯へ向かうLED灯でつくられた道は、復興の願いが届くようにと熊本に続く道をイメージした。「南無阿弥陀仏」と称えていた4年生の福嶋俊介さん(21)は、「亡くなった人の極楽浄土への往生と、被災地に阿弥陀さまの護念があるように願った」。在家出身の福嶋さんは僧侶を志し、同大で学んでいる。
礼拝堂内では28日まで、被災地の写真約50枚のパネルを展示。昨年8月に益城町の避難所で学生と教職員30人余りが実施したボランティア活動の様子なども伝えている。復興支援に携わった4年生の兼田靖さん(21)は神戸市出身で、小学生から阪神淡路大震災を伝える教育を受けてきたといい、「発信することが大切。風化させてはいけない」と話した。
2017/4/20 智山青年連合会全国結集・日光で家康公に謝恩 史上初、他宗の正式参拝と法要
輪王寺大猷院で「家康公御位牌」を前に追善法要 真言宗智山派・智山青年連合会(伊東永人会長)の第54回全国結集が13・14両日、「世界遺産 日光の社寺」がある栃木県日光市で開催され、200人超が参加した。現在の智山派にとって最大の恩人の一人である徳川家康公に報恩謝徳の祈りを捧げるため、家康公を東照大権現として祭る日光東照宮を正式参拝。位牌を奉安する天台宗日光山輪王寺で追善法要を厳修した。江戸時代から400年続く日光の社寺の歴史の中で、他宗による正式参拝と大人数の法要は今回が初めてだという。
豊臣秀吉による紀州・根来山攻めの難を逃れ、各地を流転しながら根来寺内にあった塔頭寺院・智積院の再興を志していた玄宥僧正に慶長6年(1601)、徳川家康が京都・東山七条の地を寄進。現在まで繋がる智山派と総本山智積院の歴史はこの時から始まり、玄宥僧正は派祖として尊崇されている。こうした厚恩を改めて心に銘記するため、今結集の大会テーマは「謝恩~東照大権現を拝む」となった。
平成27年に四百回忌を迎えた徳川家康。伊東会長(栃木・持寶院) は参拝前、現在の世界情勢を念頭に置きながら「戦乱の世を鎮め、天下泰平の世を築いた家康公の平和を願う気持ちを心に刻みたい」と語った。
初日に日光の社寺を参拝。青年僧侶一行は表参道から陽明門をくぐって東照宮の拝殿・本殿に向かい、正式参拝の儀を執り行った。伊東会長が玉串を神前に供えるなど神式で拝礼。続いて山上の奥社に上がり、家康公墓所である宝塔前で法楽。般若心経や光明真言に続き、「南無東照大権現」と唱和した。
東照宮の齋藤禎一・総務課長は、「正式参拝の後、御宝塔の前で皆様が(家康公に)心を寄せるというのは東照宮始まって以来のこと。仏教も神道も平和を祈り願う心は同じ。今日は有意義な一日になった」と述べた。
次に一行は、二荒山神社で法楽。茨城県から参拝に来ていた男性は、「私は70歳だが(大勢の僧侶の神社参拝は)初めて見た。良い日に来た」と喜んだ。大勢の外国人参拝客も、法螺貝の音を響かせながら練り歩く僧侶の姿を珍しそうに見守っていた。
そして一行は、江戸幕府3代将軍家光公の廟所・輪王寺大猷院(たいゆういん)へ。本殿へと進列し、「家康公御位牌」の前で「東照大権現理趣三昧追善法要」を厳修した。
輪王寺の鈴木常元・教化部長は、「大人数の声明が気持ち良く、圧倒された。宗教・宗派を超えた(神仏習合の)聖地である日光にふさわしい法要だった」と感想。柴田昌典・同寺所化は「今月20日は家光公の祥月命日。その日に近い時期にお経をあげてもらえたことが大変嬉しい。智山派と天台宗の交流の一環となり、私もいい勉強をさせてもらった」と話した。今結集の石本隆芳・実行委員長(栃木・明星院)は、「東照宮様、輪王寺様に特別にお計らいいただき、このような歴史的な参拝と法要が実現できた」と感謝を述べた。
2日目は市内のホテルで、特別講演「智積院と徳川家康」(坂本正仁・大正大学特任教授)「日光山の信仰―家康以前と以後」(鈴木教化部長)が行われた。
2017/4/27 豊山派総本山長谷寺 仁王門完成法要営む 防犯・防災設備の強化も
奈良県桜井市の真言宗豊山派総本山長谷寺は19日、「重要文化財仁王門建造物保存修理事業」「国宝長谷寺本堂他十七棟防災施設事業」が完了したのを受け、田代弘興化主(同派管長)を大導師に、完成奉告法要を厳修した。田代管長は本尊十一面観世音菩薩像の宝前で「懸案すべて斯(ここ)に実る」と奉告し、宗内外の協力に感謝を表した。
修復成った重要文化財の仁王門 「重要文化財仁王門建造物保存修理事業」は、平成26年11月からの本堂外舞台の修理事業と併せて行われた。仁王門は平安中期の一条天皇(986~1011)の御世に創建され、焼失と復興を繰り返し明治27年(1894)に再建。今事業では屋根野地・軒回りを補修し、瓦を葺き替えた他、自動火災報知機を設置した。
「国宝長谷寺本堂他十七棟防災施設事業」では、平成27年4月に重要文化財でもある十一面観世音菩薩像や周辺の建物に油のような液体が撒かれた事件が発生したため、防犯体制の全面的な見直しを検討。平成28年4月から1年かけ、本堂の他、鐘楼、仁王門、大講堂など17棟の建造物に防犯防災設備を設置した。
これまで27台設置していた監視カメラを44台に増設し、国宝である本堂の内部と周辺の死角を減らすことができた。従来は本堂と寺務所で別々に設置していたカメラを統合。すべての映像を双方で確認できるようにした。さらに、山内にセンサーライトや回転灯、放火や火災を早期に発見する三波長検知センサーを設置して、防災防犯体制を強化している。
星野英紀宗務総長は、両事業の完遂について「これが最初のワンステップ」と述べ、本堂など長谷寺の整備の重要性を強調。「豊山派としても空前の規模の予算を立てて、空前の規模の時間をかけて少しずつ直していく」と総本山への思いを語り、「皆様には背中を押すだけでなく、前から引っ張っていただいて、先に進みたい」と話した。
桜井市の松井正剛市長は、外国人旅行者のインバウンドを取り込むことで市の観光事業が進むとの考えを披露。「長谷寺の発展なくして桜井市の将来はない。地元の皆さんと一体となって寺門興隆のためにがんばっていきたい」と期待を込めた。
2017/4/27 シリーズ共謀罪を問う―内心の自由が危機に① 犯罪捜査の対象となる「内心」 自由な言論や集会の萎縮化懸念 岡田弘隆・真言宗豊山派沖縄山長谷寺住職(弁護士)
■今国会で成立の危機
本年3月21日、政府は組織犯罪処罰法改正案(以下、共謀罪法案)を閣議決定し、4月14日いよいよ衆院法務委員会で審議が始まり、自公政権は、今国会で成立させるつもりである。
■沖縄ではいま
私のいる沖縄では、普天間基地の代替基地だとの名目で、全く新しい海兵隊の基地が、名護市辺野古の海上を埋め立てて、2本の滑走路と、普天間にはない弾薬庫、それに強襲揚陸艦が接岸できる300㍍近い岸壁を備えた新基地として建設が進められている。
この基地のゲート前では、連日新基地の建設に反対する市民が、非暴力の抵抗運動を憲法に認められた表現の自由の一環として続けている。この市民に向けて、機動隊は時にはごぼう抜きをし、時には軽微な犯罪を口実に逮捕や家宅捜索を強行し、5カ月も半年もの勾留を続けており、非暴力の抵抗をやめさせようとしている。こうした折に、共謀罪法案の審議が行われている。
■準備行為とは
法案によれば、「死刑、無期懲役、4年以上の懲役・禁固にあたる犯罪を、組織的犯罪集団の活動として」、「計画し、準備行為を行えば」処罰する内容で、別表で277もの犯罪を例示している。準備行為として法案は「計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、刑に処する」とされている。「準備行為」は一人で行えばよいとされ、資金や物品の手配、下見「その他」と規定されている。
政府の説明では、ATMでお金を下ろしたり、航空券を購入したりすれば、準備行為と認定されるという。その他の準備行為に何が含まれるかは、今後の捜査機関の判断次第というもので際限がない。
■現行の刑事法体系
現行の刑事法体系では、犯罪は実行されてはじめて逮捕したり裁判にかけたりできる。例えば、窃盗罪は、窃盗の着手行為があってはじめて逮捕できるが、ただ内心で窃盗しようと思い、合い鍵を購入しただけでは逮捕できない。
しかし今回の法案には別表に「窃盗罪」も入っているので、仲間と窃盗しようと話したり、合い鍵を用意したりした段階で逮捕できるとなってしまう。また例えば、劇団員が殺人の場面について、ストーリーの打ち合わせをし、模造の凶器などを準備していたら逮捕という、笑えない場合も想定されている。つまり権力が、〝あの劇団は反権力でけしからん〟とにらんだら、何を口実に逮捕されるか分からない、というのだ。すなわち「内心の自由」が大幅に危険にさらされ、反権力を控える風潮を助長するだろうと言われている。(続きは4月27日号紙面をご覧ください)
2017/4/27 被災地ルポ 熊本地震1年 絆が生きる現場の力
熊本地震の発生から1年が経過した。再建へ向け動き出した寺院もある一方で、先の見えにくい状況に葛藤を抱える住職もいる。心の復興に寄り添う僧侶たちの活躍もあった。それぞれの道のりの現在を聞いた。伝わってきたのは震災以前の日常の中で紡いできた絆が生きる現場の力だった。(板倉純平)
葛藤抱え進む
浄土宗往生院(熊本市西区)の約8300平方㍍ある墓地で、約1300基のうち7割以上が倒れたままの墓を前に、永目眞定住職(68)は「3年待って手紙を出すつもり。それでもだめなら、危険な墓から改葬するほかない」と途方に暮れた。
一昨年の台風被害で、開山堂の屋根瓦の総葺き替え工事が終わってから1週間も経たずに地震が襲った。山門が倒壊し、開山堂は建物ごと5㌢ほど北へずれた。庫裏の屋根は波打ち、骨組みを取り替えねばならない。「人や材料が足りず、修理費が高騰している。見通しが立ち約1300基のうち7割以上の墓が倒れた往生院の永目住職 にくい」
昨秋の彼岸に間に合うようにと、崩落した開山堂の壁などを急いで修理したが、「そこかしこがやられた境内を見ると、まるで自分が否定されたように感じた」。しかし、法然上人の「一枚起請文」で誤りと諭される「智者」が思い浮かび、おごりに気づいた。「もう古希だ。残された時間を意識すると、復興に10年を見ている。山門の再建は次代に託さねばならない」。葛藤を抱えながら進む。
「忘れない」を届けるTEAM熊本代表の嵯峨・専明寺住職
真宗大谷派有志でつくる「TEAM(チーム)熊本」の動きは早かった。昨年4月16日の本震後、夕飯から炊き出しを始め、食料が手に入りやすくなるまでの1カ月間、公立学校やアクアドームくまもとなど数カ所で毎日炊き出しを続けた。「400人の予定が800人も並んだ」と当時の混乱を話すのはチーム熊本代表で大谷派専明寺(熊本県宇土市)の嵯峨大千住職(46)。炊き出し以外にも寺の解体やがれき撤去に力を貸してきた。
被害の大きかった地域には浄土真宗本願寺派の寺院が多く、活動は宗派を超えて行われた。嵯峨住職は、「ふだんの交流がいざという時にものを言った。トップ主導でなく、現場同士がつながり先に動いていた」と語る。今年4月16日、益城町・御船町を中心とする本願寺派益北組の1周忌にも参加した。
現在の活動メンバーは10人ほど。「炊き出しは目的から手段に変わった」。食事を通して被災者同士が話を交わす場となっている。月5回の「食事会」が目標だ。「福島を忘れない」との思いで、チーム熊本は結成された。「その思いが東北から熊本に向いている」と感じた。「もう来なくていいと言われるまで続ける。受け取った思いを届けたい」(続きは4月27日号紙面をご覧ください)
2017/5/11 全日本仏教青年会 新制40周年式典 超党派で紡ぐ横糸の絆
大仏殿での千僧法要の様子 今年が新制40周年にあたる全日本仏教青年会(全日仏青、東海林良昌理事長)は4月26日、奈良市の華厳宗大本山東大寺大仏殿で「仏法興隆花まつり 千僧法要」(共催=南都二六会、東大寺)を執り行い、加盟各団体の青年僧約500人が大仏の御前に参集した。夕刻からは市内のホテルで新制40周年記念式典を挙行し、東海林理事長は「これからも活動する領域を広げ、さらなる発展を目指していく」と50周年に向けて未来を展望した。
当日は小雨が降る天候だったが、大仏殿での千僧法要では、法螺貝(金峯山青年僧の会)や豊山太鼓(真言宗豊山派青年会)が境内に鳴り響くと、訪れていた修学旅行生や外国人旅行者など一般参拝者も足を止めて入堂する僧列に注目。青年僧らが大仏を囲んで釈尊の降誕を祝い、世界平和や被災地の復興を祈願する様子を見守った。
東海林理事長を導師に加盟各団体の青年僧が式衆として出仕。それぞれの宗派の法式で法要を厳修した。続いて大仏殿の隣地にあるアショカピラーで、地元奈良の寺院や僧侶でつくる南都二六会の森川隆行会長を導師に法要を営んだ。
40周年を祝う式典では、当日の法要や世界仏教徒青年連盟(WFBY)と共催した国際仏教青年交換プログラム(IBYE)の様子を上映。愛$菩薩(中村祐華・浄土宗西迎院副住職)のライブも行われ、青年僧特有の熱気で40周年を祝った。
来賓の祝辞では、WFBYのデンポン・スワナチャロップ会長が世界仏教徒連盟(WFB)のパン・ワナメッティ会長のメッセージを代読。「40周年を迎えたことは、皆さまが40年間多くを乗り越えてきた証だ」と称賛の声を寄せた。
全日本仏教会の久喜和裕事務総長は、震災時に青年僧がいち早く被災地に入り活動をしたことに言及し、「社会的存在としての伝統仏教がこれからも社会に認められていくには、具体的な行動が求められる。社会の期待に応えていく全日仏青の行動力に期待している」と話した。
乾杯の発声では、全日仏青第7代理事長で現在は「全日仏青支援の会」幹事長の佐藤功岳氏(元神奈川県仏教青年会)が挨拶。第18代理事長の村山博雅氏(全国曹洞宗青年会)がWFBYの会長代行に就任することや千僧法要に近年多くの青年僧が参加していることに触れ、「躍動的な青年会になってきたと嬉しく思う。これからも仏教青年会の名前が社会に広まるようがんばってほしい」と杯を掲げた。
記念式典で挨拶する東海林理事長 東海林理事長は挨拶で、40周年にあたり初代理事長の平原隆秀氏(元埼玉県仏教青年会)を表敬訪問したことを報告。平原氏が宗派での活動を「縦糸」に例えながら「全日仏青の活動はまさに横の糸の活動。縦糸だけではいけない。縦と横の糸があって、初めて仏教青年の活動が成り立つ」と話していたことを紹介した。
任期の満了まで一カ月余りとなったが、「全日仏青は私の会ではなく、加盟団体の会でもなく、みんなの会だとこの2年間の活動で実感した。先輩たちが作った大切な宝物をおあずかりし、次の未来の青年たちに引き継ぎたいという思いで活動してきた」と心境を語り、今後も活動への理解と協力を呼びかけた。
毎年、千僧法要に協力している東大寺の狹川普文別当は、同寺の八宗兼学の歴史を繙くとともに、40年を超える宗派や地域を超えた青年会活動を祝福。さらに、来年30周年を迎える千僧法要についても「一つの節目として楽しみにしている」と話した。
2017/5/11 真宗大谷派 残業代を40年以上未払い 労働者との線引き曖昧に
真宗大谷派(京都市下京区)が、僧侶2人から未払いの残業代を請求され、4月25日までに約660万円を支払ったことが分かった。僧侶らの職種に対し、同派は労働者代表と「時間外割増賃金は支給しない」とする覚書を交わし、40年以上にわたって残業代を支払っていなかった。
2人は全国から泊まりがけで奉仕に訪れる門徒の世話係「補導」。1年契約の非正規雇用で最大5年間勤務できる。シフト勤務で、早朝から深夜まで15時間以上勤務する日もある。請求した僧侶(38)によると、残業は月平均で60時間ほどあり、最長130時間に及んだという。
同派は1973年11月に労働者代表と締結した覚書に依拠し、43年間余り補導に残業代を支給してこなかった。年3回の更新時に回覧されていた覚書を見て、僧侶は外部の労働組合「きょうとユニオン」(同市南区)に加入。2015年11月から団体交渉を開始した。
僧侶は働き始めた2013年4月分から残業代を請求。昨年10月に交渉がまとまり、2013年11月から今年3月までの3年5カ月分として、約335万円が支払われた。もう1人の30代僧侶には、2014年9月から今年3月までの2年7カ月分として、約321万円が支払われた。
交渉の中で、同派は勤務時間を把握していなかったことが判明。今年4月分から勤務時間の管理を宗務所全体で徹底している。僧侶からの請求を機に、昨年1月から23時間分にあたる残業代として、補導に月3万3000円を支払っている。現状での一時的措置で、今後は残業代の支給方法を見直す方針。長時間労働の改善に向けては、補導の代表者を交えて交代制の導入を検討するなど協議を進めている。覚書の次回更新予定は7月。
同派は「僧侶と労働者の線引きに曖昧な部分があった。労基法に基づいた労働環境づくりに取り組みたい」としている。
2017/5/11 天台宗臨時宗会・杜多総長初の執務方針演説 サミット30年に全力傾注
執務方針を述べる杜多宗務総長 天台宗(杜多道雄宗務総長)は10日、滋賀県大津市の天台宗務庁で第139回臨時宗議会を招集した。就任後、初の執務方針演説で杜多宗務総長は、人材育成など具体的施策を明らかにした。目前に控えている比叡山宗教サミット30周年については、木ノ下寂俊前宗務総長の後任として日本宗教者代表者会議の事務総長に就任したことを報告し、「万端遺漏なきよう準備を進める所存」とサミット開催に全力を傾注していくことを表明した。
執務方針演説の中で杜多宗務総長は、「歴代内局により時代の要請に即応すべく講じられた諸施策の中で、目的実現に至らず次期内局へと引き継がれた施策を見直す」とし、木ノ下前内局から託された懸案事項を「より確実に処理してまいりたい」と語った。
宗務総長交代時期に重なり、準備の遅れが懸念された比叡山宗教サミットについては、今月中にも各部会を開いて詳細を詰め、第5回事務局会議(6月19日)、第2回常任委員会・運営委員会(同28日)を経て7月20日の第6回事務局会議で最終案を決定するとの見通しを提示。杉谷義純宗機顧問を講師に宗務庁全職員を対象としたサミットに関する研修を行い、「一丸となって取り組んでいく」とした。
就任会見で最重要課題に挙げた人材育成については、阿内局で制度化された研修制度により、教師研修会の参加者数が延べ1462人に達したことを報告。同研修は僧都補任要件でもあるが、僧正級の受講者も190人を数え、「本来の意味での全教師を対象とした研修になってきている」と進捗を述べた。
すでに行われている得度前の「母と子の比叡山研修」や青壮年教師を対象とした「教師安居会」、住職任命日より2年以内の履修を義務付けている「住職研修会」など、段階に応じた研修カリキュラムを連動させる構想を明かし、「新たな研修制度の構築に向け、宗門の英知、組織力を結集し、鋭意取り組んでまいりたい」と制度の充実に意欲を示した。
宗務運営では、「計画・実行・評価・改善」の意思決定サイクルを導入し、効果的効率的な行政運営を目指す。収入額申告や機構改革でも従前の施策を検証し、課題解決への道筋を模索する。
不活動法人対策では、「無住職寺院教会及び兼務住職寺院教会対策委員会」で不活動法人や過疎化、少子化など幅広く議論を進め解散合併以外のアプローチを含めて「現実問題として経営が困難となり、存続不可能なりうる寺院にいかに対処するか」にも積極的に対応する意向だ。
過疎・少子高齢化に対応した施策を講じるためには、各地域の状況が異なることから、「各地の実態調査が必要」との考えを述べ、総合研究センターが行っている天台宗寺院の分布状況から寺院運営の困難化が予想される地域を予測する研究など、「今後の研究の成果を加味して対策を講じたい」とした。
2017/5/18 栃木同宗連20周年式典 過去帳管理厳格化を確認
同和問題にとりくむ栃木県宗教教団連帯会議(栃木同宗連、議長教団=曹洞宗)の結成20周年記念式典が11日、宇都宮市のホテルニューイタヤで開催された。18の加盟教団や部落解放同盟から約200人が参加したほか、福田富一知事も来賓として出席した。部落差別解消法の意義を語った片岡氏
記念講演は解放同盟中央本部副執行委員長の片岡明幸氏。昨年12月9日に成立した「部落差別解消法」などについて話した。同法は自民党プロジェクトチームが原案を作成し、公明党・民進党が共同提案。採決では社民・自由・維新・沖縄社会大衆の各党も賛成したことに感謝した。これまでの同和対策法は期限付きの法律だったがこれは恒久法かつ理念法で、「この法律によりかえって差別が永久化するという共産党の批判は的外れ」とした。
「教団の中には、もう部落差別問題はやらなくてもいいと言う人もいるがそれは違う。2002年に同和対策事業が失効してからの15年間の空白では後退した面もあった」と宗教界に一層の対策を希望。一昨年、埼玉県の真言宗寺院で過去帳開示があったことも引き合いに、住職以外による過去帳の閲覧禁止の徹底を求めた。その寺院は兼務寺院で、総代が過去帳を管理していたという。
式典では池亀善紀議長(曹洞宗種徳院住職)が挨拶で「人権をめぐる状況は国内外を問わず依然厳しい」とし、インターネット社会で結成当時の20年前には考えられなかった形態の差別事件も頻発していると憂慮した。あらゆる差別の撤廃と人権確立に向けてこれからも努力していくと宣言。同時に、会の名称を「『人権問題』にとりくむ栃木県宗教教団連帯会議」(栃宗連)と改称すると発表した。
解放同盟栃木県連合会執行委員長の和田献一氏は、「差別する関係から共に問題を解決する連帯の関係に発展してきたのがとても重要なことだと思っている」と祝辞を述べ、今後も共に歩みたいと期待した。
栃木同宗連は1997年に曹洞宗が呼びかけて発足。式典の翌日より11期が実動し、議長教団は天理教が務める。
2017/5/18 曹洞宗宗勢総合調査報告書(2015年) 後継者不足とは言えず 寺院護持希望者のうち「後継予定者いない」23% 10年前と質問変える
「必ずしも後継者が不足していると断ずることはできまい」。寺院後継者の不足が指摘されてきているが、意外な分析結果が提出された。『曹洞宗宗勢総合調査報告書』(2015年)がこのほど発刊された。住職の年齢平均が初めて60歳を超え、法人収入平均をみると二極化が進んでいることが明らかになった。近年話題の「墓じまい」は半数超の寺院が経験していた。法人収入の比較(報告書より)
50年で250カ寺減
曹洞宗の宗勢調査は1965年から10年ごとに行われ、今度で6回目。調査対象寺院は1万4533カ寺。10年前との比較では104カ寺減で、50年前とでは253カ寺が減少した。この寺院減について報告書では、寺院統廃合と共に包括関係の解消があると示唆している。
寺院後継者不足はしばしば指摘されてきた。10年前の調査では住職後継者の有無に関する質問があり、「いない」が35・4%だった。しかし今回の調査ではそうした問いではなく、寺院護持の希望を調査した上で、その回答者に再度質問をする方式を採っている。
「住職退董もしくは遷化後、寺院の護持運営を続けてほしいか」(主意)という問いに、「続けてほしい」と回答した87・3%(8966人)に「後継者予定者は誰か」と尋ね、そこで「いない」と回答したのは23・6%(2119人)だった。
報告書によると、従来は「住職は後継となるべき人を実子や自身の徒弟に固定」していたために、実子や徒弟がいないと後継者はいないと認識していたという。さらに「1965年から減少しているものの、いまだ1万4500カ寺を超える寺院が存在している。この数字だけをみれば、曹洞宗における寺院は概ね継承はなされ存続できているということもできる」と一定の評価を加えている。(続きは5月18日号紙面をご覧ください)
2017/5/18 第14回国連ウェーサク祝典 日本仏教の慈悲を発信 タイで世連仏会長がメッセージ
第14回「国連ウェーサクの日」祝賀式典が8日、タイの首都バンコクにある国連会議センターで開催された。約80カ国・地域から約2千人が宗派・人種を超えて参加。仏陀の生誕・成道・涅槃を通して、仏教徒としての平和の精神を共有した。6・7両日にはバンコクの北に位置する古都アユタヤのマハチュラロンコン仏教大学(MCU)で、第3回仏教大学国際交流協会会議を開催。ウェーサク祝典と共に、仏教の瞑想法「マインドフルネス」をテーマに研究発表などが行われ、具体的な仏教実践についての討論がなされた。各国の僧侶が登壇し、仏陀の生誕・成道・涅槃に思いを馳せた(8日)
国連会議センターに、タイ王室のソムサワリー妃殿下が来場。登壇して仏陀像に献灯・礼拝し、議場最前列に着座した世界各国の僧侶に金色の仏像約30尊を授与する儀式を執り行った。
妃殿下は僧侶一人一人の前に行き、それぞれの机上に奉安された各尊像に触れて授与の所作を行った。これに対し、僧侶らは女性に触れてはいけない上座部仏教の戒律に基づき、仏像の下に敷かれた布に触れながら拝受。世界連邦日本仏教徒協議会(世連仏)の可児光永理事長(天台宗甲山寺)と水谷栄寛事務総長(高野山真言宗真照寺)も上座部仏教の古式に則り、所作を行った。
アジアを中心に欧米など各国・各団体の代表がスピーチ。自国で教え継がれてきた仏教の真理を語った。
日本参加団を代表して世連仏の可児理事長が登壇し、叡南覚範会長(天台宗毘沙門堂門跡門主)のメッセージを代読。「慈は楽しみを与える心、悲は苦しみを分かち合える心。菩薩はまさに慈悲を持った人。菩薩があふれる世の中の一日も早い訪れを願い、同じ思いを抱く世界連邦運動を進める仲間と共に世界連邦の一日も早い誕生を期している」と述べ、慈悲心に根差した世界平和の実現を祈念した。(続きは5月18日号紙面をご覧ください)
2017/5/18 パナマでGNRC第5回フォーラム 子どもに対する暴力をなくす 祈りを結集し未来を展望
「子どもに対する暴力をなくす―行動する宗教コミュニティ―」をテーマに、(一財)ありがとうインターナショナル(総裁=宮本惠司妙智會教団法嗣)によるGNRC(子どものための宗教者ネットワーク)第5回フォーラムが9日から11日まで中米パナマ共和国の首都パナマシティのホテルで開会式で子どもたちがパフォーマンスをしながらメッセージを発信開催された。各地で活動している宗教指導者をはじめユニセフなど国連機関、世界銀行、NGO代表など70カ国・地域から約600人が参加。祈りを結集しながら子どもたちの未来を展望した。最終日に10項目の「約束」を明示したパナマ宣言が発表された。
70カ国から600人が参加
初日午前、パナマ共和国のバレーラ大統領をはじめ、最高裁判所長官ら同国の要人、GNRC各地域組織のコーディネーター、前日まで行われた子ども事前会議に参加した63人の子どもたちが出席して開会式が挙行された。進行役の現地主催委員会のフリオ・マレー委員長(プロテスタント)が「私たちは運動の中に生きている。それは人びとの苦しみから来ており、青少年たちへの暴力をなくすというために集まった。生命にプライオリティ(優先性)を置き、子どもたちへの暴力をなくすのは今であると申し上げたい」と力強く歓迎の言葉を述べた。
続いてパナマ諸宗教委員会メンバーが登壇。カトリック及びプロテスタント各派、ユダヤ教、イスラームの代表が順次平和へのメッセージを読み上げてから、参加者全員が祈りを捧げた。宮本総裁はバレーラ大統領と並んで合掌しながら平和を願った。(続きは5月18日号紙面をご覧ください)
2017/5/25 全日仏理事会 WFB大会ロゴ決定 来年11月、成田市と總持寺で
(公財)全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)は18日、東京都港区の明照会館で第18回理事会を開催した。2016年度決算が承認されたほか、財団創立60周年記念事業について進捗状況が報告された。
WFB大会のロゴ(カラーは瑠璃色)
60周年式典は10月13日、福島県郡山市のホテルハマツで開催。被災物故者追悼・被災地復興祈念法要を小峰一允会長を導師に行い、福島出身の芥川賞作家で臨済宗妙心寺派僧侶の玄侑宗久氏が記念講演する。その翌日の全日本仏教徒会議福島大会(郡山市・ビッグパレット)では小峰会長を導師とする法要と、歌手の加藤登紀子氏がトークとコンサートを行う。
来年11月5日から10日までの第29回WFB世界仏教徒会議・第20回WFBY世界仏教徒青年会議の日程も詳細が決定した。会議・総会等は千葉県成田市で行われ、7日には真言宗智山派大本山成田山新勝寺に正式参拝予定。メインの9日は神奈川県横浜市の曹洞宗大本山總持寺で世界平和祈りの法要、シンポジウム、仏教イベントが行われる。パネリストは現段階では未定。
大会ロゴマークが決定し、商標登録願を出したことも報告された。円の中に仏塔を配したものでカラーは瑠璃色。掬池友絢国際部長は「一目でわかりやすいものとして決定した」と話した。(続きは5月25日号紙面をご覧ください)
2017/5/25 佛教大 紫野キャンパスの整備完了 礼拝堂外に「合掌の碑」建立
佛教大学の紫野キャンパス整備が完了し、京都市北区の同キャンパス礼拝堂で20日、伊藤唯眞浄土門主を導師に落慶式が執り行われた。豊岡鐐尓宗務総長や宗議会議員、大本山法主など浄土宗関係者や卒業生ら約200人が完成を祝い、大学の発展を願った。
約200人が完成を祝い発展を願った落慶式
大学の教職員約17人が式衆を勤め、大学の新しいシンボルとなった礼拝堂「水谷幸正記念館」まで、雅楽部の学生の演奏とともにキャンパス内を行道した。落慶法要後に伊藤門主が挨拶し、「礼拝堂の建立はリニューアル計画の画竜点睛とも言うべき事業だった」とキャンパス整備の完成を祝った。
さらに、自身が新制後の佛教大1期生だと述べ、「まさに隔世の感を実感している」と心情を語った。学問興隆と僧風刷新によって大学を支えてきた先輩たちの思いを受け継ぎ、「その思いを世間に還元し、新しい未来社会を開いていけば祖師もお喜びになる」と話した。
田中典彦学長は、「落慶法要ができ大変幸せ」と述べた上で、幸せとは心の中にある夢を姿形あるものとして実現することだと説明。2007年当時に学長だった福原隆善知恩寺法主が開学100周年に向けリニューアル計画を発案し、山極伸之前学長が進めてきたとし、「多くの人の力添えがあった。花一輪開くにも天地いっぱい総がかり。これ以上の幸せはない」と感謝の言葉を語った。「合掌の碑」の除幕式も行われた
キャンパス整備など100周年事業の寄付者の顕彰式もあり、同窓会や総大本山などに感謝状が贈られた。寄付者の名前が刻まれた銘板が礼拝堂に設置されている。
式典後、阿弥陀如来拝所「合掌の碑」の除幕式が行われた。礼拝堂の外からでも本尊に手を合わせられるようにと、同窓会が寄贈した。碑は彫刻用の白御影石で、高さは1㍍(台座を含めて2・4㍍)、幅2㍍、奥行き1・6㍍。木村弘文宗議会議長が揮毫した。製作したガンダーラ石彫工芸(大阪府茨木市)の角尚和社長は「仏さまの掌だと分かるように工夫している」と話した。
紫野キャンパスの整備は、2012年の開学100周年記念事業として実施。2009年から1号館の建て替え工事を開始。2016年10月に礼拝堂が完成し、今春に整備が完了した。総工費は約65億円。
2017/5/25 新宿髙島屋 大学は美味しい!フェア 龍大・大正大・愛学も出展 地域自慢の「食」をPR
大学ブランド食品の魅力を広める『大学は美味しい!フェア』が18日から23日まで東京の新宿高島屋で開催された。仏教系の龍谷大学、大正大学、愛知学院大学も参加し、地域の振興や食文化を盛り上げる自慢の「食」をPR。早速食べてみた。
龍谷大学は農学部が京都大文字山生息のクヌギの樹液から採取した天然酵母100%を使った「京都大文字山酵母ソフト食パン」(㈱アンデが開発)を出品。野生の酵母は雑味がなく風味が良いとのこと。少し焼くだけで外はカリッと、中はしっとり、編まれた生地がほどける食感だ(550円)。
大正大学は復興支援を続ける宮城県南三陸特産品のタコの缶詰。「南三陸のおふくろの味研究会」と協力し、醤油麹煮・アヒージョ、学生が開発したトマトソース煮(700円)の3種。もともとの商品名「やっこいタコ」の名の通りとっても柔らか。濃い目の味付けでお酒の肴にも。
愛知学院大学は地元商店街や企業とコラボし、ロールケーキ(200円)とウコン入りきしめんを名古屋コーチンと肉味噌のタレで食べる「なごめん」(400円)を開発。「実はきしめんの消費量が年々減っているんです」とは鵜飼宏成教授。もちっとした幅広の麺に味噌ダレが良く絡まる。名古屋の食文化が結集しているたなごめんで、きしめん消費のV字回復なるか―。
2017/6/1 梅花流65周年大会 サンドーム福井に1万人 唐門開扉し永平寺で献詠
福山管長の導師による大会記念法要 曹洞宗は5月24・25の両日、福井県越前市のサンドーム福井で梅花流創立65周年記念奉讃大会を開催した。節目の大会であることから、講員はステージでの奉詠に代わって大本山永平寺法堂で報恩献詠した。式典には各日5千人が参加した。
和太鼓集団「バチホリック」の力強いビートで開幕。副大会長の渡部卓史伝道部長は、1952年の道元禅師700回大遠忌の記念事業として始まって以来の歴史を振り返り先人たちに感謝を述べた。初日は両大本山北米別院禅宗寺(ロサンゼルス)から来日した講員が、一仏両祖に献灯献花。アビラ・ブライアンさんが「私たちは、梅花流詠讃歌を通して正しい信仰に生きます」と誓いの言葉を宣言した(2日目は福井県長継寺・永建寺梅花講が献灯献花)。
大会総裁の福山諦法管長(大本山永平寺貫首)を導師とする記念法要では「三宝御和讃」「大聖釈迦牟尼如来讃仰御詠歌」を会場全体で奉詠。講員物故者ならびに阪神淡路大震災二十三回忌、東日本大震災七回忌、熊本地震一周忌追悼法要では名誉総裁で大本山總持寺の江川辰三貫首が導師を務め、「追善供養御詠歌」を唱えた。
記念式典では大会長の釜田隆文宗務総長が「梅花流という蕾が、日本全国はもとより世界中に美しい花を咲かせ、今なお、宗門において最も大きな教化組織となっております」と感慨を語った。来賓の西川一誠知事は永平寺が世界中から注目されているとし、永平寺・県・永平寺町の3者が一体となって「門前再構築プロジェクト」を進めていると語り、多くの人に訪れてほしいと期待した。
唐門を通り永平寺法堂に向かう参加者たち 清興では、シンガーソングライターの南こうせつさんが大会のために書き下ろした新曲「澄みわたる空」を初披露。「いたわり合って、やさしさがあって、若い方々にも歌ってもらえるように願いながら作りました」と語る通りシンプルで胸に染みるメロディがドームに広がった。11年前の梅花大会の際に作られた「まごころに生きる」や、大ヒット曲「神田川」などでは会場も大合唱した。
23日から26日の間、大本山永平寺法堂では「大本山永平寺第一番御詠歌(渓声)」を献詠した。380畳の堂内に何百人もの講員が入れ替わり立ち替わり、聖観音が見守る中歌を響かせた。通常は禅師の晋山時と勅使のためにしか開かれない唐門を特別に通ることも許可され、貴重な機会に僧俗も感動をあらわにした。
群馬県邑楽町・慶徳寺梅花講のメンバーは「永平寺には初めて上りました。道元さまの前でお唱えできて感激でしたよ」「明日から元気がいっぱいな感じです」とにこやかに語った。
2017/6/1 日中宗懇50年「黄金の絆」深める
日中友好宗教者懇話会(持田日勇会長)は中国仏教協会の学誠会長および中国国家宗教局事務局高官ら10人を招請し発足日と同じ5月29日、都内のホテルで盛大に創立50周年祝賀会を挙行。「一衣帯水」の関係が改めて示されたほか、故趙樸初会長が提唱した「黄金の絆」を深めた。
2017/6/1 第1回空海賞 大賞に松岡正剛氏、国際貢献賞に全真言国際救援機構アシラ、学術奨励賞に蓮花寺佛教研究所
賞創設と弘法大師への想いを語る上村・密教21フォーラム会長 1200年前に真言密教を広め、社会の諸分野で革新的な活動を次々と行った弘法大師空海の名を冠した「空海賞」がこのほど創設された。第1回贈呈式を5月25日、文京区のホテル椿山荘東京で挙行。大賞は、世界思想レベルから弘法大師を初めて論じた『空海の夢』(春秋社刊)の著者・松岡正剛氏(編集工学研究所所長)が受賞した。
記念講演で空海思想の壮大さを述べた松岡氏は、「私たちが弘法大師から受け取るべきことは、途方もないイマジネーションを恐れないこと。地球に残された最後の資源は想像(創造)力だ」と強調。一般参加者を中心とする約140人が熱心に耳を傾け、「空海の夢」に想いを馳せた。
「空海賞」の主催は、インターネットサイト「エンサイクロメディア空海」を展開し、弘法大師に関する様々な情報や正しい宗教のあり方などを発信している密教21フォーラム(上村正剛会長・長澤弘隆事務局長)。
上村会長(真言宗智山派元宗務総長、埼玉・彌勒密寺)は開会挨拶で、「弘法大師空海は唐から我が国に新しい仏法や文物をもたらし、平安京と高野山で密教を説き示すと共に、庶民のための私立学校の設立、灌漑用水や港湾の修築など多くの社会救済事業を行われた」と宗祖の生涯を追慕。「この足跡や偉業にならい、『空海賞』を創設した」と経緯を説明した。
国際貢献賞は、弘法大師の「済世利人・衆生済度」の誓願に基づき、困難な状況下にあるアジア各国で灌漑用水の整備や学校建設、絵本贈呈による教育支援、仏教交流などを実践している真言僧のNGO全真言国際救援機構「ASIRA」(アシラ、水谷栄寛理事長)が受賞。学術奨励賞は、幅広い専門分野の研究者が集まり、優れた成果を発表し続けている蓮花寺佛教研究所(東京都大田区、代表=遠藤祐純大正大学名誉教授)が受賞した。
上村会長が各受賞者に記念トロフィーなどを贈呈。アシラの番場雅文副理事長(東京・真言宗智山派多聞寺)、蓮花寺佛教研究所代表の遠藤名誉教授、松岡氏が受け取り、謝辞と感想を述べた。
「空海賞」は弘法大師の足跡から、受賞対象を①学術研究②文化芸術③国際交流④教育福祉⑤社会救済⑥教化情報⑦仏教青年会⑧ボランティア⑨寺院イノベーション(刷新)⑩大師讃仰⑪事相・悉曇・声明・詠歌・山岳修行など―の諸活動に分類。これらの分野で顕著な業績を残したり、地道に活動したりしている個人や団体を顕彰・激励する目的で創設された。今後、毎年受賞者を発表し、贈呈式を開催する。
弘法大師の思想や活動を、受賞者を通して現代社会の中に位置づけることになる「空海賞」。アシラの水谷理事長(神奈川・高野山真言宗真照寺)は、「お大師様に仕事をさせていただいているという気持ちで続けてきた。第1回の国際貢献賞に選ばれたことは非常に光栄だ」と感慨を語った。
2017/6/8 全日仏が大和証券と共同しネット調査 葬儀には「お布施の安い僧侶」が3割 都心信者は「住職尊敬できる78%、できない22%」
(公財)全日本仏教会(全日仏)は2日、ホームページで大和証券との共同事業「仏教に関する実態把握調査(2017年度)」の結果要約を公開した。インターネット調査会社に依頼し、20~79歳の男女を対象に事前調査1万人、利害関係者を除外した本調査6994人をサンプルに一般・仏教信者・地方・都心で分類したもので、仏教に何が求められているかをデータで示した。葬儀に来てもらいたい僧侶のグラフ
体験を伴う仏教文化の認知・興味・体験については、盆踊り・除夜の鐘・坐禅・精進料理・お遍路・写経の6項目の名称を認知している人は95%を超えており、内容を認知している人も70~90%と高水準。一方、花まつりについては、名称認知割合こそ80%だが、内容を知っている人は半数程度、体験者に至っては1割となっている。この辺りは全日仏をはじめ教団や各寺院の一層の布教が求められるだろう。
体験を伴わない仏教文化の認知では、お布施が名称認知99%というのは納得だが、その内容を認知している人が80%を超えているというのはちょっと意外。本当に理解し、お布施を「対価」と捉えていないのだろうか、というのは気になる点である。
寺院住職に対しては肯定的イメージと否定的イメージの両方を調査。都心の仏教信者の場合だと、尊敬できると答えた人は78%、できないと答えた人は22%。私生活が質素と答えた人は69%、派手と答えた人は31%。どの項目も肯定的イメージの方が優勢ではあるが、住職の悪い所を檀信徒は意外としっかり見ているのだろうか。なお、当然だろうが、一般の回答は仏教信者よりも否定的イメージが増加している。
葬儀・法要についての不安は、一般・仏教信者ともに「費用が分からない」「お布施の金額が分からない」が高いパーセンテージを示しており、喪主になる機会も多いであろう40代では仏教信者で70%、一般では75%がお布施の金額が分からないと回答した。年齢が高くなるにつれ、不安要素は減る傾向ではある。近親者が亡くなった際に執り行いたい葬儀の形式に直葬を挙げた人は一般で5・2%、仏教信者だと2・4%に留まっている。しかし自身の葬儀に直葬を選びたい人は一般で22%、仏教信者で12%。この差は無視できないところであろう。
近親者が亡くなった際に葬儀に来てもらいたい僧侶では、3位までの合計で「菩提寺の僧侶」が一般で41%、仏教信者で59%。「葬儀社が紹介した僧侶」は一般34%・仏教信者30%、「お布施が安い僧侶」が一般31%・仏教信者28%で、一般と信者に大きな開きがないのはやや注意か。菩提寺が葬儀についてよく教化する必要も感じさせる。
全日仏としては初の調査で、加盟教団による調査との比較も今後進みそうだ。
2017/6/8 高野山臨宗 満票で添田総長を再選 2大裁判と学園再建課題に
高野山真言宗の次期宗務総長(総本山金剛峯寺執行長)の候補者を決定する第157次臨時宗会(安藤尊仁議長)が2日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集され、全宗会議員37人の満票で現職の添田隆昭氏を選出した。選挙会(酒井道淳選挙長)が5日に開かれ、無投票で添田総長の2期目続投が正式に決まった。任期は7月5日から4年間。
総長候補者になるには有効投票数の5分の1以上の得票(8票)が必要だが、結果は満票。事実上の信任投票を最高の形で終えた添田総長は、「長期権力は必ず腐敗する。これは歴史が証明している。特に頂点に立つ人物のおごりとそれを支える人たちの忖度が、権力を腐敗させると言われている。この教訓を胸に刻み、(自分の)次の内局から善管注意義務違反で訴えられることのないように薄氷を踏む決意で臨んでまいりたい」と覚悟を表明した。
さらに「宗派にとって喫緊の課題は、実は前内局裁判でも興正寺問題でもない」と指摘。「1200年の伝統を引き継いできた高野山が時代の荒波にのまれることなく、弘法大師の教えを世に広く伝えていくことこそが喫緊の課題だ」と述べた。投票する議員
安藤議長は「高野山真言宗は今まさに、様々な問題に立ち向かっていかねばならない。2期目となる総長を全面的に応援し、緊張感を持って是々非々で宗会を運営していきたい」と表明。片山弘文副議長も「3600カ寺の代表として一致団結して総長の思いを前に進め、末寺の期待に応えられるように努力してまいりたい」と述べた。
前日の議員研修会(非公開)では内局も出席する中、前内局2氏への損害賠償請求訴訟と名古屋・別格本山興正寺「不法占拠」訴訟について、担当の弁護士らが現状説明。質疑応答を行い、内局と宗会の情報共有を図った。
2大裁判の解決と高野山学園の経営再建に引き続き取り組む添田総長。近日中に発表される第2次添田内局の陣容が注目される。
2017/6/8 浄土真宗本願寺派 伝灯奉告法要円成 第25代専如門主 み教えに生かされ み教えをひろめる 自他共に心安らぐ社会の実現へ
浄土真宗本願寺派第25代大谷光淳(釋専如)門主の就任を内外に伝える伝灯奉告法要が5月31日、京都市下京区の本山西本願寺で満座を迎えた。大谷門主は満座の法要後に「消息」を発布し、「念仏者の生き方」を改めて示した。法要の円成を受けて今月2日に開かれた記者会見で大谷門主は「ご法要にご尽力、ご協力、ご参拝いただきましたすべての方々に感謝いたします」と感謝の言葉を述べた。
伝灯奉告法要の満座で「ご消息」を発布する大谷門主
昨年10月1日から始まり全10期80日80座にわたった同法要には、延べ15万4015人が参拝。多くの関連・協賛行事が催され、延べ45万4996人(法要参拝者を含む)が訪れた。満座法要当日は、計約2500人が参拝し、満堂となった御影堂と阿弥陀堂の両堂に念仏が響いた。
参拝者から好評を得ている大谷宗家の人柄に触れられる伝灯のつどいでは、大谷門主が法要を振り返り、「皆さまと共にお勤めし、お念仏申す声の中に、今日までみ教えを受け継いでこられた多くの方々のお気持ちを、お聞かせいただくような気がいたしました」と回想。法要を通じて「次の世代の方々、お寺やみ教えとご縁のない方々にこのみ教えを伝えていきたいとの決意を新たに致しております」と語った。
法要後、大谷門主は門信徒に宛てた「消息」を発布した。「消息」で大谷門主は、東日本大震災や熊本地震の犠牲者、被災者へのお見舞いを述べ、福島での原発事故について「思うままに電力を消費する便利で豊かな生活を追求するあまり、一部の方々に過酷な現実を強いるという現代社会の矛盾が露わになった」と指摘。
原発事故に見られる人間の自己中心性に言及した上で、「凡夫の身であることを忘れた傲慢な思いが誤っているのは当然ですが、凡夫だから何もできないという無気力な姿勢も、親鸞聖人のみ教えとは異なるもの」と語り、念仏者の生き方を改めて教示した。
現在宗門が進めている「宗門総合振興計画」についても触れ、平成35(2023)年の宗祖ご誕生850年、その翌年の立教開宗800年に向けて「これからの生活においても、私たち一人ひとりが真実信心をいただき、お慈悲の有難さ尊さを人々に正しくわかりやすくお伝えすることが基本です」と説示。
それぞれの場で念仏者の生き方を目指し、「み教えに生かされ、み教えをひろめ、さらに自他ともに心安らぐ社会を実現するためにこれからも共々に精進させていただきましょう」と呼びかけた。
消息を拝受した石上智康総長は、「このお諭しを肝に銘じ、ゆめゆめ忘れることなく、宗門に集うすべての人と共に、心を一つにして力を尽くしてまいりたいと存じます」と決意を表明した。(続きは6月8日号特集紙面をご覧ください)
2017/6/8 共謀罪反対・憲法改悪阻止へ 都内で宗教者・信者全国集会とデモ行進 恐怖と萎縮の社会を拒絶 〝沈黙と無関心、国家は歓迎〟
「共謀罪」反対・憲法改悪阻止をめざす宗教者・信者全国集会が5月31日、東京・一ツ橋の日本教育会館で開かれ、全国から270人が参加した。共謀罪(テロ等組織犯罪準備罪)法案の問題点や治安維持法との類似性を学習すると共に、共謀罪が市民運動の萎縮などを目的とした「治安刑法」だとして成立阻止に向けて声をあげた。終了後に神保町周辺をデモ行進し宗教者の姿勢をアピール。元創価学会本部職員も共闘し、方向転換した学会本部と公明党を強い口調で批判した。共謀罪反対と憲法改悪阻止を掲げて東京・神保町周辺をデモ行進する参加者たち(5月31日)
基調講演は弁護士の海渡雄一氏(日弁連共謀罪法案対策本部副本部長)が「共謀罪と治安維持法」と題して話した。海渡氏は二つの法について、「団体を規制するための刑事法であるという点で基本的に同じような構造」と指摘。国体変革と私有財産否定という2本柱が治安維持法には規定されていた。当初は「目的が限定されているし、社会活動が抑圧されることはないと説明していた」。その後改正され、共産党以外の穏健な団体にも適用されるに至った。
昭和10年(1935)に天皇機関説事件が起こり、同年12月に大本教事件が起こった。海渡氏は「京都府にあった大本の施設を500人の警官隊が襲撃した。1万発を超えるダイナマイトで施設は木っ端微塵となり書籍も燃やされた」「起訴された61人のうち、獄死したのは16人。もの凄い拷問が加えられた」と説明。「この事件の重大な点は7年後、治安維持法では無罪が確定していること。つまり弾圧そのものが法的根拠がなかった」と指摘した。
公明党・学会本部を批判 元学会職員が成立阻止を絶叫
集会で一際元学会職員は他宗教の人たちと共に成立阻止を訴えた注目を浴びたのが、三色旗を掲げて登場した元創価学会本部職員たちである。3人は平成24年10月に学会職員を解雇され、その後除名処分となった経歴の持ち主。創価学会・公明党の平和路線からの方向転換に対してネットを通じて批判を展開している。
集会では野口裕介氏がマイクを握った。初代牧口常三郎会長が治安維持法で獄死した史実を紹介しながら、「いったい全体、公明党・学会本部はどうしてしまったのか」と強い口調で非難。池田大作氏が「脳梗塞」で倒れてから、「原田現会長たちと本部執行部は、創価三代の平和と人権の闘争とは真逆の方向を取り続けている」とも指摘。学会本部が牧口・戸田・池田3代会長の精神に立ち帰るよう重ねて主張しながら、「思想・信条の自由を脅かす共謀罪法案の成立を断固、断固阻止してまいりましょう!」と絶叫した。元学会員たちは他の宗教者と共にデモ行進にも参加した。(続きは6月8日号紙面をご覧ください)
2017/6/15 比叡山宗教サミット30周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」開催まで50日を切る
宝ヶ池プリンスホテルで開かれた最初のサミットの会議(1987年8月4日) 比叡山開創1200年を記念して昭和62年(1987)8月に開かれた比叡山宗教サミット。その30周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」が8月3・4両日に開催されるが、今月15日で50日を切った。主催は日本宗教連盟傘下の5団体や世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会、世界連邦日本宗教委員会からなる日本宗教代表者会議である。比叡山サミットの歩みをたどった。
昨年10月、日本宗教代表者会議が発足。名誉議長の森川宏映天台座主は「負の連鎖を打破し、世界平和を実現するためには、お互いに価値観の多様性を認め共生する必要がある」と力説した。その前月、大正14年(1925)生まれで90歳を過ぎている森川座主は9700キロ離れたイタリアに向かっていた。アッシジで行われる「世界平和の祈りの集い」に出席するためだった。フランシスコ教皇に謁見する機会を得て、比叡山サミット30周年行事への参加を要請した。
30周年サミットへの教皇の参加は困難になったが、森川座主のイタリア訪問は山田恵諦座主(1895―1994)の足跡と重なる。山田座主は比叡山サミット前年の1986年10月、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の提唱によってアッシジで行われる「世界平和の祈り」(訳語によっては「世界平和祈願の日」)に参加した。世界平和への祈りのために約100人の世界の諸宗教指導者が集まったのである。これに感銘を受けた山田座主は「アッシジの精神」の継承を心に刻んだ。サミットで発信された比叡山メッセージでもその経過が記されている。
今年も8月4日、比叡山上に国内外の宗教者が参集し、平和を祈る。
「われわれの使命はあまりに大きく、われわれの力はあまりに小さい。それゆえわれわれは、まず祈りから始めなければならない」
比叡山メッセージの一節である。(レポート「30周年歩みと願い」は紙面でご覧ください)
2017/6/15 日蓮宗宗祖降誕800年慶讃大会がマレーシアで開幕 日本やアジアから約400人参加
内野管長(奥・中央)の前で献灯を行う一念寺のアン理事長 日蓮宗(小林順光宗務総長)の宗祖降誕800年(2021年)慶讃の開幕となるアジア国際布教拠点記念大会・法要が5月21日、マレーシアのペナン島北部のベイビュービーチリゾートホテルで行われた。法要の大導師を内野日総管長が務め、ペナン一念寺、シンガポール題目寺、インドネシア・ジャカルタ蓮華寺などアジア各布教拠点の信徒や日本からの参加者約400人が参列した。
日本からの檀信徒が「宗祖降誕八百年慶讃和讃」を披露。松井大英伝道部長から英語の説明を受けながら一同は唱題行を実践した。法要は僧侶約40人が出仕し、声明や木剣による修法の熱気が会場に満ちた。
内野管長は慶讃文で宗祖日蓮聖人の生誕を祝い、宗門人として最初に海外での布教を志した日持上人や、近代海外開教の祖である旭日苗上人ら先師の遺徳を讃えた。御親教では慶讃法要を「国を越え、人種を越えて、世界中に弘めるべき、宗祖の『異体同心』の教えの表れ」と位置づけ、一人ひとりが立正安国仏国土顕現に精進することを願った。
松井部長、立正大学の安中尚史教授、身延山大学の三輪是法教授が記念講演。安中教授は大正時代、馬場禎誠上人がマレーシアの洞窟に建立した法華経寺の事績を紹介。戦前にもマレーシアに同じ信仰を持つ人々がいたことに一念寺の信徒らも驚いた様子だった。
晩餐会では一念寺の信徒が太極拳の演武やコーラスで日本からの一行を歓迎。蓮華寺のエルフィナ妙布主任が「国、言葉、肌の色、文化、習慣も違う人々が集まり、ハピネスを感じられたことは貴重な体験となりました」と謝辞を述べた。
翌日22日には内野管長が一念寺を表敬訪問し、伊藤悠温主任、アン・ティアン・スーン理事長らと親しく懇談。一念寺開創からの15年をねぎらった。マレーシアはイスラム教が中心の国だが、一念寺は現在、200人以上の信徒が在籍し、親子3代での参拝も珍しくないという。老人ホームや障がい者福祉施設への寄付、ボランティアも活発に行っている。
伊藤主任は「この結束で東南アジア海外布教拠点はますます発展していくでしょう」と語った。
2017/6/15 孝道教団「平和の鐘」改鋳終えて撞き初め 二度と戦争を繰り返さない
岡野統理、華蓮・鄰子両副統理らによる新・平和の鐘の打ち初め 神奈川県横浜市の孝道教団で11日、平和の鐘改鋳竣工法要・撞き初め式が営まれた。「二度と戦争を繰り返してはならない―」という願いを込めて昭和30年(1955)に建立された「平和の鐘」が改鋳され、約500人の信徒が見守るなかで「新平和の鐘」が打ち鳴らされた。
朝鮮戦争勃発後の昭和26年に、始祖岡野正道大統理が「二度と戦争の過ちを繰り返してはならない」と願い提唱した「平和の鐘」の建設。青年信徒が募金を呼びかけ、多くの市民の協力で昭和30年に完成した。以来、朝夕に打ち鳴らされてきた鐘も老朽化し、建立60周年を迎えた平成27年に改鋳を決め、青年信徒が募金活動をして、この日の竣工を迎えた。
岡野正道・貴美子両始祖に感謝を捧げる「孝順の日」である11日に岡野正純統理が導師、鄰子・華蓮両副統理を副導師に竣工法要を厳修。打ち初め式も行い、岡野統理、両副統理が第1打を打ち鳴らした。深い余韻のある鐘の音に拍手が起こり、次いで来賓、壮年会、婦人会、青年会などが「世界平和の願い」を込めた鐘を20打鳴らした。
岡野統理は「悲惨な戦争の記憶が薄れつつある今、戦争の恐ろしさを改めて認識し、真剣に平和を願う人々が一人でも増えるよう働きかけなければいけない」とし、「人間の心には良い部分も悪い部分もある。一部の権力者の心の悪い部分が優勢になれば戦争が起こる。そうならないよう、多くの人々の心の良い部分を引き出し平和を守らなくてはならない」と呼びかけた。
「平和の鐘」を製作した㈱老子製作所(富山県高岡市)の元井秀治代表は、同社が広島や国連など国内外の「平和の鐘」を製作していると述べ、「大変有り難いことをさせていただいた。どうか鐘を慈しんでほしい。優しく撞けば十分に鳴る。余韻を聞いてほしい」と話した。募金活動の中心となった壮年会の宮本正髙幹事長は「鐘の音が朝に夕に慈しみの心と平和の思いを強めさせてくれると思う。横浜から世界に向かって平和を呼びかける象徴。人々に平和を訴えていきたい」と決意を述べた。
2017/6/22 非核地帯求める 国連交渉に参加を要請 外務副大臣に宗教者が面会
国連核兵器禁止条約交渉(第2回目)が始まった15日、「北東アジア非核兵器地帯設立を求める宗教者声明」のメンバーが外務省を訪れ、岸田文雄外務大臣宛に非核地帯設立と日本の交渉参加を求める要請文を薗浦健太郎外務副大臣に手渡した。同声明は昨年2月に世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の協賛で呼びかけが開始され、日本が米国の「核の傘」への依存から脱却することなどを主張している。副大臣と面会後記者会見した宗教者たち
カトリックの高見三明大司教、日本キリスト教協議会の小橋孝一議長、WCRP日本委の篠原祥哲平和推進部長、日蓮宗天龍寺の小野文珖院首、ならびに事務局のNPO法人ピースデポ梅林宏道特別顧問が薗浦副大臣と面会した。副大臣は要請文を受け取り、「朝鮮半島の非核化は大歓迎で、考え方としては理解する」と一定の評価をしたものの現実には難しいという認識を示し、核兵器保有国と非保有国の溝の深まりがあり交渉も順調にはいかない現状を率直に述べた。
5氏が記者会見。小橋氏は「我々が滅亡しないために、人類ができる第一歩は核兵器に依存しない国になるということ。理想だとか言わないで現実にそういう道を歩まなければならないし、それを国連の交渉会議ではっきりと打ち出してほしい」と訴えた。小野氏は六カ国協議再開を北朝鮮に呼びかけるよう副大臣に進言したが「今の金正恩総書記はそのようなことを考えていない。米国と一対一の交渉を望んでいる」と一蹴されたことに無念をにじませた。
長崎原爆の胎内被爆者である高見氏は「アメリカがやった原爆投下を正当化できるとは思わない。戦争を始めた日本も責任を逃れられるとは思わない」と、あらゆる国に核の責任があるとの見解を表明した。その非人道的性には絶対反対の声をあげなければならないとし、政府による廃絶行動を切望した。
声明の賛同者は期限を設けず募集を続ける。6月12日時点で124人の宗教者が賛同し、創価学会の幹部や神社本庁の神職らも加わっている。
2017/6/22 豊山派仏教婦人会 創立60周年を祝う 次世代に慈悲の心を継承
真言宗豊山派仏教婦人会(岩脇孝子会長)は9日、東京・文京区のホテル椿山荘で創立60周年記念祝賀会を開催した。昭和32年に発足し、区切りの年を迎えた同会の記念式典に、豊山派内局をはじめとする来賓・会員約250人が参加。寺院活性化に女性の活躍を期待する声が寄せられた。
豊山流大師講有志が「総本山長谷寺和讃」を唱和した式典
式典では田代弘興管長を大導師に法楽を厳修。物故者に黙とうを捧げ、会員が会歌を唱和した。
田代管長は垂示で、「(60周年は)一つの区切りでもあると同時に出発でもある」と讃えると共に、福島県の被災寺院の慰問を報告。「お互いに助け合いながら生きていかなければいけないとひしひしと感じた」と披瀝した。日頃からの寺庭婦人の働きに敬意を示し、「地域コミュニティの拠点としてやっていくという気持ちを持っていない住職のお尻を叩いていただきたい」と激励した。
昨年7月の就任以来「女性の活躍」を掲げる星野英紀宗務総長も、宗内の僧侶が減少傾向にあることから、「みなさんにも得度をしてほしい。できないという方もさらに力を発揮していただいて、豊山派を助けてほしい」と女性の力に期待した。
岩脇会長は全国の支部から選出した実行委員が2年前から式典の準備を進め、盛り立ててくれたことに謝意を示し、「これからも寺庭婦人として慈悲の心を持ち、次の世代に継承しなければならない婦人会だと思っている」と感慨を深めた。式典最後は豊山流大師講有志が「総本山長谷寺和讃」を唱和し締め括られた。
祝宴では全日本仏教婦人連盟の末廣久美理事長が祝辞。「女性に期待をして下さっている。活動・活躍にご理解あるご住職様方がいる。お寺、地域、社会で活躍していただきたい」と祝った。
豊山派仏教婦人会は昭和32年発足。研修会、修正会、針供養などを行い、全国に47支部(一支部休会中)がある。60周年記念事業では記念式典の開催、会誌『水晶』の合本、会員名簿を作成。今秋には総本山長谷寺参拝も予定している。
2017/6/22 高野山次期内局の陣容決まる 長谷部・岡部両氏が入局
高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)で、7月5日に発足する第2次添田内局の陣容が決まった。総務部長兼内事長には昨年度まで(学)高野山学園評議員だった長谷部真道氏(兵庫県香美町・大乘寺)、財務部長には添田総長の次に高野山高等学校校長を務めた岡部観栄氏(大分県臼杵市・興山寺)が就任。学園(高野山大学・同高校)の経営再建を重視した布陣となった。
法会部長には前耆宿宗会議員の佐伯公応氏(高野山・一乘院)、教学部長には同部次長の橋本真人氏(和歌山県紀美野町・醫王寺)が就任する。
再任は3氏で、山林部長と宗務総長公室長には山口文章氏(高野山・五智院)、社会人権局長には佐々木基文氏(兵庫県宝塚市・西光院)、伽藍維那には東伸光氏(高野山・熊谷寺)。奥之院維那は未定。山口氏は新たに高野山霊宝館長、高野山学園監査室長を兼任。霊宝館と学園の教育連携の強化も見据える。教学部次長には丹羽義寛氏(大阪府和泉市・佛並寺)。7月4日に現内局の退任式、翌日に新内局の就任式が和歌山県高野町の総本山金剛峯寺で営まれる。
添田総長は続投にあたって、所信表明文を全末寺に送付。前内局・別格本山興正寺をめぐる両裁判と学園の経営再建、過疎化問題への対応など喫緊の課題を挙げ、「高野山真言宗という大きな建物が倒れないようにするには一人の力ではどうにもなりません。なんとか宗内の皆様のお力添えを」と呼びかけている。(続きは6月22日号紙面をご覧ください)
2017/6/29 佛教大学で初の結婚式 学長を戒師に卒業生が
挙式第1号となった德井さん夫婦京都市北区の佛教大学で25日、学内初の結婚式が執り行われた。奈良市の卒業生德井公樹さん(25)夫婦が礼拝堂で挙式し、参列者約40人が見守る中で三宝に帰依することを誓い、仏教徒として未来への一歩を踏み出した。
德井さんは同大社会学部資料室に契約職員として勤務。同大大学院在学中に、奈良県の県立高校英語教師の妻小百合さん(25)と入籍。田中典彦学長が礼拝堂で結婚式をしたいとの気持ちを持っていると知り、挙式第1号になろうと申し込んだ。
戒師を務めた田中学長は、「2人が互いに選び合い結ばれて、喜びの日を迎えることになった。これは偶然でなく、み仏によって選ばれたこと。大変めでたく心から祝福申し上げます」との言葉を贈った。結婚の証となる「行華」の儀式では、釈尊とヤショダラ姫が前世でも夫婦で、花を仏に手向けたという故事にならい、新郎が5本、新婦が2本の花を仏前に捧げた。
三宝帰依を誓い、仏教徒の証に寿珠が授けられた2人は、「今日より以後は心を一つにして相共に円満なる人格の完成に努め、多くの力に生き生かされている2人であることを自覚し、感謝の念を捧げるとともに、社会のために尽くすことを誓います」と述べ、戒師を通して仏前に成婚が奉告された。
式後、德井さんは「2人で支え合って歩んでいきたい」と笑顔を見せた。学生時代は写真部で、後輩たちが式を撮影した。
結婚式希望者は半年前までに宗教教育センターに申し込む。同大の卒業生か在学生、教職員などが対象。費用は8万円。戒師は浄土宗僧侶に挙式者が依頼する。貸衣装や披露宴などについては別途費用で相談可。
2017/6/29 渡印50年 佐々井秀嶺師との対話 同体大悲の菩薩道を獅子吼 インド民衆と歩む使命語る
「不安がないのが不安」という問いに「使命があれば生き方にも影響を与える」と述べ、「幸せとは何か」と問われれば「生きていることが幸福」と即答。インドで差別されている民衆に寄り添うと共に、仏教復興に邁進する佐々井秀嶺氏(インド国籍)が25日、東京・四谷の高野山真言宗真成院(織田隆深住職)で開かれた対話集会に臨んだ。8月に82歳を迎える闘志は、現代人の悩みに答え、「同体大悲」の菩薩道を説いた。日本仏教には厳しい批判を展開しつつ奮起を促した。インドでの活動に言及しながら使命について語る佐々井秀嶺氏
渡印50周年特別企画「佐々井秀嶺師との対話―出家、共苦、慈悲、求道とは何か」として行われ、会場には若者たちを中心に100人あまりが参席した。主催はB・R・アンベードカル及びエンゲイジド・ブディズム研究会と佐々井氏の運動を支える南天会。
主催者を代表して研究会の関根康正氏(関西学院大学教授)が趣旨説明し、「佐々井氏が人生を通じて表現されたことを対話の形で伝えていただく機会」と位置づけた。
最初に佐々井氏は研究会メンバーの質問に答えた。民衆の痛みや苦しみを我がごとくとする「共苦」と仏教では否定的な「怒り」。しかし民衆と共にある大いなる怒りは慈悲の怒りだと説明。「カースト差別、ヒンズー教徒に管理されているブッダガヤ大菩提寺(大塔)の奪還を目指して闘っている。(怒りは)差別されている民衆の根底から起きている。日本の僧侶が何もしていないことにも怒りはある。誰も何もしてくれないが、俺一人でもやってるんだ!という使命と勇気! それに民衆がついてきてくれている」と獅子吼した。
「慈悲」と「利他行」に関してはハンセン病患者の救済に尽くした忍性菩薩を高く評価。佐々井氏は「日蓮聖人が批判した人物だが、忍性菩薩は慈悲の方で、私にはおよびもつかない」と謙虚に告白。さらに「インドにはバラモンがいて不可触民がいる。これらは権力側がつけた名前。仏や神がつけたものではない。出家の道を歩んでいる者として、権力の横暴は断じて許さないが、しかし彼らに対しても同体大悲の姿勢で臨んでいる。弱き者、蔑まれ虐げられた者たちのために、弱きを助け、強きをくじく。それが生来の精神である。同体大悲である」と展開した。
日本仏教にも厳しい批判の矢を向けた。祖師のみを仰ぎ八宗の祖である龍樹菩薩を疎かにし、上座部仏教圏では民衆と僧侶が密着しているのに対し、大乗仏教の日本では反目しあっている。欧米や上座部圏ではアンベードカル博士(インド憲法の父、仏教への集団改宗の指導者)の業績や思想が注目されているが、日本では顧みられていない。佐々井氏は世界の潮流に疎い日本に対して、「日本仏教には滅亡の兆しが見えている」と警告した。
参加者との対話では質問に返答する形で進行。時には厳しい表情で、時には笑いとユーモアをまじえて現代人の悩みに答えた。
佐々井氏は5月下旬に来日し、各地の講演会や交流会などに参加。3年前には死線をさまよったこともあったが、「生き返った」と元気さをアピールした。7月初旬にインドに戻る。
2017/6/29 曹洞宗宗議会 級階査定の基準見直し 「檀信徒分類」を中核に
第128回曹洞宗通常宗議会(小島泰道議長)が26日、東京都港区の檀信徒会館に招集された。財務規程を一部見直し、級階査定の点数基準をこれまでの「認定指標」から「檀信徒による点数」に変更する。専門部会による答申を受けたもので、来年に予定されている調査に備えている。少子高齢化・過疎地と過密地の二極化などが進む中で、実情に即した宗費負担と安定性・公平性を確保しようとしたことが背景にあるようだ。(続きは6月29日号紙面をご覧ください)
2017/7/6 比叡山宗教サミット30周年の集い 日本宗教代表者会議が会見し概要発表
記者会見で比叡山宗教サミット30周年の概要を説明する日本宗教代表者会議 比叡山宗教サミット30周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」を主催する日本宗教代表者会議(名誉議長=森川宏映天台座主)は6月28日、京都市内のホテルで会見を開き、概要や海外招請者が決定したことを発表した。黒住宗道常任副委員長(黒住教副教主)は「この30年重ねてきた〝時〟と、諸宗教が平和のために祈りという行動を行ってきたことを思い、集いを作っていきたい」と話した。事務総長の杜多道雄氏(天台宗宗務総長)は先人の言葉を引用しながらサミットの継続を誓った。(続きは紙面でご覧ください)
2017/7/6 興正寺元住職父子を除名 明け渡しの「宗命」に従わず
高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)は6月29日、罷免住職側の「不法占拠」が続く名古屋市昭和区の別格本山八事山興正寺の問題で、宗派の司法機関である審査委員会(上野弘道委員長)を大阪市内で開き、寺の明け渡し等を求める宗派の命令(宗命)に従わなかったなどとして、梅村正昭元住職と息子の昌寛元副住職に懲戒処分で最も重い除名(僧籍剥奪)処分を下すことを決定した。7月4日付で通知。この処分により元住職父子は僧侶ですらなくなり、宗教活動を行う正当な根拠も失われた形となった。
春季宗会で梅村元住職の除名を求める議員決議が全会一致により採択されたことを受け、宗派は4月11日付で元住職父子に中西啓寶管長名の宗命通知書を送付。同27日までに寺務の運営中止と興正寺からの退去を命じ、名古屋地検に刑事告訴中の寺有財産「不正流出」の内訳も明示した。(続きは紙面でご覧ください)
2017/7/6 全日本仏教青年会新理事長に倉島隆行氏が就任 “日本仏教、世界に発信”
全日本仏教青年会(全日仏青)は6月26日、神奈川県横浜市の曹洞宗大本山總持寺で平成29年度の定期理事会を開催した。東海林良昌第20期理事長の任期満了に伴い、第21期理事長に倉島隆行氏(全国曹洞宗青年会会長)が就任した。倉島理事長は、第21期の活動テーマに「慈悲の行動~日本仏教の今を世界へ」を掲げ「慈悲を実践する日本仏教の今を世界へ発信していく」と表明した。任期は2年間。
倉島理事長は就任の挨拶で、青年僧が災害支援の経験で得た「大乗仏教における〝上求菩提、下化衆生〟とは寺院内だけの修行ではなく、衆生の苦しみに立った時に初めて感じる菩提心」との気づきを理事全員と共有。
「全日仏青の仲間は慈悲の行動を実践する友として、今期もさらに現代社会の声なき声にしっかりと耳を傾けながら活動する。それこそが日本仏教の今の姿です」と述べ、今期中に日本で10年ぶりに開催される「WFB世界仏教徒会議・WFBY世界仏教徒青年会議」に向けて、日本仏教の今を発信すると力を込めた。
特別事業は、①奈良東大寺で毎年開催している千僧法要の「30周年記念法要」②来年のWFB世界大会やその2年後に迫る東京オリンピック・パラリンピックを見据え、観光だけでなく寺院で日本文化を体験できる取り組みや広報を進める「日本仏教文化を世界へ」③全日本仏教会と協力して実働を担う「第29回WFB世界仏教徒会議・第20回WFBY世界仏教徒青年会議日本大会」④今後の寺院のあり方や未来の僧侶像を検討する「未来の僧侶研修委員会」。
特別事業に伴い、新たに「WFBY世界大会実行委員会」「未来の僧侶研修委員会」の2つの専門委員会を立ち上げた。「未来の僧侶研修委員会」では、未来の住職塾を運営する「(一社)お寺の未来」や諸団体と協働し、世界大会を目標に現代における僧侶像を提言することを目指していく。
2017/7/6 日タイ修好130年記念「タイ展―仏の国の輝き」 見逃せない第一級傑作群(伊東照司)
①「仏陀遊行像」/青銅/スコータイ県シーサッチャナーライ郡ワット・サワンカラーム伝来/スコータイ時代 14~15世紀/サワンウォーラナーヨック国立博物館所蔵 この夏、日本とタイとの修好130周年を祝賀して、上野の東京国立博物館 平成館(台東区上野公園13―9)にて「タイ~仏の国の輝き~」展が開催されている。昭和62年にあったタイ美術展より、30年ぶりの来日である。
美術展は、6世紀より19世紀までの、長い期間のタイ国の歴史を通じて、代表的な各時代の名品を、厳選し時代順に陳列している。タイ国は仏教国であるため、大半は仏教美術の仏像、仏画などが主体となる。現在の仏教は上座仏教であるが、過去にはそれのみならず、大乗仏教をも信奉された。この上座仏教は、13世紀よりスリランカより伝えられ、その当時の王国が、スコータイ王国であった。そこで、美術展の中心は、やはりこのスコータイ王朝時代(13~15世紀)であり、その古典的な仏像類がやってきた。
この頃の傑作が、遊行仏である(写真①)。タイ民族が世界に誇った、歩いた姿の釈尊像の形を創造した。これは最もタイ的な特色をもった仏像である。頭上からは光を放出し、身体全体はやわらかくまとめあげた釈尊像を、見せてくれている。
②「ナーガ上の仏陀坐像」/青銅、金/スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来/シュリーヴィジャヤ様式/12世紀末~13世紀/バンコク国立博物館所蔵 タイ国最古の仏教美術は、ドヴァーラヴァーティー王国(6~11世紀)の時代の仏像類で、この王国を象徴した石造法輪の第一級傑作がやってきた。この王国は、中部を中心に栄えたが、同じく南部では、別の王国、シュリーヴィジャヤ帝国(7~14世紀)が栄え、その中心的な王都チヤイヤーでは、大乗仏教が信仰された。この地からの傑作が、二体来ている。一体が石造の観音立像。もう一体が、台に銘文があり、1183年作と知る蛇上に乗った仏陀像である。今回の美術展では、この仏陀像に注目している(写真②)。
また、タイ国は、11世紀より13世紀にかけて、隣国カンボジアのクメール族の支配下にあった。この頃に造られた観音立像は見ごたえがある。身体の表面からは、多くの神々が放出し、これは「カーランダ・ヴューハ」という仏典をもとに、造られた。カンボジアの大王ジャヤーヴァルマン7世王(12世紀後半)は、この種の観音の信奉者であった。タイ国中部、ムアン・シンより発見された観音像で、ものすごい。
また、美術展で目を引く作品は、木綿に着色された十種の本生話の絵画にある。今日の王朝、ラッタナコーシン王朝の19世紀の筆である。これは何と4メートルもある大きな絵で、驚かされる。釈尊の前世での善業の物語で、その十種を絵にした。今日の仏教寺院の内部壁面でも描かれる主題である。タイ国側は、この貴重な物語を、日本の人々にも見せようとした意図が、うかがい知られる。
全体に見て、最近の発見物を含めて来日し、日本が大乗仏教国であることも配慮し、特に、チヤイヤーがクローズ・アップされている。けっして見のがせない、貴重な美術展である。
会期は8月27日まで。観覧料は一般1600円。お問い合わせはハローダイヤル(電話03―5777―8600)まで。
2017/7/13 苫駒大の移管反対 仏教専修科学生が国を提訴
苫小牧駒澤大学仏教専修科の学生8人は10日、国(文部科学省)を相手取り、学校法人駒澤大学から学校法人京都育英館への大学設置者の変更を認可しないよう求める裁判を東京地裁に提訴した。同日、認可差し止めを求める仮処分も申し立てた。
提訴の理由は、経営法人が変更されると住職の資格が取れなくなり、入学した意味がなくなるというもの。育英館側は今年入学した学生が卒業するまでのカリキュラムは残す方針とされるが、その後は専修科を廃止する見通しとなっている。
学生たちは学校法人駒澤大学と学校法人京都育英館に対し精神的苦痛を理由に1人あたり約31万円の損害賠償を求める裁判も起こした。また、保護者ら約2500人による移管認可をしないよう求める請願署名も文科省に提出した。
曹洞宗は別法人であるためこの裁判と直接的には関わっていないが、「これまで通り僧侶を育てる機関であってほしいというのが願いです」(宗務庁関係者)という。
2017/7/13 悉曇傳幢会・梵書展 松本和上と門下の作品 一堂に 慈雲流講習会10年の成果 21~31日 東寺食堂を会場に
無造作に並ぶ筆の中から取り上げた大ぶりの一本を硯で整え、半切に向き直った。息を潜めるように口を一文字引き結び、松本俊彰和上(94)はよどみなく静かに筆を走らせ、瞬く間に真言を紡ぎしたためた。慈雲流悉曇(しったん)の継承者、松本和上を阿闍梨とする講習会「悉曇傳幢会」が10年の節目を迎えた。今月21日から記念に開かれる梵書展に向け、松本和上は自坊の真福院(三重県津市)で準備を進めていた。書に臨む94歳の松本和上(6日、真福院)
悉曇学を大成した慈雲尊者(1718~1804)がその道場とし、再興した高貴寺(大阪府河南町)に松本和上は昭和7年、9歳で入寺。住職の伎人慈城和上を師と仰いだ。5歳で警察官の父を亡くした松本和上は、子のいなかった師僧のもとで、「師弟の厳然たる距離はあったが、精神的には親子のように育った」(松本和上)。旧制大阪府立富田林中学校を卒業した。
慈城和上は昭和18年9月末に死去。百カ日法要を営んですぐ翌年1月に松本和上は出征した。高貴寺の後任住職に就いた兄弟子の高志浄観・弘川寺住職の弟子となり、復員後、「高貴寺の小僧なら梵字が書けないと恥をかく」と慈雲尊者から相承されてきた悉曇が皆伝された。「3年間、筆を離すな」と言いつけられた。
奈良県との県境、大洞山麓を走る伊勢本街道の棚田が美しい山村・三多気。「三多気の桜」で知られる桜並木が続く約1・5キロの参道を進み、石段を上がった先の山門をくぐると、真福院がある。高野山専修学院を修了後、昭和24年に住職を拝命した。高志住職の言葉を胸に、「しっかり流れを受け継がないと断ち切れてしまう」と休みなく筆を執り続けた。
サンスクリットを表記する文字、悉曇は4~6世紀にインドで発達し、中国を経て伝来した。書道の文化と交わり、芸術としても高まった悉曇は現代日本にのみ伝承される。高貴寺に伝わる慈雲流、中天相承悉曇を学び継ごうと、長楽寺(兵庫県香美町)の五十嵐啓道住職らが松本和上の門を叩いた。
「広く世に出せたら」と五十嵐住職は講習会を計画し、当時85歳だった松本和上が引き受けた。平成20年に東寺で始め、これまでに192人が学んだ。1期4年を修了した87人が伝承者の印可を受けた。松本和上の諱弘幢から一字とり、2期目に悉曇傳幢会を設立。3期目に入り、活動はますます盛んになっている。
寺の中で限定的に口伝されてきた悉曇を習い、五十嵐住職は目から鱗が落ちたという。「百聞は一見に如かず。目の前で見ると、筆の運び方が通常の書道とまったく異なる」と初心を振り返る。「松本和上は非常に柔軟な考えの持ち主。ぜひ指導を受けてほしい」
松本和上は今展で、仏教の展開を示す作品を準備した。釈尊や十大弟子から始まり、法を継ぐ八祖大師に至り、浄土門の極楽へと向かう言葉を綴った。来場者に身近に感じてほしいと、干支の守護本尊の真言も出展する。門下生の作品約70点と合わせて展示する。
悉曇を3年間続ければ、「腹に入ってくる。座りの良いところに落ち着く」と松本和上は言う。“建立”と表現する書に臨み、「そこに仏さまがこもり、良いことが起きますようにと願う。一筆三礼の心を失わないように」と噛みしめるように語った。
梵書展は21~31日、京都市南区の東寺食堂で開く。松本和上は21日に書の実演を行う予定。問い合わせは同会事務局・長楽寺の五十嵐住職(電話0796―95―0009)まで。
2017/7/13 九州北部豪雨 被害相次ぐ 各教団、状況把握と救援活動へ
福岡・大分・佐賀・長崎各県で発生した九州北部豪雨災害で、各宗派・教団では被害状況の把握を進め、救援活動に入っている。主な動きは以下の通り。
【天台宗】
10日時点では、豪雨が集中した九州西・東の両教区から寺院の被害は報告されていない。
【高野山真言宗】
福岡県朝倉市杷木の普門院(才田亮舜住職)では近くの沢が決壊し、本堂床下、聖天堂内に土砂が流入。境内の池や車も泥で埋まった。才田住職は避難所と寺を往復しているが、大量の土砂は重機でしか除去できない状況。寺に至る道路も住民の通行しか認められていない。8日、宗務所社会人権局は職員を派遣。宗派の災害救援拠点で食料などを備蓄している同市内の高野寺(鐘ケ江尊明住職)で福岡宗務支所役員らと今後の対応などを協議。才田住職の案内で普門院の被災状況を視察した。
同宗は10日、義援支援金の受付を開始。福岡支所や朝倉市ボランティアセンター、被災地NGO恊働センターと連携して情報を収集し、救援活動を行う予定(10日現在)。
【真言宗智山派】
長崎県壱岐市で6月30日から7月1日に降った大雨で、同市の1カ寺が裏山で発生した土砂崩れにより本堂が全壊した。寺族に被害はなかった。
【真言宗大覚寺派】
福岡県朝倉市の準別格本山南淋寺で、境内に土砂が流入する被害があった。
【浄土宗】
大分県日田市の大超寺で、本堂屋根瓦がずれて雨漏りするなどの被害があった。
【浄土真宗本願寺派】
11日午前9時現在で、福岡教区の上下組1カ寺で雨漏り被害。大分教区の玖珠組2カ寺、日田組4カ寺、岡組1カ寺に本堂雨漏り、境内地へ土砂流入、川の氾濫による山門流出、石垣の崩壊等の被害があった。
6日に社会部災害対策担当で情報収集し、福岡、大分、佐賀、長崎教区に被害状況の確認。福岡教区に見舞タオルを送付。
7日、総局会議で福岡、大分教区に見舞金各50万円の交付を決定。被災寺院へ総長名で見舞電報を随時打電した。社会部同担当職員が見舞い及び状況視察のため福岡、大分教区へ出向。8日に同職員が福岡、大分教区災害対策委員会へ見舞金を持参した。
【真宗大谷派】
日豊教区の大分県などの3カ寺で、本堂や庫裏で床上・床下浸水の被害があった。付属幼稚園でも床上浸水があった。福岡県内の1カ寺で、本堂の雨漏りがあった。
6日に災害救援本部を設置し、7日の会議で被害が報告されるとともに、本山御影堂・阿弥陀堂の前に救援金箱を設置することが決まった。
【日蓮宗】
宗務院災害対策本部が情報収集中。佐賀県西松浦郡有田町の法元寺(中野学遠住職)では6日午後8時頃、土砂崩れにより庫裡の天井が外れ、墓地も一部埋まるなどの被害が出ている。
【臨済宗妙心寺派】
寺院への被害は10日現在では報告されていないが、調査継続中。宗派HPでお見舞い文を掲載するとともに、土砂災害の危険を呼びかけている。
【曹洞宗】
宗務庁福祉課が情報収集に当たっているが、11日時点で甚大な報告はない。6日にはウェブサイト上に「お見舞い」の文書を掲載した。
【立正佼成会】
福岡県久留米市の久留米教会が管轄する朝倉道場では、付近を流れる河川が氾濫、泥流と流木が道場の玄関前まで流れ込んだ。敷地を囲むブロック塀が倒壊し、泥水が道場内に浸入した。北九州支教区や被災地を包括する教会では今後、会員の安否や被災状況の把握に努めるとともに支援活動について検討していく。
2017/7/20 真言宗大覚寺派宗会 「大覚寺カフェ」参拝者増加につながらず見直し
真言宗大覚寺派の臨時宗会が7日、京都市右京区の大本山大覚寺で開かれ、同寺を発信する企画「大覚寺カフェ」の見直しが発表された。伊勢俊雄宗務総長は、「方向転換する。吉本側と新しいアプローチの仕方を話し合っている。効果が見えなかった」と説明し、方向性を改める方針を示した。
大覚寺カフェは、よしもとクリエイティブ・エージェンシーとの共同プロジェクトで、京都市出身の芸人を起用して2015年に開始。2年目の昨年から、芸人やアイドルグループを追加し、企画を拡充させていた。
しかし、昨年度の参拝者数は前年度から約13・5%減少。約18万8千にとどまった。吉本側との契約は4年間で、初年度に4千万円を投入。以降、毎年2千万円ほど投資していることから、複数議員から大覚寺カフェの効果を疑問視する声が上がった。
谷亮弘議員から認識を問われた竹原善生教務部長は、昨年度に嵯峨・嵐山周辺を訪れた人が前年度から約1180万人減ったとの京都市の統計を提示。参拝者数の減少に関し、観光客数減少の影響を挙げる一方で、大覚寺カフェの効果については、「十分な費用対効果が得られたとは言えない」とした。
大覚寺カフェを見直す意向を示した伊勢総長は、「参拝者の増加につながっていない。(今年を含む)残りの2年は方向転換し、より効果的な方策をとりたい」との考えを語った。大覚寺カフェのホームページは6月末に閉鎖。現在は終了を告げるアナウンスが表示される。(続きは紙面でご覧ください)
2017/7/20 比叡山宗教サミット30周年にメッセージ①千里同風―栗原正雄(臨済宗妙心寺派宗務総長)
昨年9月18日から20日までの3日間、ご縁をいただき妙心寺派管長猊下に随伴しイタリア・アッシジで開催されました第30回「世界宗教者平和の祈りの集い」に参加いたしました。1986年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の呼び掛けによって「世界平和のための祈り」がアッシジで行われてから30年、再び第1回の場所に戻り、世界遺産でもあるアッシジの聖フランチェスコ聖堂に多くの宗教指導者が集い祈りを捧げた記念大会でした。
会議中に座談会があり、そこで嶺興嶽管長猊下が平和スピーチをされました。その概容は、終わりなき戦争により無辜の人々が尊い命を奪われていること、核兵器や原子力の脅威が増加していること、この二つの事柄を憂い、それを踏まえて三つのことを述べられました。
一、本来、平和と人々の心の安らぎを目指す宗教が、ともすれば戦争の引き金になり争いを助長し、自ら協力してきたことへの深い反省(懺悔)
二、まず自らの心の中に平和の砦を築くこと、そこから真の平和が実現する (自覚)
三、他を思いやる温かい心、慈悲心を見失わず、平和な社会の実現のために努力精進を続ける決意 (誓願)
座談会のテーマが「対話と平和」でしたが、言語も文化も異なる人々が集い、平和な社会の実現を願いとともに語り合えた有意義な時間でした。
この度、そのアッシジの精神を受け継いだ比叡山宗教サミットが京都で開催されます。「千里同風」という言葉がありますが、アジアの風も欧米の風も、同じ風であります。
地球に住む人々が争うことなく幸せに暮らせる平和な社会になるように、ともに清風を感じる30周年記念大会になりますよう心から祈念いたします。
2017/7/20 比叡山宗教サミット30周年にメッセージ②「普通の人たち」の目線で―ケイト・ストロネル(原子力資料情報室)
比叡山宗教サミット30周年、おめでとうございます!
今回のサミットでは分科会の一つのテーマは「核廃絶と原子力問題を考える」ということで、宗教者(神道)として、また核・原子力問題を扱うNPOで勤務する研究者としてメッセージをお送りします。
この30年間はまさに「核の時代」でした。冷戦終結後も核兵器は廃絶されるどころか、インド、パキスタン、北朝鮮が核兵器の保有を宣言しました。「原子力の平和利用」の名の下で建設された原子炉は核兵器生産に使われ、またチェルノブイリと福島では巨大で悲惨な事故が起きました。こうした事実は原発が「平和的」にはなりえないことを証明しています。
7月7日に国連が「核兵器禁止条約」を122カ国の賛成で採択しましたが、核兵器保有国と日本を始めとする核の傘の国々の多くはこの条約交渉に参加しませんでした。それでもこの条約の成立は歴史的な出来事です。去年5月にオバマ米大統領が広島で語った、日々の平和な暮らしを望む「普通の人たち」の心を表す出来事だからです。政治的には条約不参加という選択もあり得ることです。しかしそれはオバマが言う「これ以上、戦争が起きないことを望んでいる」「普通の人たち」の価値観とは全く相容れません。
「普通の人たち」の常識や希望と、政治の言説のギャップは原発問題でも強く生じています。東京電力福島第一原発事故の原因は未だ解明されず、多くの人々が苦しんでいます。「普通の人たち」はそうした中での国内原発の再稼働を当然拒絶しています。さらに政府が推進する原発輸出はとんでもないと考えています。自分たちが経験した苦しみを、他の人には絶対経験してもらいたくはないと思うことは「普通の人たち」の常識でしょう。広島と同じく「過ちは繰返しませぬから」という気持ちは「普通」でしょう。
このギャップを埋めるには宗教者の役割が極めて重要です。核・原子力問題における人間の本来の望みを今後ともさまざまな形で訴えて下さい。
2017/7/20 比叡山宗教サミット30周年にメッセージ③貧困固定化に先進国の消費―鬼丸昌也(テラ・ルネッサンス創設者)
「ほら、こんなものをつくれるようになったんだ」と、満面の笑顔で見せてくれた、練炭を入れて煮炊きに使うコンロ。職業訓練で学んだ溶接技術で、このコンロをつくったのは元少年兵。場所は、アフリカ・コンゴ民主共和国東部地域。この地域は、希少鉱物(レアメタル)や貴金属などの資源をめぐって、戦闘が続いています。彼は10代で武装勢力に入隊、その後、脱走し、テラ・ルネッサンスが実施する自立支援の一環として、溶接技術訓練を受講したのです。
そんな彼のもとへ、さまざまな武装勢力から、勧誘がありました。すると、元少年兵は、次のような回答をしたそうです。「お前らのところへは行かない。今は、村の人々や教会から依頼された溶接の仕事が忙しいんだ。誰がすき好んで戦いたいと思うのか」。まさに、彼の言葉が、紛争やテロの原因を言い表しています。
貧しさは、若者から将来への希望を奪い去ります。希望のない若者たちに、テロリストや武装勢力は、資金や大義名分など、さまざまな手法で、彼ら彼女らを勧誘し、兵士として育て上げるのです。つまり、真に平和を実現するためには、戦争に反対するだけではなく、貧困を生み出す社会構造そのものにメスを入れねばなりません。まずは、必要以上に、モノを大量に消費し、廃棄する生活習慣こそ改める必要があります。途上国の資源を、安く大量に、先進国が消費し続け、貧困を固定化する構造を支えているのは、私たちでもあるのです。
ここに、人々を教導する宗教者の役割があります。祈りや伝道を通じて、人々の生活にコミットしている宗教者だからこそ、世界の貧困と私たち先進国の営みがつながっていることを提示し、自ら生活を少しずつ変えていこうと提唱することができるのではないしょうか。比叡山宗教サミットでは、宗教者自らが、自身の影響力を自覚し、人々と共に、大量生産・大量消費・大量廃棄の生活を改め、どのように持続可能な社会を構築していくのか、大いに議論していただきたいと強く願っています。
2017/7/20 映画「明日へ―戦争は罪悪である」完成 反戦僧侶、現代に蘇る
完成した映画のチラシ 大戦中、「戦争は罪悪である」と断じ、国家と大谷派当局から処断された僧侶の竹中彰元(1867―1945)。彼をモデルとした映画「明日へ―戦争は罪悪である」が完成した。映画には同じく大谷派の反戦僧侶、植木徹誠(1895―1978)も登場。戦時体制に抗した仏教僧が、安保法制と共謀罪に揺れる現代に蘇った。各地で試写会が行われている。
企画したのは憲法や平和問題を扱った「日本の青空」シリーズを製作した小室皓充氏(「日本の青空」製作委員会委員長)。真言宗智山派の僧籍を有し、反戦僧侶に関心を持ち続けてきた。「仏教界では、戦争協力の面が強調されることが多い。こうした反戦僧侶がいたことは仏教界にとっても自信になるのではないか」と語る。
映画はドキュメンタリーではなく、創作である。竹中は「杉原良善」として登場し、植木の名前はそのまま。舞台は、竹中と植木の出身地である岐阜や三重ではなく、瀬戸内海の小島だ。「竹中と植木の二人が出会った記録はありません。同じ時代で地域的にも近い。もしかしたら会っていたかもと想像を膨らませました」
杉原良善和尚を大河ドラマ「真田丸」で高梨内記役を好演した中原丈雄さん、植木徹誠役を歌手・俳優として活躍する上條恒彦さんが演じる。監督は藤嘉行氏。
映画は2015年の安保法案に反対する国会前デモのニュースに触発された老落語家が、デモに参加しようとするところから始まる。老落語家が少年だった老落語家の背中を押したのが杉原良善和尚だった。その杉原和尚にどんな過去があったのかをたどっていく。軍人や警官の前でも「戦争は罪悪である」と繰り返す杉原和尚。そこに行き着の心境の変化は見どころの一つだ。
特定の教団名や本山名は登場せず、あくまでも反戦僧侶の内面を描く。植木徹誠の存在も見逃せないが、少しだけ登場する息子の植木等のシーンは、どこかホッとさせる。
劇場公開はしていない。小室氏は「地域仏教会の研修会や映画会などを企画した際には、ぜひ声をかけてほしい」と呼びかける。問い合わせは製作委員会(電話090―3316―8747、小室)まで。
2017/7/27 全日仏財団創立60周年 式典・福島大会ポスター配布 10月13・14日開催 東北では45年ぶり
今秋10月、福島県郡山市で開催される全日本仏教会財団創立60周年式典と第44回全日本仏教徒会議福島大会。そのポスターやチラシが完成し、配布を始めた。大会まで3カ月を切り、主催する(公財)全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)と福島県仏教会が共に宣伝に力を注いでいる。東北6県では昭和47年(1972)の第20回青森大会以来、45年、24大会ぶり。
60周年テーマ「ご縁をかたちに、絆を行動に ―私からはじまる」のもと、式典は市内ホテルで10月13日午後2時から開始。関係物故者追悼・被災物故者追悼・被災地復興祈願法要を執り行う。引き続き、地元出身の作家、玄侑宗久氏(三春町・臨済宗妙心寺派福聚寺住職)が記念講演を行う。60周年式典は寺院・全日仏関係者のみの参加となる。
全日本仏教徒会議福島大会はビッグパレットふくしま(郡山市南2丁目52)を会場に同14日午前9時30分から開式。記念式典および復興記念法要を営む。10時30分から「お話と歌」と題して歌手の加藤登紀子さんが登場する。こちらは一般参加者を募集中(無料、ただし事前申し込みが必要)。大会は12時30分終了予定。問い合わせは全日仏(電話03―3437―9275)まで。(続きは7月27日号紙面をご覧ください)
2017/7/27 高野山興正寺住職除名問題 宗派側が2銀行を提訴 納税円滑化のため
罷免に続いて除名(僧籍剥奪)処分を受けた梅村正昭元住職側による「不法占拠」が続く名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺。登記上の代表役員である宗派の特任住職(添田隆昭宗務総長)側が年間約2億円の公租公課を納付しているが、元住職側の関係会社による(宗)興正寺の「銀行預金等差し押さえ」で総本山金剛峯寺からの借入金に頼らざるをえない状況にある。特任住職側は先頃、「納税の義務」を円滑に果たすため、「預金払い戻し」に応じない2銀行を名古屋地裁に提訴した。
(宗)興正寺の口座は、三菱東京UFJ銀行と愛知銀行、三井住友銀行の地元各支店にある。今回提訴したのは、梅村元住職と裁判(地位確認訴訟)が続いていることを理由に払い戻し請求に応じない方針を示している三菱東京UFJ(3月現在の預金残高約400万円・年間約600万円入金見込み)と愛知(昨年11月現在の残高約2300万円・年間約2500万円入金見込み)の2銀行。
訴外の三井住友銀行の2月現在の残高は約3400万円で年間4千万円の入金見込み。興正寺の寺有地で暮らす住民(約310世帯)の8割以上から特任住職側に支払われている借地料の大半は、新たに開設した別の銀行口座で管理されている。だが、たとえ3銀行全ての口座の払い戻しが再開され、新口座の預金と共に自由に引き出せるようになったとしても、元住職側による「不法占拠」が続く限り、特任住職側の苦しい台所事情は変わらない。特任住職側では今後、「納税の義務」を果たさずに除名後も「不法占拠」を続ける元住職側の実態を世論に訴えていく考えだ。(続きは7月27日号紙面をご覧ください)
2017/7/27 第51回仏教伝道文化賞に石牟礼道子氏 「苦海浄土」水俣病を仏教視点で 沼田奨励賞に釈徹宗氏 宗派超えて仏教伝え、福祉活動も 贈呈式は10月6日
(公財)仏教伝道協会(木村清孝会長)は20日、第51回仏教伝道文化賞・沼田奨励賞の選定委員会を開き、仏教伝道文化賞に作家・詩人の石牟礼道子氏(90)、沼田奨励賞に釈徹宗氏(56)を選定したと発表した。石牟礼道子氏(藤原書店提供)
仏教伝道文化賞は国内外を問わず、仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野で仏教精神と仏教文化の振興と発展に貢献した人物や団体を顕彰。また、今後の仏教伝道を通じた文化活動の振興が大いに期待できる人物や団体に沼田奨励賞が贈られる。釈徹宗氏
石牟礼氏は昭和2年生まれで、熊本県出身。1969年に水俣病患者の苦しみを描いた『苦海浄土―わが水俣病』を刊行し、文明の病である水俣病を仏教(浄土教)の視点で世界に問題提起し、その後も宗教性・芸術性の高い文学作品を遺したことが評価された。
奨励賞の釈徹宗氏は浄土真宗本願寺派如来寺住職で相愛大学教授。宗派を超えた伝道布教活動、テレビ、ラジオを通じた仏教思想の普及に尽力。また福祉活動を行うNPO法人を運営するなど、多岐にわたる活動が讃えられた。
贈呈式は10月6日に東京・芝の仏教伝道センタービルで執り行われる。
2017/7/27 日航機墜落事故三十三回忌法要 遺体安置した光徳寺で厳修 青年僧は「慰霊の園」と山頂でも
1985年8月12日、乗客乗員524人中520人が死亡した日本航空ジャンボ機123便の御巣鷹山墜落事故から32年。群馬県藤岡市の曹洞宗光徳寺(竹市文光住職)で21日、三十三回清浄本然忌慰霊法要が営まれた。実施委員会代表で導師を務めたのは渡辺啓司群馬県宗務所長。渡辺・竹市両氏とも事故発生直後からボランティアや供養に奔走したこともあり、悲願の弔い上げとなった。遺族ら約150人が焼香した。青年僧たちは事故現場に移動し「慰霊の園」と山頂で読経供養した。慰霊の園の合掌する碑の前に青年僧が集合
法要では物故者全員の名前が読み上げられた。渡辺所長は追悼文で、事故現場の群馬県の寺院としてなんとしても供養したいという強い気持ちがあったことを述べ、「32年前の事故直後に登った御巣鷹山は、山肌がすべて削り取られ剥き出しの姿が、今も鮮明に脳裏に残っております」と回想。何度も慰霊登山をして読経供養を続けてきた自分たちの思いを青年僧にも受け継いでほしいと願った。
来賓を代表して群馬県議会議長で曹洞宗僧侶の織田沢俊幸氏が「事故を次の世代に引き継ぎ、教訓を生かして安全な郷土の実現に取り組みたい」と挨拶した。
事故で9歳の息子・健ちゃんを喪い、日本航空や政府に原因究明・悲惨さの伝承を要望し続けてきた美谷島邦子さんが講演。「どんなお菓子よりもママのマドレーヌが一番好き」と語っていた息子の声が今でも耳に残っていると吐露。健ちゃんの隣の席に座っていた女性はお寺の娘だったという。何らかの言葉のアドバイスよりも、無言で寄り添うことが悲嘆にくれる遺族の支えになると僧侶らに語りかけた。
光徳寺は事故直後、遺体安置所になった。当時の住職・竹市文成氏は元県議だったこともあり、一報を聞いてすぐに寺に遺体を運ぶように手配。その後、境内には慰霊の地蔵が建立され、塀には犠牲者全員の名前が刻まれた。元高校教諭の竹市住職は「最近は子どもたちも事故のことを知らなくなってしまった。語り継いでいく必要性を痛感しています」と話した。(続きは7月27日号紙面をご覧ください)
2017/8/3 京都・花園大学 次期総長に横田南嶺氏
花園大学は7月26日に学園理事会を開催し、河野太通理事長の任期満了(11月30日)に伴う後任について、臨済宗円覚寺派の横田南嶺管長を選出した。任期は2年。
横田氏は52歳。和歌山県出身、筑波大学卒業後円覚寺で出家し足立大進前管長の弟子となり、1999年に円覚寺僧堂師家。2010年より管長。著書に『祈りの延命十句観音経』など多数。
2017/8/3 伊達政宗生誕450年 人物像一変させる新史料 あきる野市・大悲願寺の古文書
今年は奥州の覇者・伊達政宗の生誕450年。仙台市をはじめ宮城県内外で数々の記念行事が開催中だ。政宗というと「独眼竜」の猛将というイメージが強い。母親に寵愛された実弟を殺害するほどの冷徹な面があったとされる。ところが東京都あきる野市の古刹・真言宗豊山派大悲願寺に伝わる古文書には、そうした見方を覆す記述がある。政宗の人物像を一変させる新史料として注目される。
政宗が当時の大悲願寺住職に白萩を所望した直筆の手紙(東京都文化財)
実の母親による政宗毒殺未遂事件と、政宗自身による実弟小次郎の斬殺事件は、政宗の生涯で最もドラマチックに描かれる場面だ。
ところが大悲願寺の古文書には、「(同寺の)第十五世住職秀雄僧正は幼名鶴若、政宗の末弟」との記述がある。政宗の弟は、斬殺されたはずの小次郎以外にはいない。そこで最近の研究では、「小次郎は生きていた」という説が有力になっている。
加藤章雄住職は「伊達家の男子は政宗と小次郎しかいない。豊臣秀吉に中々臣従しようとしなかった政宗は、秀吉に殺されてしまうかもしれない。政宗は家の存続のために、弟を密かに生かしていたのではないか」と話す。政宗は母親とも生涯を通じて愛情のこもった手紙を交わしており、この二つの事件は見直しを迫られている。
大悲願寺には、政宗が第十三世住職海誉僧正に同寺境内の白萩を所望した直筆の手紙「白萩文書」(都文化財)が現存。政宗はしばしば同寺を訪れており、その親密さがわかる。加藤住職は、「政宗は弟と会うために来ていた。弟思いの優しい武将だったのではないか」と推測。同寺に小次郎が匿われるまでには、徳川家康と増上寺が深く関係するという。もう一つの壮大な歴史ドラマが浮かび上がってきそうだ。
2017/8/3 第34回庭野平和賞贈呈式 ムニブ・A・ユナン師 エルサレムに対話の場作る 庭野氏、「常不軽菩薩を想起」
公益財団法人庭野平和財団主宰の第34回庭野平和賞を受賞したパレスチナのムニブ・A・ユナン師(66、ヨルダン及び聖地福音ルーテル教会監督)を迎えての贈呈式が7月27日、東京・六本木の国際文化会館で挙行された。財団の庭野日鑛名誉会長(立正佼成会会長)は「他者の中に神の顔を見る」というユナン師の姿勢に「常不軽菩薩を思い起こした」と讃えた。ユナン師は「賞を受けることは諸宗教間対話の取り組みから卒業することではありません」と湧かせながら、今後の継続を誓った。約160人が参席し受賞を祝福した。
庭野氏から賞状を受け取るユナン師
選考結果を庭野平和賞委員会のノムフンド・ワラザ委員長(南アフリカ)が報告。聖地エルサレムでパレスチナ難民の家に生まれ、複雑な問題に直面している同地で「ユダヤ教、キリスト教、ムスリムの対話を促進することに献身してきた」と紹介し、「対話の持つ癒しの力」を信じ、宗教を異にする人たちが出会える場づくりに尽力していることを評価した。
庭野名誉会長による表彰状授与でもエルサレムを中心とした地域での対話促進への取り組みを讃えた。同時に「諸宗教間対話・協力活動に携わる世界の人々への力強い励ましである」と各方面への波及にも言及して、ユナン師をねぎらった。賞状に続いて顕彰メダル、賞金目録(2千万円)が贈呈された。
名誉会長挨拶で庭野氏は、歴代受賞者・団体にイスラエルとパレスチナの融和に取り組む個人や団体が今度で4回目であることから、「庭野平和賞委員会および当財団が、中東問題の解決に、深い関心を抱き続けていることが、おわかりいただけるのではないか」と説明した。
さらに庭野会長はユナン師の言葉と態度から「すぐに法華経に説かれている常不軽菩薩を思い起こしました」と口にした。そして合掌礼拝をし続けた常不軽菩薩のあり方を解説しながら「『他者の中に神の顔を見る』という言葉は、こうした仏教の見方とも、根底で相通ずるものがあり、深く共感し、敬意を抱く次第である」と述べた。
ルーテル派キリスト教徒であるユナン師は「宗教の今日的役割」と題して受賞記念講演。「他者の中に神の顔を見るとき、今度は他者が、私たちの中に神の顔を見てくださるのです」と真意を明かし、神の顔を見るのは一方的な関係ではなく、お互いが神を見いだすという双方向性があるとした。(続きは8月3日号紙面をご覧ください)
2017/8/10 みんれび「お坊さん便」Yahoo!にも出店
インターネットによる僧侶手配サービス「お坊さん便」を展開し、仏教界に賛否両論を巻き起こしている葬祭関連企業株式会社「みんれび」(東京都品川区)。同社は3日、日本最大規模のインターネット通販サイト「Yahoo!ショッピング」に定額の格安葬儀プランから成る「シンプルなお葬式」を出店した。ウェブ上に各種葬儀プランの相談窓口を開設。「お坊さん便」の「法事法要チケット」を販売する。
「Yahoo!ショッピング」初の「葬儀サービス」の展開に合わせ、必要最小限・最安値の新プラン「シンプルな直葬」(税込13万3千円)の提供も開始した。
「葬儀に関連する役務サービスの出品については過去に例がありません。今回は将来的な葬儀サービスの販路拡大を見越して、 まずは相談窓口を設けます」(同社広報)。
同社は平成27年12月、インターネット大手通販サイト「アマゾン」に「お坊さん便」を出品。全日本仏教会が「定額のお布施費用3万5千円で僧侶を手配するサービスが宗教行為である葬儀や法事を商品化している」と批判したことで、社会的に大きな注目を集めた。
2017/8/10 仏教伝道協会「一日一訓カレンダー」採用作写真展 平等院で27日まで
カレンダーの言葉を書いた鈴木氏の書道パフォーマンス。巨大用紙に「怨親平等」と書きつけた 仏教伝道協会が刊行する「一日一訓カレンダー」の2018年版に採用された作品の写真展が4日、京都府宇治市の平等院ミュージアム鳳翔館で始まった。写真を募集する「第3回フォトコンテスト」の入選作品32点を展示している。27日まで。平等院の拝観料のみ。
一日一訓カレンダーは、『仏教聖典』(同協会刊)をはじめ経典や各宗祖の著作、ことわざなどから選んだ31の言葉と写真を組み合わせた日めくりカレンダー。1986年から発行している。写真の募集を始めてから3回目の今回は、472人から1172枚の応募があった。
会場では仏教の言葉と写真をパネルで展示。「とらわれないとは 握りしめないこと」の言葉に添えられたのは、掌のように見える赤い花の上で休む小さなアマガエルの写真。「何時でも自由に飛び出すことができる感じ」と評価され採用された。審査員長の写真家石黒健治氏によると、「イメージが大切。あまり図解とならない写真を選ぶよう気をつける」という。
初日の4日、カレンダーの言葉を書いた書家の鈴木猛利氏(33)が書道パフォーマンスを披露。縦10㍍横1・6㍍の巨大用紙に、「怨親平等」と力強く書きつけた。「これまで体験したことを書くようにしてきたが、経験を超えて多くの言葉に出会えた。戒めとしていきたい」と鈴木氏。印象に残ったカレンダーの言葉は「散る桜 残る桜も 散る桜」。
採用作品の写真展は築地本願寺(東京・中央区)でも開催している。関西では初めて行った。平等院の神居文彰住職は、同協会の仏教を伝える事業に賛意を示した上で、「この企画を聞き、どうしても平等院で開きたいと思った」と強調。同協会の生田忠士常務理事は「人生の道しるべとなるメッセージが多い。心を見つめ直す機縁になれば」と話した。
同協会は2019年用のカレンダーに掲載する写真を募集している。採用者には賞金が贈られる。表紙1人に賞金10万円、入選者31人に5万円。締め切りは8月31日。詳細は同協会ホームページで確認できる。問い合わせは同協会(電話03―3455―5851)まで。
2017/8/10 比叡山宗教サミット30周年「平和の祈りの集い」 核廃絶と脱原発鮮明に
隣同士と青少年が手をつないで平和の交歓。平和への願いが超宗派で次世代に伝えられた 比叡山宗教サミット30周年を記念して8月3・4の両日、京都市内と滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺で「世界宗教者平和の祈りの集い」が開催された。参加者の意見を集約した「比叡山メッセージ2017」では、30年前の宣言を再提示しつつ、「宗教者の連帯の絆をいっそう強め、『忘己利他』の精神で平和のために献身することを誓う」と表明した。サミットには18カ国24人の海外招請者をはじめ、3日の開会式典やシンポジウムには2000人、4日の比叡山上での祈りの式典には1300人が参集した。主催は日本宗教代表者会議。
8月4日の比叡山上の特設ステージ。中央には30周年をモチーフにした3つの輪と平和を象徴するオリーブの木、そして前日の鎮魂の祈りに出席した宗教指導者が平和へのメッセージを書き込み自ら折った折鶴を収めたオーブ(球体)が安置された。
国内外の宗教指導者が名前を呼ばれるとひまわりを手に進み、子どもたちに手渡してから登壇。ひまわりは後に輪となってオーブの下に荘厳された。宗教指導者の最後に日本宗教代表者会議名誉議長の森川宏映天台座主がゆっくりと歩を進めてステージに上った。
午後3時30分。山上にある平和の鐘が撞かれ、その音色を合図に静かに平和の祈りが捧げられた。
引き続き、主催者を代表して森川座主(日本宗教代表者会議名誉議長)が挨拶。節目となった今回の集いに「感無量」と吐露。一方で最近の自国優先主義や東アジア地域の核の脅威を憂慮の念を示しながら、「世界を覆いつつある排除と孤立ではなく、相互理解と連帯こそが、人類に平和と繁栄をもたらすものであることを世界に示したい」「信仰を持つもの同士の連携と信頼がより深くなり、固い絆で結ばれ、そのことが人類の未来と平和の実現につながることを心から念じてやまない」と世界の宗教者の団結と行動を訴えた。
子ども代表2人によるメッセージも発表され、一人は「世界の人々と仲良く暮らそう」、もう一人は「尊いいのちを大切にしよう」と呼びかけた。天台青少年が会場に分け入って参加者と一緒に手をつなぎ平和の交歓が行われ、結んだ手を高々と天に突きだし、平和への願いを表現した。
「比叡山メッセージ2017」を同会議名誉顧問の庭野日鑛立正佼成会会長が発表。1986年10月のイタリア・アッシジでの「世界平和祈願の日」、1987年8月の比叡山宗教サミットの歴史を振り返りつつ、テロや環境問題といった今日の課題に言及。また核兵器の廃絶のみならず、原子力発電所事故の経験から「将来世代にきわめて大きな負荷を及ぼす原子力の利用の限界を深く自覚しなければならない。我々は核廃棄物を残す核エネルギーの利用に未来がないことを強く訴える」と踏み込み、脱原発の姿勢を鮮明にした。(記事全文、ならびに関連記事・特集は紙面でご覧ください)
2017/8/17・24 東工大「現代と社会と宗教」シンポ 生きづらさ超えられるか オウム事件以降の現象討論
宗教的視点で現代社会を考えるシンポジウム「現代の社会と宗教1995~2017」が16日、東京都目黒区の東京工業大学で開催された。同大リベラルアーツ研究教育院が主催し、上田紀行教授(文化人類学)、池上彰特命教授(ジャーナリスト)、弓山達也教授(宗教学)、中島岳志教授(政治思想)が生きづらさやスピリチュアリティ、超越性などをキーワードに現代社会を論じた。
東工大の教授陣が社会問題を宗教の視点から提起
当日は定員250人の会場が用意されたが、大幅に超える700人が来場。急きょ第4会場まで増設されるなど、宗教への関心の高さをうかがわせた。「役に立つ」ことに重きを置く風潮や科学技術が大きな力を持つ時代にあって、理系大学として「リベラルアーツ(教養教育)」を深める意義を上田氏が問いかけてシンポがスタートした。
まずは中島氏が「1995年論」を展開。阪神淡路大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件、戦後50年の村山談話などがあった同時代に読まれていた漫画「リバーズエッジ」(岡崎京子)や書籍「完全自殺マニュアル」(鶴見済)、「戦争論」(小林よしのり)を挙げながら若者たちに広がった「生きづらさ」を読み解いた。生を支える宗教はオウム真理教事件で「言葉を失い」、その代替として、現在の右派的な政治思想の流れがあるとも位置付けた。
池上氏は現在のISの「自爆テロに参加したい」といって世界中から若者が集まる背景にも「生きづらさ」があると指摘。日本でもかつて過激派テロがあったが、「人生について考えている者が共産主義の過激派になっていた時代。今は過激派がイスラム化したという考え方もできる」との見方を提示した。(続きは8月17日・24日合併号紙面をご覧ください)
2017/8/17・24 五百羅漢寺で原爆追悼会 移動演劇「桜隊」偲ぶ 〝演劇と戦争、対極にある〟
広島で被爆して亡くなった「移動演劇桜隊」の追悼会が6日、東京・目黒区の五百羅漢寺で営まれ、遺族や関係者が集った。桜隊原爆忌の会主催。犠牲となった劇団員9人を悼む「原爆殉難碑」前で法要が執り行われた後、今夏に『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)を上梓したジャーナリストの堀川惠子さんが講演した。桜隊から演劇と戦争について話す堀川さん
昨年11月に桜隊の演出家で9人の遺骨を拾って歩いた八田元夫氏が遺した資料が早稲田大学演劇博物館で見つかった。以前に桜隊のドキュメンタリーを製作した堀川氏は、「演劇界の歩みがどういうものだったか。なぜ彼らは8月6日に広島にいなくてはならなかったのか。遺された方はどんな思いで戦後を生きたのか。改めて挑む機会を与えられた」と資料に向き合った。
堀川さんは大正14年の治安維持法制定から始まった演劇界での国家統制の経緯を解説。台本の検閲、観客の身元調査、昭和15年の一斉検挙、国策としての移動劇団結成。桜隊もこうした統制下のなかで舞台を続け、広島で原爆に遭った。
堀川さんは共謀罪が成立した現代にも重ねながら「昔話を書いている気持ちにはなれなかった」と振り返り、「八田さんは自分は被害者だと思っていたが、よくよく振り返ると、彼の場合は5・15事件で政党政治が崩壊し軍部にとって代わるあの瞬間までに抵抗しなかった、という結論に至った。非積極的な加害者でもあった、と」と八田氏の言葉を自省も込めて紹介。「世の中が戦争に向かえば声をあげて反対出来る人はほんの一握り。戦争になってからでは遅いと骨の髄まで感じておくべきだ」と強調した。
演劇が「人間が生きる」ことをテーマにし、それが人を魅了していると堀川さん。「戦争とは間反対にある。戦争は人間を殺すこと、この一語に尽きる。戦争の対極にある演劇に力がある限りは大丈夫なのかなと期待を抱いている」と話した。
追悼会では桜隊の舞台「残花」を演出した詩森ろばさん、長崎の爆心地で死体処理にあたった体験を瓜生正美さん(劇作家・演出家)がその体験を語るなど、桜隊の殉難に思いを寄せ、戦争と平和について考えた。
2017/8/17・24 新宗連青年会 8.14式典に2200人 「祈りと行動」継承表明
新日本宗教青年会連盟(新宗連青年会)は14日夕、東京・国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第52回「戦争犠牲者追悼並びに平和祈願式典」を執行。絶対非戦への誓いを新たにすると共に、次世代への「祈りと行動」の継承を表明した。青年女子55人が六角堂に灯りを献じた
新日本宗教団体連合会(新宗連)の最重要行事と位置づけられている「8・14式典」。昨年に続いて新宗連青年会の主催となった。時折、小雨がぱらついた式典には2200人が参集した。
今年新たに納められた2400余柱を含め約36万7300余柱の遺骨を奉安する六角堂前に設置された来賓席には、大島理森衆院議長、現役閣僚の加藤勝信・一億総活躍担当大臣、民進党の蓮舫代表をはじめとする国会議員、諸宗教代表者らが参席した。
主催者を代表して新宗連青年会の岩渕明大委員長(松緑神道大和山)が挨拶。今式典の意義を説くながら、「戦争を体験していない私たち青年は、世界平和と絶対非戦への信念を深めるための学びも大切にしなければならない。そのために、この式典を継承していくことこそが、平和を『祈る心』を育み、平和を求め続ける信念・姿勢・行動をより強固なものにしていくと信じ、次世代へのさらなる継承を目指していく」と宣言した。(続きは8月17日・24日合併号紙面をご覧ください)
2017/8/17・24 『教誨師 関口亮共とBC級戦犯』本堂で発見の新資料を発行 死刑囚の「手記」や遺族の「手紙」など
「先生にお目にかかって、くわしいお話をお聞きしましてから、家中の者は安心致しました」――ここに登場する先生とはBC級戦犯の教誨師だった関口亮共(1913―1982天台宗)を指す。これまで戦犯教誨師としての活動がよくわからなかった関口教誨師の事績を明らかにした著作『教誨師関口亮共とBC級戦犯―シンガポール・チャンギー刑務所一九四六―1947』(布川玲子・伊藤京子編著)が今夏、日本評論社から発行された。埋もれていた戦後史の一端に光がさしたが、一方で帰国後の関口の苦悩が窺い知れる。戦犯教誨師・関口亮共の足跡を記録した書籍と、BC級戦犯裁判について記録した私家版の『印度洋殉難録』。
川崎大師駅から川崎大師平間寺に向かう参道の途中の北側に天台宗明長寺(松田亮寛住職)がある。関口が住職をしていたこの寺の本堂から菓子箱のようなものが三箱が出てきた。2年前のことである。編者の伊藤さんは関口の孫にあたり、長年手つかずの場所を整理しているさなかの発見であった。「亮共が教誨師として担当した元BC級戦犯死刑囚が書き残した『手記』や、亮共が絞首台での最期を見届けた刑死者からの『手紙』などである」(本書)
伊藤さんは、関口の小学校時代の教え子である布川さん(元山梨学院大学法学部教授)と話し合い、公開することとした。昭和55年(1980)生まれの伊藤さんは、記憶のない祖父の“戦争体験”と対峙することになった。「私を含めてBC級戦犯の存在は世の中で知られていないのがわかりました。教誨師という言葉すら知らない人もいた。けれども私の拙い説明でも興味を持った人もいました。5700人が裁判にかかり、約千人が死刑になったことを話すと、そんな大変なことがあったんですかと驚く人も。祖父に対しては、戦犯のためによくやったんですね、讃えてくれました。関心を持ってくれる人がいて良かったです」関口亮共
昭和18年(1943)6月、30歳の時に臨時召集された関口はシンガポールに派遣され、現地で終戦を迎えた。シンガポールのチャンギーでは英国による戦犯裁判が開廷された。それに伴い、チャンギー刑務所に教誨師が誕生した。前任者は松浦覚了(大谷派)である。一緒に活動していた時期もある。期間は昭和22年(1947)5月頃から翌23年2月25日まで。編著者の計算では87人の刑死者を見送った。
英国裁判は、日本に厳しかった。全体ではオランダの273人に次ぐ254人が死刑。そのうちチャンギーでは129人。すなわち関口はチャンギーの7割近い人を担当したのである。おそらく戦犯教誨師の中では最多であろう。
仏教タイムスは平成24年(2012)4月26日付けで「チャンギー殉難碑 30回目“最後の”慰霊祭」というレポート記事を掲載。関口の後を継いだ田中日淳(本隆)の足跡やチャンギー殉難碑について報告したが、その中で関口についても言及し、「関口の戦犯教誨活動は、ほとんど知られていない」と記述した。それが今回の公刊で具体的な活動が明らかになった意義は大きい。(続きは8月17日・24日合併号紙面をご覧ください)
2017/8/31 仏教看護・ビハーラ学会第13回大会 自然な最期へ何もしない医療 刑務所医療が問う「繋がり」 台湾の事例報告 解剖学習前に献体者の人生学ぶ
日本仏教看護・ビハーラ学会(若麻績敏隆会長=浄土宗白蓮院住職)の第13回年次大会が26~28日、千葉市中央区の淑徳大学千葉キャンパスで開催された。今大会テーマは「繋がりと癒やし」。26日には台湾・慈済大学の曾園藩副学長が解剖学習における献体者やその遺族との関係性を深める取り組みについて特別講演。「医療福祉と宗教」をめぐる討論会では、看取りの在り方や宗教の役割、臨床の場に表出する宗教性について議論を深めた。
曾園藩氏は仏教団体の慈済基金会が運営する慈済大学医学部のカリキュラムである解剖学習の実践を紹介。同大では医学生が解剖実習の前に献体者の遺族を訪問し、その人の生涯や家族について調査をしてから臨む。献体者は「無口の先生」と位置づけられ、実習前には遺族と共に感謝を捧げる儀式を営む。実習を終えると献体者の体を元の姿に戻し、納棺・出棺・火葬の儀式を行い、遺骨の一部は大学記念館に納骨する。学生たちの発案で、遺族との追悼集会も開くなど、グリーフケアにつながる取り組みをしているという。
曾園藩氏は「教育では人との関係性が形成されることが大切だ」とし、医療の知識や技術だけでなく、「遺族や献体者の関係づくりによって、医学生が一人の人間として社会とどう関わっていくのか、自分の責任がどこにあるのか。共感を養い利他主義的なあり方としての気づき、内面的な部分での教育の効果も期待できる」と話した。(続きは8月31日号紙面をご覧ください)
2017/8/31 大谷派 御影堂門前を初ライトアップ 荘厳な姿 暮夜に浮かぶ
真宗大谷派本山東本願寺(京都市下京区)の御影堂門が25日、初めてライトアップされた。高さ国内最大級の山門の荘厳な姿が暮夜に浮かび上がり、多くの通行人が足を止めて見入っていた。初めてライトアップされた東本願寺の御影堂門
同寺や西本願寺、JR京都駅一帯で26日に開かれた「下京・京都駅前サマーフェスタ」の前夜イベントとして、1日限定で同派が実施した。以前から門前町や近隣商店街から要望があった。フェスタ開催に伴い同寺前の道路が封鎖されるため、安全と判断し実現した。
日没後の午後7時前、御影堂門の左右から一灯ずつの照明が当てられた。設置した会社「サウンドクルー」の田中喜和代表は、「日本一高く存在感のある山門。できるだけ光を弱くして厳かな雰囲気を残した」と説明。金飾りや軒先、組物の白塗り部分が柔らかな光を放っていた。
御影堂門前の緑地帯にある噴水もライトアップ。屈折によって七色に輝きながら噴き出す水が暗闇に彩を添えた。通りがかったという神戸市の男性(25)は、「人だかりに気づいて見に来た。幻想的な雰囲気」と話した。
2017/8/31 WCRPいのちの森プロジェクト 植樹前に竹処分から 「1人が1本の木を植える」 所沢市上山口「トトロの森」隣接地
(公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の気候変動タスクフォースはこの夏から「いのちの森づくりプロジェクト」を実動した。埼玉県所沢市上山口の約3千坪の山地に、3年をかけて地球温暖化を防止するための植林をするもの。2014年の第8回アジア宗教者平和会議仁川宣言で「1人が1本の木を植える」と提唱されたのをきっかけに、特に薗田稔理事(埼玉県・秩父神社宮司)の肝煎りで進められている。下草を刈り、伐採した竹を処分して植樹への下準備をしていく
7月23日の初回に続いて8月20日、第2回ボランティアが行われた。参加者は日本委事務局の男性4人と、ボランティアとして立正佼成会目黒教会の男子高校生1人(+記者1人)。実務指導に協力してくれるのは所沢市職員として長く公園や緑化に携わってきた長谷川悦夫さん。合計7人での作業となった。
西武球場前駅から車で10分弱。世界的に人気の「トトロの森」の隣接地がいのちの森である。夏から秋は冬の植樹に向け、下準備をする期間。雑草を刈り、伐採後放置されている竹の処分をする。長谷川さんが電動草刈り機のコツを指導し、参加者は腰の力の入れ方などを体で覚えていった。まだ竹藪状態のいのちの森予定地。3年後には見違える姿に
伐採された竹は数メートルもの長さで、しかも数百本があちこちに積み上げられている。これを処分しないことには植樹どころではない。ノコギリで1メートル弱程度に分解していき、とりあえず穴に埋めていく(後日焼却)。この日、朝からいきなり電気ノコギリが故障するというトラブルがあったため、手動のノコギリでギコギコと切っていくことになった。
森の中は湿度も高く、竹1本をバラバラにするだけでもものすごい汗が噴き出る。さらに難儀させられたのは、前日の大雨で藪蚊が大量に発生したためか、軍手や厚手のジャージで防御していても刺されてしまうことだった。「竹の節の中に水がたまっていて、そこにボウフラがわき蚊が出てくるんです。それを切るんですから刺されないわけがない」と日本委の篠原祥哲さんは汗を拭きながら語る。蚊取り線香を腰に下げるのは必須だった。
苦労は多いが「ここに山桜があったら綺麗だろうね」など、完成予想をワイワイ話しながらの作業は楽しみでもある。青少年参加者には自然と触れ合う情操教育にもなりそうだ。とはいえ「50人くらいいたら作業もはかどるんだろうけど…」との声も。ボランティア参加者が増えることが目下の課題の模様。次回は9月9日に行われる。
2017/9/7 映画『禅と骨』上映始まる 日系米国人禅僧ヘンリ・ミトワの生涯
今月2日からドキュメンタリー映画『禅と骨』が公開された。禅とは何かを追究するストーリーではない。横浜生まれの日系アメリカ人禅僧ヘンリ・ミトワ(1918―2012)の波乱の人生を追ったものだ。だが、見終わるとタイトルの意味を納得するに違いない。
ミトワは日米開戦前年、米国に渡った。開戦後は強制収容所で暮らし、結婚もした。日本では特高から目を付けられ、米国ではスパイと怪しまれた。
戦後、米国に臨済禅を広めた先駆者である千崎如幻(1876―1958)から「清泉」という僧名を授かった。1961年日本に帰国し、京都の妙心寺を経て1973年から天龍寺の僧侶となった。お茶や陶芸に勤しむ風流人であり、映画製作を願った夢想家としての一面もある。
ドキュメンタリーの途中で再現ドラマが入る。このドラマこそがミトワという人物とその時代を理解する上では欠かせない。ウェンツ瑛士が青年ミトワを好演。ミトワにとって終生意識から離れなかった母親を余貴美子が演じる。
未来よりも過去にこだわったミトワ。その一つが家系図の作成だ。禅宗では師と弟子の法脈を記した「嗣書」を大切にする。米国在住の長男は家系図にさほど興味を示さない。ミトワにとって家系図はアイデンティティであり、禅的な「嗣書」だったのだろうか。
過去にこだわるもう一つが童謡「赤い靴」をモチーフにした映画製作だった。童謡のストーリーに母親と自分の関係を擬したような認識がみられる(詳細は映画で確認を)。
さらに注目したいのはミトワの「死」。看護する家族、納棺された遺体、葬儀、火葬、遺骨、天龍寺境内にある永代供養墓への納骨といった流れを正面から捉える。納骨の際には骨壺から取りだし肉親の骨と一緒に埋葬した。永代供養墓は最近の流行だが、伝統や習慣に即した儀礼は一見の価値がある。
最後の場面で横浜タワーの横に巨大観音像が姿を現す。禅僧ミトワの願いを監督がかなえたのだろう。監督は『ヨコハマメリー』の中村高寛。127分。全国で上映中。(敬称略)
2017/9/7 印度山日本寺・北河原公敬第6世竺主(東大寺長老)の晋山を祝う 宗教福祉事業の認知を呼びかけ
聖地ブッダガヤ復興に協力を呼びかける北河原公敬竺主公益財団法人国際仏教興隆協会は4日、京都市内のホテルで今年1月にインド・ブッダガヤの印度山日本寺第6世に就任した北河原公敬竺主(東大寺長老)の晋山祝賀会を開催した。近年、日本寺の存在や同協会が現地で行っている宗教福祉事業について知らない人が増えていることから、北河原竺主は「より多くの人々に日本寺を知ってもらえるよう努力していきたい」と抱負を述べた。
祝賀会には、村上太胤・薬師寺管主や狹川普文・東大寺別当、仲川げん・奈良市長など約280人が出席。村上管主は「仏教徒の一番の聖地に日本寺があるのだとご承知をいただき、2度3度お参りをしていただきたい」と念願した。狹川別当は北河原竺主の人となりを「強靭な精神力を持ち、何事にも慌てず、次のことにもしっかりと向き合う。見習うことが多い」と述べ、北河原竺主の下での日本寺の発展に期待を寄せた。
同協会は昭和43年(1968)に宗派を超えた賛同により設立。仏恩報謝と聖地ブッダガヤを護持してきた住民への感謝を込め、困窮する人々への布施の実践として、無料の幼児保育施設や施療院等の宗教福祉事業を行ってきた。日印友好親善のため、日本の情報や仏教文化を発信する仏教学東洋学研究所(IBOS)も建設中で、10月中の完成を目指している。
しかし、近年は日本国内での認知度の低下から支援が減り、事業継続は年々困難になっている。現地で100万人以上の診療実績がある「光明施療院」は、インド国内の法改正や財政難のため休診中だ。現在、協力団体の全日本仏教婦人連盟と協議し、新たな方向での医療支援を模索している。
北河原竺主は、1973年の日本寺本堂の落慶法要を振り返り、「施食で人々にお菓子を配ることになっていたが、あまりの人の多さに現地のスタッフが棒きれを使って並ばせていた。それが今でも目に浮かんで」と困窮する住民の姿を回想し、涙で言葉を詰まらせた。
聖地ブッダガヤ復興への協力を呼びかけ、自身の竺主就任については「日本寺がこういうことをしているのだと、大勢の方に知っていただく。その役目があると思っている」と身も心も引き締めた。
2017/9/7 京都・本山佛光寺 戦没者の遺骨で造像した「御骨仏」を66年間安置 制作者は不明
寝殿に安置される阿弥陀如来像の御骨仏 戦争で亡くなった人の遺骨で造られたとされる「御骨仏」が、京都市下京区の真宗佛光寺派本山佛光寺に安置されている。戦没者に阿弥陀如来と深くご縁を結んでほしいとの遺族の願いは、66年経った今も大切に伝えられている。
太平洋戦争以降、門徒らの戦没者が増えた。佛光寺は戦時中の措置として院号法名を授け、作った位牌を寝殿の両脇に設けた壇に安置した。
戦後、戦没者の遺族から遺骨が佛光寺に持ち込まれるようになった。その無念が受け止められ、荼毘に付した位牌の灰とともに、粉状にした遺骨で御骨仏が造られたという。「本山で追悼してほしいとの願いに応えたのだろう」。元宗務総長で西徳寺(東京・台東区)の大谷義博最高顧問(80)は、そう伝え聞いたと語った。
「殉国者位牌荼毘法要」は昭和24年(1949)4月11日に執行。それから2年後の同26年4月8日に開眼法要が営まれ、寝殿に安置された。像高は約50㌢。制作者は不明だ。佛光寺職員によると、約20年前に御骨仏に手を合わせたいと訪れた人がいたという。
櫻井佛像彫刻工房(京都市中京区)の仏師・櫻井覺山代表は御骨仏の写真から、遺骨をまぜた石膏を盛り重ねたのではないかと推測する。両手以外は仏師の作ではないようで、古典的な衣紋から判断すると、手本とした仏像を模して造られた可能性もあると分析した。
現在、浄土宗一心寺(大阪市天王寺区)が遺骨で御骨仏を造ることで知られるが、櫻井氏は仏像と遺骨には密接な関わりがあると指摘する。古来、胎内に遺骨などを納めた仏像は多くあり、櫻井氏も補修を依頼された鎌倉初期の仏像の頭部から、毛髪や骨と見られる炭が出てくる経験を何度かした。櫻井氏は、「こうした例は数えきれないほどある。人の魂を弔うためにも仏像は造られてきた」と話した。
佐々木亮一宗務総長(73)は、渋谷惠照門主(92)も折に触れて御骨仏を気にかけていると述べ、「教団は当時、遺族の悲しみに寄り添う方法を模索したのだろう。伝えられてきた思いを大切に守っていきたい」と語った。惠照門主の夫で29代門主の真照上人は、「南太平洋戦没者慰霊団」として太平洋戦争の激戦地サイパンやグアムを巡拝している。奥博良元宗務長の記録によると、サイパンで亡くなった人の遺骨が佛光寺に安置されているという。
2017/9/14 大谷派宗議選 全65議席決まる 名古屋、高田、日豊で選挙戦
任期満了に伴う真宗大谷派の宗議会議員総選挙は11日に期日を迎え、定数65人の顔ぶれが決まった。届け出締め切りの8月30日までに現職50、新人17、元議員1の計68人が立候補した。30選挙区のうち選挙戦となった3選挙区で同日、投開票され、名古屋は現職3人と新人2人が当選し、新人1人が落選。高田は現職と新人の2人が当選、現職1人が敗れた。日豊でも現職と新人の2人が当選し、現職1人が落選した。任期は17日から4年間。(続きは9月14日号紙面をご覧ください)
2017/9/14 興正寺問題 名古屋地検が家宅捜索 元住職を背任容疑で聴取
名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺の梅村正昭元住職が、80億円もの寺有財産を外部に不正流出させたとされる問題。名古屋地検特捜部は12日午前7時半、宗派から除名(僧籍剥奪)された元住職が「不法占拠」を続ける寺務所や元住職の自宅をはじめ、複数の関係先の家宅捜索に入った。元住職と息子の梅村昌寛元副住職には任意同行を求めるなど、強制捜査を開始したことが関係者への取材でわかった。背任容疑で元住職から事情聴取を進めているとみられる。
宗派の特任住職(添田隆昭宗務総長)側は昨年9月、梅村元住職が中京大学への寺有地無断売却(平成24年)で得た138億8千万円の多くを、自ら選任した元責任役員らと結託して寺外に流出させたとして、元住職と元責任役員らを背任・横領罪で名古屋地検に刑事告訴。以来、「空前絶後の〝寺有財産の横領による寺院乗っ取り〟の手口の全容解明」(宗派関係者)を期待してきた。
寺有地巨額売却の意図
梅村元住職側は裁判で、隣接する中京大学に138億8千万円で売却した寺有地(6万6358㎡)について、「同大の敷地として50年にわたって貸していた」として、「管長の許可を受けるべき不動産の処分は、境内の土地の処分であり、境外地として大学に賃貸しており、半永久的に境内地として使用することができない土地がこれに含まれると考えていなかった」と弁明。過失行為に過ぎないと反論した。
だが中京大学からの借地料収入は年間3億円で、利益率は売却収入138億8千万円の約2・16%に及ぶ。宗派関係者は、「売却するよりも賃貸していた方が寺院運営にはプラスになると判断するのが普通だ」として売却意図を疑問視。実際、売却収入の多くを息子である元副住職や元責任役員の関係会社などに流出させていたことが国税局の税務調査で発覚したことから、「最初から架空契約を結んで、寺有財産を山分けするつもりだったのは明らかだ」と憤る。
2017/9/14 大学仏青連合が初の合宿 首都圏の仏教系・一般大学から60人 青年の主張で熱弁も
昨年、首都圏の仏教系大学・一般大学の仏教青年会サークルで結成された「大学仏教青年会連合」の初の合宿が7・8の両日、東京都大田区池上の日蓮宗宗務院を中心に開催された。「世界仏教瞑想の旅」をテーマに学生ら約60人が参加し「智慧と慈悲」を深めた。
国際禅布教への思いを語る駒大の江川さん
顧問の一人、蓑輪顕量東京大学教授は昨年タイのチェンマイで開かれた「青年仏学検討会議」に世界中の仏教青年700人近くが来場したことに圧倒され、同じことを日本でできたら良いと思ったことがきっかけだったと挨拶した。
初日の瞑想はタイ、バングラデシュ、台湾佛光山といった海外の僧侶の実践指導のほか、臨済禅、日蓮宗の唱題行、インド哲学に基づくヨーガを実体験した。宿泊は宗務院に近い本山大坊本行寺で、朝は日蓮聖人御臨終の間において勤行に参加した。
2日目は、福島市に置かれている曹洞宗復興支援室分室主事の久間泰弘氏が、行茶や子どもの悩みの電話相談など東日本大震災復興支援活動を報告。「他者に寄りそうことは困難であると体感した活動者は私自身を含め少なくない。しかし、だからこそ身を置いて活動する大切さも学んだ」と、慈悲の実践を促した。就職活動が仏教に向かう転機になった早大の秦さん
大学仏青らしく「青年の主張」コーナーも。駒澤大学2年生の江川正司さんは、5月にフランスで行われた曹洞宗ヨーロッパ布教50年行事に参加したことを報告し、欧州に布教の種を播いた故・弟子丸泰仙師を鑽仰。カトリック信徒が坐禅するために禅道尼苑へ何年も通うことに驚いたという。
仏教はもはや日本やアジアだけのものではなく世界中の人に開かれなければと国際布教の必要性を語り、「葬儀や先祖供養、御祈祷で人々に安心してもらうのはとても大事なこと。それと同時に仏教や禅宗の本質に戻り、人々と歩むことも僧侶としては欠かせないと実感しました」と熱弁をふるった。
早稲田大学4年生で、広告代理店に就職が決まっている秦正顕さんは、真宗興正派寺院の長男として生まれた。大きな期待を浴びながら育てられてきたが「仏教はよくわからない、お寺を継ぎたくない」と敷かれたレールの上を歩きたくなかったという。
しかし、就職活動が転機となり遠ざけていた仏教を改めて勉強すると愛別離苦などの思想が「生き物のように自分の中に入ってきた」。仏教は間違いなく今の人々に伝わるべきものだと確信したが「まだ、僕にとってなくてはならない存在ではない」と率直に告白。一方でこれからも勉強して、社会の荒波の中で仏教を体得し自分の言葉で仏教を語れるようになった時にお寺に戻ろうと思っていると夢を語った。
仏教講談の名手、神田蘭氏が西行法師と樋口一葉を主人公にした講談を披露。巧みな話芸に法話へのヒントを多くつかみ取った。最後はバングラデシュ僧侶のジュティ・ラキット氏が導師となって結願法要が営まれた。
顧問の佐久間秀範筑波大学教授は「企画や準備、当日の進行など学生が本当に一生懸命やってくれた。来年も開催予定です」と手応えを口にした。青年会連合は、東大・早稲田・慶応・東洋・武蔵野・駒澤・立正・大正の8大学の青年会が正式参加しており、今合宿には京大、筑波の学生も個人参加した。
2017/9/21 本願寺派 規模縮小して千鳥ヶ淵法要 台風18号で諸行事中止も 石上総長が「平和宣言」奉読
関係者のみで営まれた追悼法要後、六角堂から退堂する石上総長〈中央〉と安永宗務長 浄土真宗本願寺派は18日、東京都千代田区の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で第37回千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要を関係者で営んだ。台風18号の接近に伴い、参拝者の安全確保と会場設営の関係で諸行事は中止となったが、今年も平和の鐘を鳴らし、石上智康総長が「平和宣言」を奉読した。
非戦の誓いを新たにする「平和の鐘」が鳴り響くなか、石上総長、安永雄玄・築地本願寺宗務長が入堂。初めに石上総長が「平和宣言」を奏上した。この中で、今なお続くテロリズムなどの暴力の頻発、経済格差・社会的な不平等、少数者への差別といった平和の課題を列挙。「私たちの自覚されていない愚かさ、排他性をもった自己中心的なあり方こそが、社会に不平等を、差別を、孤独を生み出している」としたうえで、「仏さまのお覚りの真実をよりどころとして、『平和』な社会が構築されるよう歩み続けていかなければなりません」と誓いを述べた。
安永宗務長を導師に法要を営み、正信念仏偈を読誦。その後、参拝した関係者らが焼香した。
台風18号の影響で例年行われていた、宗門関係学校の生徒による作文の朗読や仏教讃歌の斉唱などは直前になって中止が決まった。当日は台風一過で晴天となり関係者での勤行を行うことになったが、毎年のように千鳥ヶ淵に参拝している門信徒も数名訪れたほか、午前中には前日に行われた「平和フォーラム」や「平和の集い」に参加した教区の団体参拝もあった。
2017/9/21 日本宗教学会公開シンポ「歴史のなかの大学と宗教研究」 近代宗教学と宗門教学に葛藤 仏教学「教団による教団のもの」
日本宗教学会第76回学術大会の公開シンポジウム「歴史のなかの大学と宗教研究」が15日、文京区の東京大学で開催された。明治38年(1905)、世界的にも早い時期に宗教学の講座が東大に開設されて以降、各大学で広く学術的宗教研究が進展。西洋の科学的研究法を導入した近代宗教学が、日本の宗教に与えた影響などを議論した。近代宗教学の黎明から今後の展望まで討議した
鶴岡賀雄・東大教授は、「近代日本の大学における宗教研究の性格とその変遷」のテーマで提題。東京帝国大学宗教学講座の初代教授、姉崎正治が提唱した「宗教学とは宗教の現象事実を研究する学」で「一宗一派に偏るものではない」という定義を振り返り、現在まで続く宗教学研究の最低限の原則として「自己の信じる特定の宗教が最高であると主張し、論証し、宣揚することを目的とする研究は慎むこと」を挙げた。
東大をはじめ各帝国大学で宗教学研究が行われるようになるが、大正7年の大学令による拡張期に入ると大学として認可された私学の旧専門学校でも研究を開始。仏教系でも各宗門がそれぞれの学林を宗教系大学に組み替えたが、「西洋由来の批判的な科学的研究に対して、伝統的な宗門の教えを西洋文明、帝国大学の権威のもとにどう関わらせるのか、という葛藤が生じた」と分析した。
コメンテーターの林淳・愛知学院大学教授は、日本宗教学の特質を提起。「西洋では宗教学と仏教学が一体化していたが、日本では仏教教団があるから仏教学を分離した。日本の宗教学は仏教学を失ったままスタートせざるをえなかった」と述べ、「近代日本の仏教学の受容は、仏教教団による、仏教教団のためのもの」だったと位置付けた。
島国である日本の文化や宗教は、「ガラパゴス化する」と指摘。「日本独自の儒教や陰陽道、神道、かくれキリシタン、鎌倉仏教、修験道などの日本の宗教をどうやって普遍化するかが近代の知識人の課題だった」とした。
フロアから中野毅・創価大学教授が発題。「明治以降に新宗教が多く誕生するが、一番勢いがあったのが天理教」として天理教の中山正善・第2代真柱が東京帝大の姉崎教授のもとで学んだことを挙げ、「これにより天理教を合理的な教義に改革していった。宗教学の大きな成果だった」とした。
信仰者として宗教学を学んできた自身の体験も回想。「自分の信仰を相対化し、広い視野で見直すことができた。日本の宗教学の発展のためには様々な新宗教から研究者を集める、もしくは新宗教の発展のために宗教学が尽力することが大事」と持論を展開した。
2017/9/21 〈共生特集2017〉 活動レポート
遠州仏教積善会・浜松仏教養護院 セーフティネット100年超 教誨活動を淵源に弱者救済 救護施設から看取り施設まで
100年以上もの間、セーフティネット一筋に取り組んできたのが静岡県浜松市の寺院だ。社会福祉法人遠州仏教積善会(中区鴨江)は、日本の保護司制度の祖とも言われる実業家の金原明善が1880年に僧侶に依頼して静岡監獄所で教誨活動を始めたのを淵源とし、1913年に臨済宗方広寺派大本山方広寺の所有地に「遠州積善会」を設立、21年に現在地に移転された。理事・評議員には宗派を超えて7寺院の住職らが名を連ねる。慈照園のロビーにて、左右田雅子園長と左右田泰丈理事長
戦前は受刑者の教誨、出所者の社会復帰支援が行われたが、戦後の日本全体が困窮していた時代には生活保護法に基づく更生施設「慈照園」として再出発。慈照園は現在では同法にいう「救護施設」となっている。
「救護施設の知名度はほかの保護施設に比べ高いとは言えません」と解説するのは左右田雅子園長。生活保護法の定義では「身体上又は精神上著しい障害があるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所させて、生活扶助を行うことを目的とする施設」で、経済的な問題を含め生きるのが困難なすべての人に門戸を開き、健康で安定した生活を営めるようにする施設だ。
慈照園には現在、精神障がい者を中心に45人が入所している。園内は自由時間がたっぷりあり、文化・スポーツのクラブ活動も活発。大会での入賞経験者も多い。もちろん、社会復帰を目的とする施設なので賃作業もある。お菓子の箱作りや、自動車の部品のバリ取りなど、平日は1日4時間の作業。みな、おそろいのユニフォームを着て真剣な表情だ。賃金は人によるが1カ月で2千円から8千円ほどで、昔に比べると収入は低くなっているとのことである。生活保護や障がい者年金を受けている人が大半ではあるが、社会復帰は楽ではない。ここ5年間の退所者のうち、就労しアパートで独り暮らしを始めたのは12人。
平均入所年数は5・2年。10年以上暮らしている人もいる。雅子園長は「自分らしく生きられなかった時間が長かった人は、立ち直るまでの時間も長くかかります。けれど落ち着くと本当にいきいきとする」と語る。長く暮らすうちにこわばった心も打ち解け、笑顔と安寧を取り戻すのだ。(続きは9月21日号紙面をご覧ください)
樹医・山本光二氏に聞く 樹に生かされて 故・山野忠彦氏に師事 樹木の治療は人間と同じ 長い寿命に応じた人材養成も
日本で初めて「樹医」を名乗り、多くの老木や巨木を治療し、蘇らせてきた人物がいる。山野忠彦氏(1900―98)である。山野氏に師事し、そのDNAを受け継いだのが日本樹木保護協会の代表樹医、山本光二氏(64)。北海道から沖縄まで全国をまわり、老木・古木を蘇らせてきた。協会のある大阪府交野市の山満造園を訪ねた。
………………………
山本氏には、山野氏と出会った時の印象深いエピソードがある。それは初めて関わった木であり、初の共同作業でもあった。山本氏が20代前半。40年以上前である。
場所は大阪。
「大阪府立大学と大阪市立大学、それに大阪府と大阪市の4者が集まってね、この木は助からんとかやっている。そこに山野先生が入った。大学の先生と行政担当者こぞって、寿命だから仕方がない、助からんと。この木に関わるとあなたの経歴に傷がつくので、やめた方がいいですよとおっしゃる人もいた。それに対して山野先生は、何を言ってんねん、この木を治さなければ、樹医を名乗っている意味がないやないかと言われた。大きく出たなと思いましたね」樹木を調査する山本氏
緊張感ある議論を見守っていた山本青年。ここから山野樹医との二人三脚が始まった。「それで、こうしなさい、ああしなさいと教えられ、分からないから言われる通りにやった」と振り返る。「よし、これでいい」と山野氏が声をかけた。翌年、実をつけ、葉も大きくなった。「山野先生も、『見ろ、こんなに元気になるんや』と」
元気になったこの木は大阪市天王寺区にある五條宮境内の神木で、樹齢500年の公孫樹(いちょう)である。「木は6分の1ぐらいしか生きていなかった。ほかはみな枯れていた。木というのは皮(樹皮)が付いているところで生きている。ほかは皮がない。おそらく戦争の時の空襲で焼けたんでしょう」と山本氏。木が自ら治っていくことを体験したのだった。
父親の影響もあったが大学では農学部に進み、学んだことを生かせる仕事をとこの道に入った。「木を助けるとは何を言ってるの、という感じ。枯れたら薪にすればいいじゃないか、傷んだら植え替えたらいいというのがこの業界。木を助けなければいけないというような発想が世の中にもなかった」
それだけ恩師山野氏との出会いは大きかった。「パイオニアですね。常人では計れない。一言で言えば変わり者。だから強烈な味方もいるけれど、敵も多かった。発言はストレートですからね」と苦笑する。
日本樹木保護協会として1300本以上を治療してきた。山本氏も全国を駆けめぐっている。
岐阜県のあるお寺から、赤い実を付けるモチノキが弱っているという相談をうけた。「実を付けると木が弱るので、青いうちにもいじゃう。それを3年ぐらい続けた。住職さんからハガキが届いて、あなたがお越しになるのをお待ちしております、という内容。良くなったと書いていない。ドキッとして、枯れてしまったなと頭を抱えた。どんな顔して行こうと思いながら山門を入ったら、青々と茂っている木があるじゃないですか。住職さんが小走りでやってきて、良くなりましたよと。ホッとしましたね。うれしかったですね」
こうしたエピソードには事欠かず、緑の豊富な寺社からの依頼も多い。
樹医は資格制度のある樹木医とは異なる。 「ペーパーテストに合格し、スキルが一定基準に達すると樹木医として認定せざるを得ない。そうするとその人のハートの部分、木に対する思いや助けようという願いは関係ない。一番の違いはここかな」と話す。樹医は資格制とは異なり、山野氏と山本氏が確立した治療技術を理解し習得していなければならない。何よりも木への愛情が問われる。そのため樹医は10人ほどに過ぎない。(続きは9月21日号紙面をご覧ください)
宮城県 福祉の地域資源を活かす 東海林良昌氏(浄土宗雲上寺)×高橋悦堂氏(曹洞宗普門寺) 「ケアむすび」介護者をサポート 「とめっくりーず」顔の見える関係構築へ
超高齢化社会をむかえ、地域での医療・福祉が課題となる中、宮城県で青年僧侶が地域での役割を模索しながら取り組みを進めている。
浄土宗雲上寺副住職の東海林良昌氏が代表を務める「介護者サポートネットワーク・ケアむすび」は、仙台市・塩竃市・石巻市で隔月に「介護者の集い」を開催する。「介護は突然始まり、いつ終わるかわからず、また突然終わることもある。そんな中で孤軍奮闘する。一人でそれを受け持てば、過重な負担がかかる」(東海林氏)。そんな介護当事者の孤立を防ぎ、悩みやストレスを分かち合う場を提供するのが「ケアむすび」だ。雲上寺で開催される集いの様子。中央は東海林氏
「集い」には5~6人が訪れ、車座になって語り合う。このほか、面談、メールやFAXでの個別相談も受けている。東海林氏、臨床仏教師をはじめとする数人の僧侶、社協の職員、カウンセラーらが会に携わる。「問題を解決するのは難しいです。その中でも今の状況をこらえていけるような動機の一つになれれば」
介護を終え、「あの時こうしてあげれば…」「あの医療の選択で良かったのか」と自分を責める人もいる。東海林氏は「グリーフ(悲嘆)を語る場所がなかなかない。そういう時に、僧侶がいてグリーフワークに関わっていく」とその役割を話す。
介護と言っても、病気の種類や人間関係など様々な要因で状況は異なり、一般化することができない。「葬儀の前につながることがより大事だ」と思うようになった。ただ新たな活動を始めるだけでなく、「普段の教化活動でも、意識を向けることで気づけることがあると思う」とも指摘する。
臨床宗教師として活動する高橋悦堂氏(栗原市・曹洞宗普門寺副住職)は、高齢者や障がい者のデイサービス、病院や在宅クリニックなど地元の様々な医療・福祉施設で活動している。8月26日に仙台国際センターで開催されたがん患者支援の24時間チャリティ「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2017みやぎ」の実行委員長も務めた。
臨床宗教師の産みの親である故・岡部健氏(医師)は「看取り文化の再構築」を提言した。「そこに必要なのは医療や介護の力だけなくて宗教者の力。だからこそ、医療介護業界と宗教者が協力するというのをイメージしたんだと思います」と高橋氏。
「宗教者が地域にどうやって関与できるのか」と試行錯誤をしながら活動する中、地元で医療や介護に携わる若手10人と「とめっくりーず」も立ち上げた。栗原市と登米市に住む看護師、薬剤師、ヘルパー、福祉ネイリスト、自衛隊員らがメンバーで、その目的は「みんなが安心して楽しく暮らせる登米栗原をつくる」こと。最初の活動として9月22日に「ケア・カフェ」を開催する。
過疎化や高齢化の課題がある中で、若い世代が中心となって医療・福祉を入り口に町の将来を考えたいと集った。「医療・介護で今よく言われるのが顔の見える関係性づくり。いざ連携という時に、どこにどんな人がいるのかが分からなければ連携できない。その関係性ができたら次は腹の見える関係性、そしてお坊さんを含めた地域資源をどう活かしていくかを考えたい」と展望する。(その他の共生レポートは9月21号紙面をご覧ください)
2017/9/28 第27回中村元東方学術賞 ケネス田中氏が受賞
公益財団法人中村元東方研究所(前田專學理事長)がインド大使館と共同主催し、学術および文化活動で優れた業績をあげた人に授与している中村元東方学術賞。選考委員会の結果、第27回授賞者に武蔵野大学教授のケネス田中氏が決定した、とこのほど発表した。若手研究者を対象とした第3回中村元東方学術奨励賞、該当者なし。
選考委員長の前田理事長は、田中氏の国際的業績に着目。ニューヨーク大学出版から刊行された博士論文『中国浄土教の暁―浄影寺慧遠の「観無量寿経義疏」』が、後に中国語訳『中国浄土思想的黎明』として中国の出版社からも刊行されたことや、浄土真宗に関する論攷、現代仏教学へのアプローチなどを評価。田中氏の現代仏教学を①アメリカ仏教、②仏教と心理学、③仏教とキリスト教――の3点にまとめ讃えた。
そのうえで「中村元先生が東方学院の設立によって目指されたのは、東洋思想の普及でした。選考委員会では、田中博士が今後とも国境を越えて東洋思想の普及のため、目覚ましく活躍されることを期待して今回の授賞となった次第です」と選考理由を述べている。
授賞式は10月10日午後5時から、東京都千代田区九段南のインド大使館で挙行される。
ケネス田中氏は1947年生まれ。米国スタンフォード大学卒業、東京大学大学院で修士号(インド哲学)、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(仏教学)取得。1998年から武蔵野大学で教鞭を執っている。近著に『智慧の湖―親鸞の智慧・主体性・社会性』(共著)『アメリカ流 マインドを変える仏教入門』など。本願寺派僧侶。
いまだに信じられず 日米20年、2言語で―ケネス田中氏
この度、この大変名誉な賞を受賞することとなり、未だに信じられないという心境です。おそらく、私の「国際性」が評価されたとしか考えられません。40年にわたる私の学究生活は、丁度20年ずつアメリカと日本にまたがっており、出版や講演なども日英両語で行なってきました。その中で、浄土教、現代真宗教学およびアメリカ仏教の分野において少でも貢献できればと常に思ってきました。最後になりますが、中村元東方研究所および武蔵野大学、そして長年私を支えて下さった多くの皆様へ心より感謝致します。
2017/9/28 宗教法制研究会100回記念シンポ「寺院消滅時代を迎えて」 低収入寺院は継承に消極的
寺院の継承をめぐって話し合われたシンポ 宗教法制研究会(代表世話人=善家幸敏・愛知学院大学名誉教授)は研究会開催100回を記念して15日、東京・渋谷の青山学院大学で公開シンポジウム「寺院消滅時代を迎えて―不活動法人の現状と対策」を開いた。過疎地寺院の現状が改めて明らかになる一方で、教団や寺院の反応が薄いことも指摘された。法曹関係者や教団の研究機関、青年僧侶など約100人が参加した。
基調講演は『人口減少社会と寺院』編者で宗教社会学者の川又俊則氏(鈴鹿大学副学長・教授)が行った。各教団の宗勢調査報告書を基に、共通性と個別性を抽出。共通課題として、収入による寺院格差や兼務寺院および無住寺院の増加などを列挙した。2教団の結果から、年間300万円以下の寺院が本願寺派で約45%、曹洞宗で42%。高収入では本願寺派は600万円以上、曹洞宗は800万円以上という設定の違いはあるが、それぞれ約36%と約25%で、「宗派というよりは寺院によって収入格差が大きい」と解説した。「低収入寺院では将来の護持に消極的見解が出ていることが見える」と個別的課題にも言及した。
各宗派の統計などで兼務寺院が2~3割であることから、「ということは僧侶数が全体的に減少しているのではないか」と推察。そして「分析結果がどのような施策として打ち出されているのか」と調査報告を反映した対策が必要だと注文を付けた。
地域社会に入ってフィールドワークをしてきた川又氏は、過疎地寺院の活動や地方で協働する複数のキリスト教会の対応を紹介。そうした調査を踏まえて宗教者(住職)と檀信徒の関係を注視し、「寺院を支える人たちとのつながりが大事。無住職寺院でも守ろうとする檀家と法人解散を選ぶ檀家の差はどこにあるのか。やはり宗教者と檀家さんが強いつながりをもっているかどうかではないか」と提起した。
低収入寺院の世襲は難しいが、「やりたい」という人材がいれば継承は可能とし、「継承が(親子)一直線ではなく、プロテスタントのように次の牧師は関係のない人がなるようにすれば、それなりの発想でできるのでは」とエールもおくった。(続きは紙面でご覧ください)
2017/9/28 東京都宗教連盟が小池百合子知事を訪問 防災対策で協力体制を要望
都庁を訪問し、小池都知事と面会した都宗連理事ら 東京都宗教連盟(都宗連)は21日、防災対策で都との連携を進めるため、都庁を訪問して小池百合子都知事と面会、東京都と同連盟による「連絡調整委員会(仮称)の設置」や「帰宅困難者一時滞在施設等としての有効活用を促進」する要望書を手渡した。小池知事ははこれを受け、「都と都宗連、区市町村でしっかりと連携し、共に手を携えていければと考えている」と前向きに応じた。
都宗連からは小野貴嗣理事長(東京都神社庁)、新倉典生・担当理事(東京都仏教連合会)、顧問の稲場圭信氏(大阪大学教授)、宍野史生氏(日本宗教連盟)ら18人が出席した。
東日本大震災等で迅速な救援支援を行った宗教界の実績をふまえ、都全域の宗教施設における防災備蓄、緊急避難場所等の機能を活かした災害支援の協議の開始と推進を図るため、要望書を提出。具体的には「災害対策における、東京都と当連盟との連携、及び情報共有を目的とした連絡調整委員会(仮)の設置」「都内の宗教法人所有施設における、帰宅困難者一時滞在施設等としての有効活用を促進」の2点。新倉担当理事は都との協議によって「各区市町村で、宗教法人と行政の災害協定の締結が促進されればと願っています」と期待感を示した。
首都直下地震の発生時には帰宅困難者が500万人超と推定されていることから、小池知事は「申し出を大変心強く思う。被災した方は不安な中で、地域に根差したお寺、神社、教会に受け入れられるのは安心につながる」と述べ、「都民が安全安心に暮らせるセーフシティの実現が目標。都と都宗連が、区市町村としっかりと連携して、共に手を携えていければ」と応答した。今後は「連絡調整委員会」を年内にも設置して、具体的に協議を進める予定。
2017/10/5 教団付置研究所懇話会 世襲前提の子弟教育必要 寺に生まれて良かったか?
加盟教団の教師や研究者約100人が参加した 教団付置研究所懇話会の第16回年次大会が9月28日、港区の東京グランドホテルで開催された。人材育成・世代間継承をテーマに6教団の代表が危機感を持って発表。情報交換を通じて自教団の育成にも活かす機運を高めた。
伝統仏教教団からは天台宗・真言宗智山派・浄土宗・曹洞宗が発表。智山伝法院副院長の鈴木晋怜氏は「僧侶を目指す寺院子弟の多くは、必ずしも意欲に燃えて僧侶になるのではない」と吐露し、宗勢調査では8割以上の僧侶が「寺に生まれたから住職になった」と回答していると述べた。このように世襲が常態化している中では、「それぞれの寺院で幼年期、青少年期の子弟に日常的に宗教的情操教育を行える具体的プログラム」を教団が提示する必要があると指摘した。
曹洞宗総合研究センター専任研究員の宇野全智氏は同宗でも多くが世襲継承であるとし、「曹洞宗を選んで僧侶になったわけではない僧侶が、曹洞宗を選んで檀家になったわけではない信者と関わっている現実にどう向き合うのか」と厳しい問題を提起。自身も曹洞宗寺院に生まれたから曹洞宗の僧侶になったことを認め、「もし他宗の寺院に生まれていたら他宗の僧侶になっていたかもしれない。それでも私は曹洞宗の僧侶で良かったと思っている」と、寺に生まれて幸せだと思えるような子弟教育と信仰継承をしていくことの大切さを述べた。
叡山学院教授の桑谷祐顕氏は、5年前から実施されている僧侶の資質向上のための天台宗教師研修会について発表。戦後の厳しい時代に宗立学校に進学できなかった地方寺院の住職らが、現在になって「天台学を一から学びたい」と参加するケースも目立つと言い、年配者や高位僧階にある人の再教育も人材育成として有効だと語った。
浄土宗総合研究所研究員の名和清隆氏は全体討議の中で、「住職の熱量によって檀家の減少は全然違う。たとえば1時間かかっても月参りに行く、という住職から檀家は離れていかない」と主張。やる気と行動力のある僧侶を育てることが寺離れに対応する術だと示した。
伝統仏教以外では立正佼成会学林長の庭野統弘氏が、信仰2代目以降の世代教育を解説。人間的には素晴らしいが、自発的に信仰に入ったわけではないがゆえに「何のために信仰するのかという疑問にぶつかるとなかなかその答えが見つからない」としつつ、「学林の生活や布教実習で答えを見つけてほしいし、見つからなくてもそういう疑問を抱くことが大切ではないか」と語った。
神社本庁総合研究所研究祭務課長の浅山雅司氏は、1996年の第1回から昨年の第4回まで行われている世論調査「神社に関する意識調査」を分析。祖先を敬う気持ちを大切にする人がこの20年でほとんど減っていないのに対し、先祖の命日に関わる行事を家庭で行っている人は大幅に減少して4割を切ったというデータには、参加者も驚いた様子だった。
2017/10/5 臨床仏教師、公開研究会で初の活動事例発表 医療・福祉・教育など試行錯誤しつつ活動の場を開拓
事例を発表した4人の臨床仏教師
公益財団法人全国青少年教化協議会(全青協)の附属機関である臨床仏教研究所は9月27日、都内のホテルで公開研究会を開き、4人の臨床仏教師が事例を発表した。生老病死という人間の四苦に向き合う仏教者たちは、認定資格を得たとはいえ、自ら開拓して活動の場を広げている。医療や福祉をはじめ教育や介護といった分野で、試行錯誤しながらの現況を報告した。
開会にあたり、臨床仏教師の資格制度を主導してきた神仁上席研究員が挨拶し、「精神的な文化や情操に根ざし、仏教をベースとしたいのちのケアをみなさんと考えたい」とし、「臨床仏教師が誕生してから初の研究会。知識ではない、現場での智慧の一端を報告いただきたい」と発表者に期待した。(続きは紙面でご覧ください)
2017/10/5 日蓮宗・宗祖降誕800年国内法要が山静教区から開幕 身延山久遠寺に1300人参拝
修法師による力強い祈りが堂内に響きわたった 平成33年(2021)に迎える「日蓮聖人降誕八〇〇年」に向けての国内最初の大法要となる山静(さんせい)教区記念大会が9月28日、山梨県身延町の日蓮宗総本山・身延山久遠寺で営まれた。山梨・静岡両県の檀信徒952人と教区内外の僧侶約300人が参拝。日蓮聖人への敬慕の思いを共有し、力強い「南無妙法蓮華経」の唱声と共にお題目信仰の原点を確認し合った。
法要前、青年僧侶40人が総門から本堂まで行脚し、境内では教区内万灯講60人が鉦や団扇太鼓を打ちながら賑やかにお練り。共に全力の唱題で、この上ない法悦を表現した。
本堂では、常任布教師の塚本智秀・静岡県中部布教師会長が、「お題目に生きてこそ~本物を伝える」と題して講話。数々の法難を乗り越えて一切衆生の救済と国の安泰のために法華経の真理を説き続けた日蓮聖人の生涯を語った。続いて聖人の教えを受け継ぐ小中学生の宗門子弟代表8人が、聖人像宝前で「献灯献華唱題散華」。教区全体で次世代に「お題目」を継承していくことを誓った。
内野日総管長を大導師に「慶讃音楽大法要」を厳修。内野管長は「御親教」で、5月の東南アジア・マレーシア・ペナン島での「宗祖降誕八〇〇年」の慶讃大会に続いて、全日蓮宗徒の「心のより所」である身延山で国内最初の教区大会が営まれた意義を強調。「本日を契機として、ご参列の皆様が立正安国・仏国土顕現のために法華経弘通に精進されますことを切にお願い申し上げる」と呼びかけた。
招待者以外にも、自教区での記念大会の参考にすべく各地から宗務所長らが参加。注目度の高さをうかがわせた。
「国内の先陣を切る」という重要な記念大会を終えた齋藤紳悟教区長は、「雨が心配されたが、日蓮聖人に助けていただいた」と青空に安堵。「プレッシャーもあったが、皆が一丸となって『注目されているからこそ、きちんとしなければ』という気持ちでよくやってくれた」と感慨を語った。
静岡・法泉寺総代の佐野理晴(みちはる)さん(78)は、「素晴らしい法要だったね。本山には何度もお参りしているが、今回は特に迫力があってびっくりした」と感激。県内から観光で訪れた参拝客も、「今までにも来ているが、(こんなに大勢の参拝を見たのは)初めて」と驚いていた。
2017/10/5 東京に「日蓮党」関西に「第三文明党」 占領下日本に宗教政党 中野毅教授が米国公文書館で発見
占領下の宗教政策について中野教授が発表 先月、東京大学で開催された日本宗教学会第76回学術大会では18のパネル討論が行われた。その一つ、16日の「連合国のアジア戦後処理と宗教―史料・現地調査からの再検討」では、占領下の昭和23年(1948)に宗教政党が複数結成されていることが明らかにされた。宗教政党は、創価学会による公明党が最初(1964)とされてきたが、それよりも16年さかのぼることになった。
明らかにしたのは創価大学教授の中野毅氏。「忘却された戦後宗教史―米国および沖縄県公文書館の史料から」と題して発表。中野氏は米国立公文書館で資料収集し、調査してきた。「終戦後に宗教者・団体とも政治活動を活発化させ、各議会選挙に出馬したのみではなく、1948年に宗教政党が相次いで結成されていた」
同年5月3日結成の「日蓮党」、同11月19日に設立大会を開いた「第三文明党」である。日蓮党を結成したとみられるのが戦前の東京市議会議員選挙に立候補した経験のある新妻清一郎。結党ポスターにその名前があり、「日蓮主義」を掲げている。「興味深い点は、日蓮主義を日本文化の真髄と主張し、それによって人間革命、日本の民主化、世界平和を達しうる真理の最高峰であるなどと主張していること」と説明する。ただし議席獲得には至っていない。
「第三文明党」は伝統仏教の主要11宗派の京都寺院、神社本庁、金光教泉尾教会、一灯園などが発起人。知恩院山内の華頂会館で設立大会が開かれ、GHQのバンス宗務課長にも招待状が送られていた。占領軍文書では「The Third Civilization Party」として保管されていた。「第三文明党は、その後の国政選挙などに統一候補を立てることもなく、目立った実績なしにまもなく消滅してしまったようだ」と解説した。
2017/10/12 衆院選候補者推薦 全日仏49人 佼成会176人 11日現在
今月22日に投開票が行われる第48回衆議院議員総選挙(定数465)。全日本仏教会(全日仏)は49人、立正佼成会は176人を推薦した(10月11日現在)。今後、推薦候補は増えるとみられる。
加盟団体からの申請をうけて推薦候補とする全日仏は、これまでに自民党35人、希望の党6人、立憲民主党5人、日本維新の会1人、無所属2人を推薦した。前回衆院選(2014年12月)では駆け込みがあり、自民党を中心に76人を推薦し、64人が当選した。ただし衆院選での全日仏推薦候補は、2009年119人(当選98人)、2012年85人(同46人)と減少し、今回もその傾向にある。
一方、立正佼成会の推薦候補者の内訳は、自民党33人、希望の党70人、立憲民主党45人、日本維新の会1人、社会民主党1人、無所属26人。従来、民主党(後に民進党)を中心に推薦してきたが、民進党が解体し推薦候補の所属が分散したため、希望、立憲、無所属が増えたと見られる。
創価学会を支持母体とする公明党は、小選挙区で196人の自民党候補者を推薦した。289小選挙区のうち約68%に相当する。
2017/10/12 陸前高田・金剛寺 復興の象徴 新本堂落慶 全壊流失から高台に再建
東日本大震災の大津波で本堂や庫裏の全壊・流失という甚大な被害を被った岩手県陸前高田市・真言宗智山派金剛寺の新本堂落慶法要が8日、厳修された。小林信雄住職の「(落慶まで)お世話になった多くの方々に新本堂を拝んでもらいたい」との強い希望を受け、智山派岩手教区檀信徒教化推進会議も併催。教区内住職と檀信徒が大勢参列し、「この瞬間に立ち会えたことに言葉にならないほどの感動を覚えた」という感想も聞かれた。新たな地域の心の拠り所となる新本堂
新本堂は低地にあった旧本堂の跡地ではなく、境内の高台に建立。旧本堂と同様に、地域住民の「金剛不壊の心の拠り所になってほしい」という期待の声もあがった。
総本山智積院を代表して馬場修任総務部長が出席したのをはじめ、大本山成田山新勝寺、宗派を超えて長野市・大本山善光寺、東北三十六不動尊霊場会寺院などから大勢が列席。同寺の復興を支援・祈願してきた僧侶と一般参列者約300人が心を一つに、復興の象徴となる新本堂に手を合わせた。導師を務める小林住職
法要は、境内の気仙成田山から新本堂までの行道で開式。法嗣・小林瑛真氏の松明先導のもと、東北三十六不動尊霊場会僧侶の勇壮な法螺の音が響いた。地元住民と金剛寺御詠歌講に迎えられ、法資・小林敬正氏が不動堂に仮安置されていた本尊・如意輪観音像を本堂須弥壇厨子に奉安。前庭で佐藤秀佳・岩手教区長を導師に回向柱開眼法要を厳修し、新本堂に入った。
東日本大震災物故者慰霊法要を営み、参列者全員で智山勤行式を読誦。物故者の御霊に手を合わせ、香を薫じた。落慶法要大導師の小林住職は慶讃文で、「お世話になった多くの皆様への感謝」を表明。感謝状を手渡す際にも自身の感謝の言葉を直接伝えた。(続きは10月12号紙面をご覧ください)
2017/10/12 戒名価格2万円から みんれび HPで金額明示
「お布施額明示」の是非が盛んに議論されたのは数年前。今やネットの通販サイトに定(低)額の僧侶手配サービスが出品され、僧侶派遣企業による「お布施料金」の明示が普通のこととなっている。こうした「サービス業化」に対し、全日本仏教会が「宗教行為である葬儀や法事を商品化している」と批判したことで社会的な関心も集めた。
だが時代の流れはさらに加速し、戒名価格「2万円」とウェブ上で明示されるなど、伝統仏教が育んできた供養行為の一つ一つに価格が付けられ始めている。この市場原理に基づいた定額化の波は、供養儀式の画一化を促すだけでなく、価格を決定する企業によって「僧侶が使役される状況を固定化させてしまう」と懸念する声も上がる。「お布施」や「戒名」の価格はどのように決められているのか。これに対し、伝統仏教界はどう動くのか―。
(続きは10月12日号紙面の短期レポート「僧侶派遣を考える」①「お坊さん便の場合」をご覧ください)
2017/10/12 ノーベル平和賞にICAN 核兵器禁止条約推進後押し
核兵器禁止条約の推進や核兵器廃絶を願って行動してきた世界の人々が歓声をあげた―6日、ノーベル平和賞に国際NGO核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が選ばれたと発表された。これを受け同日、ICANの構成団体であるNGOピースボートが東京都新宿区の本部で記者会見。ICANは世界宗教者平和会議(WCRP)と連携し、ダライ・ラマ14世も賛同している団体。宗教界が今後一層の核廃絶に向き合う姿勢が期待されそうだ。記者会見後、手を取り合って喜ぶ6人(左から東、小谷、三宅、吉岡、天野、林田の各氏)
ICAN元共同代表・現国際運営委員で、ピースボート共同代表の川崎哲氏はアイスランドでの被爆者証言に向かう途中だったため出席できなかったが、同じくピースボート共同代表の吉岡達也氏、女優の東ちづる氏、被爆者の天野文子氏(元日本キリスト教協議会平和・核問題委員)と三宅信雄氏と小谷孝子氏、ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダーの林田光弘氏(元SEALDs)が会見した。
各氏は今にも号泣しそうな表情で感慨を語った。東氏は日本が国連核兵器廃絶交渉に参加しなかったことなどに忸怩たる思いを抱いていたが、「これでやっと新しい扉が開いた」と喜んだ。林田氏は「7月7日に成立した核兵器禁止条約。なぜ核大国が条約を止めることができなかったのか。それはICANのような私たち市民のうねりがあったから」と断言した。
被爆者3人も「生きていて良かった」と感激。天野氏は「私はさっき、歌を歌いたかったんです。(公民権運動でしばしば歌われた賛美歌の)『勝利の日まで』を。これは1978年5月(国連第1回軍縮特別総会が行なわれた)ニューヨークで、世界の人たちが輪になって歌ったんです。勝利とは勝ち負けということではなく、友達をかちとろうということ。核廃絶の国際署名は世界中の友達と絆を持つ第一歩だと思います。ノーベルさんありがとう」と語った。
吉岡氏は「宗教は世界中の人と繋がるネットワークですよね。ぜひそれをフル活用して、被爆者の体験を聞く会などを開いたりして運動を広めて欲しい。今年は核兵器廃絶への本当のチャンスです」と期待した。
川崎哲氏(9日、報告会で) 川崎氏は「この受賞は、核兵器の禁止と廃絶を願って、勇気をもって声をあげてきた全ての人たち、とりわけ、広島・長崎の原爆被爆者の皆様に向けられたものだと思います」と飛行機内からメッセージを寄せた。
川崎氏は9日に緊急帰国。ピースボート本部で報告会を行い、かけつけた被爆者、支援者らと祝杯を挙げた。
本紙の取材に川崎氏は「核兵器禁止条約が締結されたとはいえ、まだまだ加盟国が多いとは言えないのが現状。世界の宗教指導者には、(WCRPと共同制作した)『核兵器禁止条約提言ハンドブック』を広め、条約の意義を多くの人に伝え、どうか政治を動かしてほしい」と語った。
特別寄稿 杉谷義純・WCRP日本委員会理事長 空理空論でない兵戈無用
ICANがノーベル平和賞を受賞したことについて、共同で活動してきたWCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会の杉谷義純理事長(天台宗妙法院門跡門主)から、WCRP談話とは別に特別寄稿をいただいた。
………………………
今年度のノーベル平和賞にNGOのICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が選ばれたことは大変喜ばしいことです。WCRP日本委員会は、核兵器廃絶はもちろん、核兵器禁止条約の成立に向けて、ICANと共に活動し、特に共同で『核兵器禁止条約提言ハンドブック』を作成、関係各国に配布してきたからです。
核兵器廃絶は被爆者の人々のみならず、人類全体の悲願であるはずです。廃絶への道筋としてもまずその使用を禁止する、すぐに禁止できなくても、使用することが国際世論の厳しい目によって躊躇せざるを得なくなることが肝要です。
核兵器の廃止は現実的でないという考えの人が少なくありません。しかし核を保有すること自体が相手を威嚇することに繋がり、また自分の身を核の危機にさらしていることになります。核の保有は安全でないばかりではなく、その存在が取り返しのつかない悲劇を招くことは、広島、長崎が示しています。
人間の探求心は止まるところがありません。しかしその結果得た技術をいかに利用するかは、人間の心の問題です。大無量寿経の中に「兵戈無用」という言葉があります。人間が平和で幸福に暮らす世界は、軍隊や武器を用いることがないと解釈されています。しかしその究極の意味は、たとえ核兵器など有力な武器があっても、人々は見向きもしなくなると言うことです。用いるどころか、全く存在の意味がなくなるということです。これは決して空理空論ではなく、本来人間があるべき姿を示しているのです。
現代社会は漸くいろいろな苦難を乗り越えて、人間一人ひとりのいのちを大切にする方向に進んできました。つい100年前には空理空論と言われたかも知れません。しかし人々の意識は確実に一歩一歩進んできました。
しかし今日、民主主義が空洞化しはじめ、一人ひとりの意思が政治に反映しにくくなっています。ですから核兵器廃止条約などの問題は、世論にいかに浸透させ政治を動かす原動力にするかが課題です。その意味でICANのノーベル平和賞受賞は、大変大きな力となるでしょう。WCRPとしても微力ながら今後もICANと協力し、日本政府にも働きかけたいと思います。
2017/10/19 臨床仏教師養成プログラムが関西で初の開講 108人受講、花園大学など共催
開講式で挨拶を述べる河野太通・アジア南太平洋友好協会代表
花園大学国際禅学研究所とアジア南太平洋友好協会(河野太通代表)が共催する臨床仏教公開講座が10日、京都市下京区のキャンパスプラザ京都で開講した。臨床仏教師養成プログラムとしては通算4期目だが、西日本では初めてとなる。開講式で同大総長でもある河野代表は「近代人の苦悩する命に寄り添うことは、仏教徒の責務でなければならない」と述べ、受講者の研鑚に期待を寄せた。受講者108人が参加し、僧侶以外にも寺庭婦人や一般からの受講者もおり、同講座への期待の高さが窺えた。(続きは紙面でご覧ください)
2017/10/19 真宗大谷派、但馬弘総長を再任 第2次内局で土肥人史氏、草野龍子氏が初入局
宗議会議員改選に伴い内局が12日付で総辞職し、後任の宗務総長を決める真宗大谷派の臨時宗会は同日、前宗務総長の但馬弘氏(58)を指名した。16日に大谷暢顕門首の認証を経て正式に総長に就任した但馬氏は第2次内局を組局し、新たに土肥人史氏(61)と草野龍子氏(57)を任命し、木全和博氏(65)、八島昭雄氏(62)、藤井宣行氏(54)を再任した。(続きは紙面でご覧ください)
2017/10/19 全日本仏教会60周年式典・全日本仏教徒会議福島大会 追悼と早期復興を祈念
三春の滝桜を正面に掲げ、会場全体で般若心経を唱和した 公益財団法人全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)の財団創立60周年記念式典が13日、福島県郡山市のホテルハマツで開催され、加盟教団要職者や政界、国内外の宗教界から約500人が列席した。翌14日には、福島県仏教会(玉木芳宗会長)との共催で第44回全日本仏教徒会議福島大会が同市ビッグパレットで行われ一般檀信徒を中心に約2800人が参加。節目の年を慶祝し、さらに未だ復興途上にある福島県の人々に仏縁をつないで励ました。
初日の記念式典法要は小峰一允会長の導師により、真言宗智山派僧侶が出仕して営まれた。小峰会長は表白で東日本大震災の死者・行方不明者、さらに原発事故の大災害に胸を痛め「未だその復興の道険し」とし、犠牲者の冥福と早期復興を祈念した。
石上理事長は挨拶で、全日仏が1900年に結成された「仏教懇話会」を源とし100年以上の歴史があることを踏まえながら、今日の武力やテロによる争いの激化や人権の抑圧などの困難に対し、SDGs(持続可能な開発目標)の達成のために仏教の生き方が大きな役割を果たすと述べ、仏道の本来化に努力していきたいと抱負を述べた。
世界仏教徒連盟(WFB)のパン・ワナメッティ会長の祝辞をパロップ・タイアリー事務総長が代読。60年にわたってWFBと協力して歩んできたことを心から喜び、「全人類の未来、全人類の利益」を考えて共に利他行に邁進していきたいと語った。
各宗管長・総長らが列席した記念式典の法要(小峰会長導師) 記念講演では三春町・臨済宗妙心寺派福聚寺住職で芥川賞作家の玄侑宗久氏が全日仏の復興支援、政界への働きかけに感謝を語った。
翌日の仏教徒会議でも小峰会長を導師に、東日本大震災7回忌・阪神淡路大震災23回忌・熊本地震1周忌の法要を厳修。福島と再生の象徴である三春の滝桜の大きな写真を正面に、会場全体で般若心経を5回唱えた。真言宗豊山派の「豊山太鼓」も大迫力の演奏を加えた。
ゲストとして、歌手の加藤登紀子さんがトークとコンサートを披露。代表曲「百万本のバラ」に始まり新曲まで90分間会場が湧き立った。
最後に大会宣言が採択された。宣言では震災について、伝統仏教界が「ご縁をかたちに、絆を行動に」する重要性を領解する機縁になったとし、「生きとし生けるものすべての幸福に資するために、私たち仏教徒が『仏陀の和の精神』を体現していかねばならないと考えます」と述べている。
次回は2020年の島根県大会。清水谷善圭・島根県仏教会長が「島根に行くぞ!」と呼びかけると、全員が「オー!」と応じた。
2017/10/26 金沢・日蓮聖人銅像建立100周年 次世代継承へ願い込め記念法要
100周年を機に改修された金沢の日蓮聖人銅像。日本海を望み、戦没者の慰霊と世界平和への祈りが込められている 石川県金沢市の日蓮宗善妙寺で護持されてきた日蓮聖人銅像が建立100周年を迎え、今月1日に同寺で記念法要が営まれた。100周年を機に酸性雨で腐食していた銅像が改修され、当日は地元の青年僧侶や全国日蓮宗青年会による唱題行脚、法要前日には市内で建立100周年や修復を祝う万灯行列も行われた。銅像は、日清・日露戦争の犠牲者の慰霊や平和への願いを込めて金沢市民が建立したもので、今後も金沢法華信仰の象徴である銅像を護持していこうと僧侶、檀信徒ら約200人が唱題した。(特集は紙面でご覧ください)
2017/10/26 衆院選 全日仏推薦者74人、立正佼成会推薦者119人当選 天台宗僧侶の堀越啓仁氏も
第48回衆議院議員総選挙(定数465)は22日、投開票が行われた。全日本仏教会(全日仏)は最終的に81人を推薦し74人が、立正佼成会は183人を推薦し119人が当選を果たした。
全日仏の推薦は自民党55(当選54)、希望の党14(同9)、立憲民主党5(同5)、日本維新の会1(同1)、無所属6(同5)だった。全日仏の総選挙をみると、2009年119(当選98)、2012年85(同46)、2014年76(同64)と推薦候補は減少傾向にあったが、今回は増加に転じた。
立正佼成会の推薦と当選数は自民33(当選33)、希望の党73人(同31)、立憲民主党48(36)、維新1(同0)、社会民主党1(同0)、無所属27(同19)だった。
堀越啓仁氏(立憲民主党)が当選 37歳
今回の衆院総選挙で天台宗僧侶が当選した。比例で北関東ブロックの立憲民主党から立候補した堀越啓仁氏(37、ほりこし・けいにん)で、自坊は群馬県下仁田町の常光寺(副住職)。大正大学卒業。作業療法士として福祉施設で働いている。
昨年夏の参院選群馬選挙区で野党統一候補として出馬し25万票近くを獲得したものの、中曽根弘文氏に敗れた。
今回は比例の単独で立候補。立憲民主党は小選挙区が健闘したこともあり、堀越氏の当選にいたった。堀越氏は憲法改悪反対と立憲主義、平和主義、いのちの尊重、子育てや介護など福祉の充実を訴えている。
当選した堀越啓仁氏の話…私自身、僧籍がありますので、平和についてずっと関心を持っていました。政治の世界を意識するようになったのは安保法案が強行採決されて以降です。平和を願いながらそれが蔑ろにされ、自死者も3万人近くいる。こうした状況を変えるには政治のあり方を変えなければと思いました。昨年の参院選に立候補し、今回は立憲民主党から出馬し当選できました。国民の声を政治に届けていきたいと思いますし、平和やいのちといった仏教精神を活かしていきたいと思います。
2017/10/26 鹿沼市・薬王寺の土地に老人ホーム「瑠璃の里」オープン 医師兼住職、悲願達成
地域の人のためにと建設された「瑠璃の里」 栃木県鹿沼市の真言宗智山派薬王寺の土地に住宅型有料老人ホーム「瑠璃の里」が完成し、22日に落成式が営まれた。医師でもある倉松俊弘住職の、地域のためになる施設を作りたいという悲願が達成された。介護と医療と心のトータルケアで老後の生活を支えることに期待が高まっている。
式には鹿沼市長の佐藤信氏、栃木県議会議長の小林幹夫氏らが列席。倉松住職は開眼供養で本尊薬師瑠璃光如来を前に表白し、聖徳太子の四箇院建立の教えを範に「医療・看護・介護、そして宗教の再統合」を遂げ、家族や有縁の人に見守られ生を全うできる施設を作りたかったと述べた。
運営会社の株式会社パワーライフサポート(本社・宇都宮市)代表で薬剤師でもある渡邊和裕氏は、3年前に旧知の仲の倉松住職から寺の土地(約550坪)を地域のために役立てる事業がないかと相談を受けたという。「今日からはこのステキな建物に負けないような最高のサービスを提供し、地域の皆様に愛されるような施設にならなければなりません」と挨拶した。
開眼法要を営む倉松住職 上都賀郡市医師会会長の奥山明彦氏は、同じ医師として倉松住職と「生命の尊重」という共通する信念があったと披瀝。医師会としても様々な形で協力していきたいと祝辞を述べた。
「瑠璃の里」は3階建て、定員30人で個室30室の個室型ホームでデイサービス・療養デイサービスや訪問介護も受け入れる。温かみと開放感のある木を活かした設計。寝たまま入浴できる大型浴室も完備している。食事は管理栄養士が監修。利用料金は月額12万7千円(敷金・入居時設備利用料等は別途)。仏間(カウンセリングルーム)も設置されている。
倉松住職は花まつりなど仏教行事のほか臨床宗教師によるカウンセリングも計画しており、「入居した方が希望されるなら、菩提寺の住職に連絡をとってこちらに来てもらいお話をしていただくことも考えています」と意欲を見せた。11月1日開所で、見学や体験入居は随時受け付けている。
2017/10/26 緊急寄稿 ロヒンギャ難民と仏教民族主義―僧侶主導「969運動」一因に トム・エスキルセン氏
ジュマ・ネットの下澤嶽代表とロヒンギャ難民たち(今年9月) 今年8月末以降にミャンマーからバングラデシュに約50万人のロヒンギャと呼ばれるイスラム教徒の人たちが避難し、竹やビニールで掘っ立て小屋を作り、食料も飲料水も不足し衛生状態も劣悪な環境で生き延びようとしている姿が報道されている。
その引き金は2017年8月25日にアラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)と称する武装グループ(イスラム教徒のロヒンギャ人が作った武装組織)がミャンマー・ラカイン州マウンドー(Maungdaw)で約30カ所の警察詰所をナタや竹槍で襲撃し、治安部隊12人を殺害した事件である。テロ掃討作戦の名目でミャンマー軍が約400名(9月1日時点)を殺害し、一般市民にも拷問、殺害、レイプ、放火をし続けてきた。9月10日にアラカン・ロヒンギャ救世軍は一方的に停戦を宣言したがテロ掃討作戦が続いた。200以上の村が焼かれたことが人工衛星画像で確認された。
ロヒンギャは世界で最も虐げられた民族集団と言われる。1982年の国籍法で国籍を剥奪され、1978年、1991―92年、および96―97年に軍事作戦により20~30万人ほどがバングラデシュに避難したが、国連の仲介で大部分が本国に送還された。2012年の暴動で200名が殺されて十数万が収容所に幽閉され、2015年にボートピープルとなって数百名死亡し、2016年10月にもARSAの襲撃に続き7万人の難民が発生した。
ロヒンギャとは
ロヒンギャとはミャンマー・ラカイン州に主に居住するインド系イスラム教徒。総人口は約180万人で、もともとラカイン州に約100~130万人、海外に残りが住んでいた。ベンガル語チッタゴン方言に近いロヒンギャ語を話す。アラカン王国の時代に移住したイスラム教徒を起源とするが、多くは英国植民地時代および戦中戦後にベンガル地方から移住してきた。
紛争の背景
植民地時代から宗教、言葉、人種の違い、結婚によるイスラムへの改宗などにより軋轢が生じていた。第2次世界大戦中に英国軍がロヒンギャ人を武装させ、日本軍が武装させたアラカン人との対立が激化して、双方で数万人が死亡する民族紛争に発展したことが長い影を落としている。戦後も移民が流入し続け、高い出生率によりラカイン州の人口の3~4割を占めるようになり、連邦を構成する民族の一つであると主張したため、アラカン人仏教徒が脅威を感じるようになった。
「仏教民族主義」台頭
コーランの冒頭の言葉を象徴する「768」を看板に掲げるイスラム教徒の店舗をボイコットし、仏陀の九徳、法の六徳、僧伽の九徳を象徴とする「969」を店に掲げるよう勧める「969運動」をアシン・ウィラトゥという仏教僧侶が2001年に立ち上げた。説法で「21世紀にムスリムが国を乗っ取ろうとしている」、「狂犬の横で眠ることはできない」などと説いた。彼は2003年に暴動を扇動した理由で25年の刑を受けたが、2010年に前ティン・セイン大統領が恩赦し、2013年に969運動を「平和の象徴」と賞賛した。2014年にミャンマー愛国協会(略称マバタ)も仏教僧の大規模な会議で正式に設立され、969運動と共に政府に働きかけた結果、改宗と宗教間の結婚を規制する法律が2015年に制定された。
スーチー氏の対応
2016年4月に国家顧問に就任後、アウンサンスーチー氏は同年8月に国連元事務総長コフィ・アナン氏を含む9名の「ラカイン問題調査委員会」を設立した。 2017年8月24日にコフィ・アナン氏がミャンマー大統領に、①イスラム教徒に移動の自由を認め、②世代を超えて同州に住む者に国籍を付与することを提言する報告書を提出した。しかし翌25日にARSAの襲撃事件と軍の逆襲が始まった。国家防衛安全保障会議(NDSC)は11人中6人が軍人で占められ、アウンサンスーチー氏は強い指導力を発揮できない。ロヒンギャを「違法な移民」とする世論が強く、その権利を認めることは政治的な自滅行為になりかねない。
国際社会に期待されること
バングラデシュ政府は当初、新たなロヒンギャ難民の流入を加速させることを恐れ、支援に消極的だったが、感染症が蔓延する危険が高まると、80万人を収容できる巨大な難民キャンプを整備することを10月に決定した。
国連機関や国際NGOによる緊急支援も本格化し、日本政府も計400万ドルの拠出を決めた。国際社会は一刻も早く難民の命の安全を守り、ミャンマー政府に難民帰還と問題解決を働きかけることが望まれる。
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トム・エスキルセン/1960年生まれ。ジュマ・ネット共同代表(もう一人は下澤嶽氏)。日本でバングラデシュ・チッタゴン丘陵の先住民族問題に取り組むジュマ・ネットは現地NPOを通じてロヒンギャ難民への緊急支援も展開している。
2017/11/2 真言宗智山派教区代表会 宗費が5年前比で増額、過疎地配慮も予想外の結果
真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第125次定期教区代表会(川崎純性議長)が10月24~26日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、5年に1回改定される宗費負担数が決まった。人口減、少子高齢化などで過疎化が進む地方で減額する方針を初めて打ち出したが、微減した1ブロック以外の全ブロックで、前回改定時の2012年と比べ増額するという予想外の結果となった。(続きは紙面をご覧ください)
2017/11/2 RSE宗教と環境シンポ 科学の暴走を宗教は止められるか
未来の世代への共感や責任も重要だと指摘された 宗教・研究者エコイニシアティブ(RSE、代表=竹村牧男・東洋大学学長)は10月29日、東京都文京区の東洋大学で第8回宗教と環境シンポジウムを開催し、約120人が参加した。テーマは「科学・技術の倫理を宗教から考える」。AI(人工知能)や自動運転車など最新の科学技術が暴走する危険性について宗教がブレーキになることができるかを討論した。
竹村代表は、ネオニコチノイド農薬の安全性が確かめられないままに大量使用されている事実や、甚大な結果を出しても責任を取れないAIの思考力が日々増している現状など、様々な現代の科学技術の発展に倫理的な支えがないことを危惧。宗教が他者への共感、共苦を生むことから、自分たちの世代だけでなく未来にまでも共感を広げることを期待し、科学や技術開発の内容・方向性を導く自覚を促した。
立正佼成会の深田伊佐夫氏は、電力自由化について発表。一般的には家庭のライフスタイルに応じたプランや価格が選択基準として大きいとしながらも、「環境配慮」を重視すべきではないかと提言した。特に太陽光・バイオマス・風力・地熱・水力といった再生可能エネルギーを選択することでそれらの発電を育成することで、コストの減少にも長期的な環境浄化にもつながると展望。この背景に仏教の縁起観・共生・少欲知足の3つの教えがあると強調した。(続きは紙面でご覧ください)
2017/11/2 日韓仏教婦人部交流大会 日本で震度7を体験 “これほど怖いものだとは…”
大地震はないとされる韓国だが、「最近は安全とは言えない」。再現された東日本大震災の揺れに、韓国側参加者も驚いていた 平和祈願法要や学術交流大会などの共同開催で、日韓両国の仏教者の絆を深めている日韓仏教交流協議会(西郊良光理事長)。その活動の一環として10月24日から26日まで、日韓仏教婦人部交流会(髙野楓石会長)の「日韓・韓日仏教婦人部交流大会」が開催された。2日目には東京の北区防災センター「地震の科学館」を訪れ、東日本大震災と同じ震度7を体験。地震経験がほとんどないという韓国側参加者は、激震の恐ろしさと身を守る術について学んだ。
地震は起こらないとされてきた韓国。だが、「以前、箱根に行った時、震度5弱を経験したことがある」という香雲・韓日仏教文化交流協議会事務総長(元曉宗総務院長)は、「最近(2016年9月)、(韓国南部の)慶州で(過去最大規模となるマグニチュード5・8の)地震があった。私は慶州の隣に住んでいる。最近は韓国も安全とは言えない。釜山など日本に近い地域では地震が頻発している」と語り、地震への備えの重要性を強調した。
防災センター職員の「地震の被害を少なくし、自分がケガをしないためにはどう行動したらいいか。それを考えてほしい」という説明を受けた後、参加者は家屋型の起震装置の中に入り、震度2から7までの揺れを体験。再現された東日本大震災の揺れでは、柱につかまったり仲間と手をつないだりしながら耐えた。日本側の参加者からは、「あの日を思い出した」という声も聞かれた。
香雲事務総長は、「実際に(震度7を)体験するまで、これほど恐いものだとは思わなかった。地震が起こること自体を防ぐことはできないが、危険から退避することはできる。それが一番大切だと感じた」と感想。「韓国ではこれまで、地震があっても震度2程度だったが、最近は瓦が落ちるなど大きな地震も起こっている。今まで地震への備えを考えてこなかったが、早急に準備を進める必要がある」と話した。
続いて、火災からの避難を体験。煙が充満した建物内で、障害物を避けながら進む方法を学んだ。
初日には、真言宗智山派大本山成田山新勝寺に参拝。護摩供養に参列するなどした。2日目は地震体験の前に、「和菓子作り」。日本文化を満喫した。
同大会は日韓交互に開催。12回目となる今大会には日本側13人、韓国側18人が参加した。
2017/11/9 大本 「核なき世界目指す行動を」 出口紅教主、日本の役割訴える
大本の出口紅教主は5日、「核兵器禁止条約」の採択に貢献した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のノーベル平和賞受賞についてコメントし、「世界で唯一戦争での被爆体験を持つ国でありながら今回の条約に反対した日本は、核なき世界を目指して平和のために先頭に立つべき行動が求められる」と核廃絶に向けた日本の主導的役割を訴えた。京都府綾部市の聖地・梅松苑で執り行われた大本開祖大祭で発表した。核廃絶への日本の役割に期待する出口教主
出口教主は、広島・長崎の被爆者の長い年月にわたる努力と世界中の心ある人たちの動きが受賞への大きなエネルギーになったと讃えた上で、核廃絶を訴えてきた宗教界、大本にとっても嬉しいニュースだと述べ、「核兵器の非人道性、使用された後の惨状、恐るべき姿に世界の目が向けられたことは誠に意義がある」と考えを示した。
その一方で、日本が核禁止条約に反対したことに関し、「非常に複雑な立場に置かれている」と理解を示しながらも、核廃絶への日本の役割は重要になると期待を寄せた。
さらに、出口王仁三郎聖師が示した根本経典の一つ『霊界物語』には、繰り返し非戦・非暴力の教えが説かれているとし、「このことは遠い神代の昔話ではなく、現代にも通じるもの」と強調し、「その精神を私たちは広く伝えていかねばならない」と語った。
大本開祖大祭は、大正7年11月6日に昇天した出口なお開祖(1837~1918)の遺徳を偲び、この世の創造神として祀る大神の神徳を讃える大本の四大祭の一つ。この日は約2500人が参拝し、世界平和と人類の救済を共に祈った。
1年間の収穫に感謝する新穀感謝祭も合わせて執行され、祭典が営まれた長生殿では米や魚、栗や柿など秋の収穫物などが祭壇に供えられた。東日本大震災や熊本地震、九州北部豪雨の被災地復興を願うとともに、シリア内戦や核兵器開発を巡り緊迫する北朝鮮情勢などに対し、「大難を小難に小難を無難に」と祈願する祝詞が奏上された。
出口なお開祖の昇天から来年で100年の節目となる。鈴木穎一本部長は、京都府福知山市の開祖生家跡「厳の郷(いづのさと)」に整備中の参拝者用駐車場などについて、「開祖さまご昇天100年にあたり、来年の完成を目指して整備を進めている」と話した。
2017/11/9 妙法院門跡 杉谷義純門主が晋山 日本の精神文化を次世代に!
天台宗の五箇室門跡の一つである妙法院(京都市東山区)宸殿で10月31日、第52代杉谷義純門主(75)の晋山式が執り行われた。宗門要路や国内外の諸宗教者ら約400人が参集した。
杉谷門主は散華の後、内陣奥に上がり歴代門主の名が記された相承譜に記帳した。表白では、三十三間堂を有する名刹妙法院の歴史に触れるとともに、教えや法灯を継承する決意を示した。
森川宏映天台座主は、杉谷門主の人となりを「何事においても自分の強い信念を持ちまして、曲げることなく実践に移されている」と称賛。その実行力で「我が天台宗のみならず、今日の宗教界を導いていただきたい」と期待を寄せた。晋山式に臨み内陣へ歩を進める杉谷門主
市内のホテルで開かれた祝宴では、世界宗教者平和会議日本委員会の理事長を務める杉谷門主の広い交友関係を示すように、伝統教団の管長、宗務総長の他、神道、キリスト教、イスラム教、新宗教の諸宗教の代表者が出席。元国連事務次長の明石康氏や作家の瀬戸内寂聴氏らも訪れ、乾杯の発声は浄土真宗本願寺派の大谷光真前門主が務めた。
杉谷門主とともに当時の妙法院門跡の三崎良泉門主の下で得度し、同じ慶応大学へと進学した杜多道雄宗務総長は、学生時代からのエピソードを披露。当時から杉谷門主が「僧侶の目線ではなく、世間一般の人々の視点で仏教を捉え直すことを目指していた」と話し、その後も教団の活動を社会に広げようと、宗務総長などを歴任して宗団改革に情熱を傾けていたことを紹介した。
杉谷門主は、「日に日に責任を痛感している」と胸中を語り、同寺が多くの文化財・国宝を所蔵していることから、「日本の精神文化の結晶をお預かりしている」と受け継がれてきた教えや宝物を次世代に継承していくことを抱負に挙げた。
一方で、社会的な存在としての妙法院のあり方についても思いを巡らし、「近年、人々の宗教に対する見方は益々多様化している。要望するところもまったく多面的です。それにどのようにお応えしていくか」と述べ、列席者に対して「一つひとつお導きをいただきながら、職責の一端を果たすことができればありがたい」と話した。
2017/11/9 日蓮宗荒行スタート 法華経寺、ピーク時より半減 入行資格変更が影響 法華経寺86人、遠壽院12人
冬の100日間、寒水を被り薄い粥を啜り、睡眠は1日3時間という過酷な修行を経て修法師となる日蓮宗の大荒行。1日に千葉県市川市の大本山中山法華経寺で、入行会からスタートした。今年度は86人が入行。ピーク時の平成22年度(2010)に比して、ほぼ半減した。近年では同25年度(2013)が102人ともっとも少なかったが、それも下回った。一方、遠壽院は12人が入行した。
法華経寺の入行者は参籠5人、五行8人、四行10人、参行16人、再行22人、初行25人で、昨年の130人に比べ44人の減少となった。
入行僧が大幅に減少した理由は、入行資格が「23歳以上」から「信行道場を出て教師認証を受けてから3年以上」に変更されたことや、少子化によって教師資格取得者がそもそも減少している影響のほか、「伝師が交代すると一時的に減る傾向がある」(宗内関係者)とのことで、来年度以降は回復するとみられている。全身全霊の読経をする行僧たち
当日は早朝から見送る家族・檀信徒・友人らで境内は溢れかえった。白衣をまとった入行僧は緊張した面持ちで午前9時に祖師堂に入り、法華経寺貫首の新井日湛伝主を導師に、雄叫びのように法華経を読経した。吉澤順將伝師たちから委嘱状を受けた入行僧は、2月10日の成満への決意を全身にみなぎらせた。
来賓の小林順光宗務総長は「宗務総長を拝命して4年、この度が任期最後の入行会です。法華経寺塔頭に生を受けこの境内で育った私にとって外の風景は子どもの頃から見慣れた風景ですが、本日、私の眼には何かありがたく、心から感動を抑えきれず滲んで見えております」と行僧たちの姿に感無量の様子を示し、修法師として磨きをかけてほしいと願った。
新井伝主は一にも二にも行堂清規を守り「体に気を付けて100日間頑張っていただきたい」と激励した。吉澤伝師は「修行ですから楽ではありません」と述べ、自由も社会的地位も何もかも尊神に預けての仏法三昧を入行僧と共に誓った。檀信徒に対しては「心配なことと思いますが、どうぞご自坊で助行のお題目をお唱えください。必ずや行僧の力となります」と語りかけた。
同日、遠壽院でも荒行が始まった。参行3人、再行4人、初行5人の計12人(昨年比3人減)が戸田日晨伝師の下で100日間の修行を積む。
2017/11/16 「仏教と自死」で国際シンポ 深刻化の背景に関係の希薄化
孝道教団・国際仏教交流センターが主催する「仏教と自死に関する国際シンポジウム・関東版」が6~8日、神奈川県横浜市の孝道山本仏殿で開催された。韓国、タイ、インド、台湾、香港、アメリカ、スウェーデンなど10カ国・地域の代表を含め約100人が、自国で深刻化する自死や精神疾患の問題について意見交換。自死の要因に経済的事情だけでなく、人間関係の希薄さも指摘された。(続きは11月16日号紙面をご覧ください)
2017/11/16 大正大学に祈願塔 山形県最上町寄贈の杉 諸願成就、地方創生の絆に
東京・巣鴨の地域交流の場として親しまれている大正大学の仏教文化施設「すがも鴨台観音堂」(鴨台さざえ堂)の正面に、新たなシンボルとなる祈願塔が建立された。その開眼供養を11日、大塚伸夫学長を導師に5宗派の学生僧侶9人が職衆を務めて厳修。法要後には、観音堂頂上階の本尊と結ばれた五色の糸に触れながら、祈願塔に諸願成就を願う参拝者の姿も見られた。開眼した祈願塔のご利益について法話する大塚学長
祈願塔は、同大地域創生学部の実習地の一つである山形県最上町から寄贈された杉で建立。「森が人をつなぐまち」を町政のスローガンに掲げる最上町の髙橋重美町長は、「御神木を通じた絆作りをさせていただいた。こんなに嬉しいことはない」とコメント。「大正大学の学生さんを通して最上町も学ばせていただき、地方創生・里山再生への気付きをいただいている」と感謝した。
大塚学長は、祈願塔のご利益について法話。参拝者に「今、お持ちになっている願いごとを観音様にお伝えし、お願いしていただきたい」と語りかけた。
地域創生学部の学生は、同大と連携している各自治体(現在12地域)で40日間の実習(1年次)をし、「それぞれの地域の課題とその解決策を学生の視点で見つけて地域の報告会で発表する」(同大フィールド学習センターの松永多以さん)。2年次には東京実習で「地域プロモーション」を学び、3年次に再び地域実習を行って具体策を実践する。ここから「動く経済学部」(松永さん)と言われている。
同大地域構想研究所最上町支局長で「3年前まで最上町役場の職員だった」という金田綾子さんは、「地方では若者が東京の大学に出てしまうと、そのまま就職して帰ってこないことが多い。大正大学の学生さんが実習で町に滞在してくれることで、町にも活気が出てきた」と指摘。今年は学生6人が地域実習を行い、住民の意識調査を通して様々な観光資源の活用や温泉街・林業の活性化、新たな湧水箇所の発見などを若者ならではの斬新な視点で報告した。
金田さんは、「これからも大正大学さんとの交流を深めていきたい」と抱負。「東京で(地方創生の)イベントがあれば、いつでもお手伝いに来たい」と話した。
2017/11/16 築地本願寺に合同墓 「開かれた寺」へ諸事業推進
東京都中央区の浄土真宗本願寺派築地本願寺(安永雄玄宗務長)では、今年の創建400年を記念して境内地を整備し、新たにインフォメーション施設や合同墓を開設。その記者発表が6日に行われた。安永宗務長は「開かれた寺」を目指した事業であることを力説した。
インフォメーションセンター屋上から見た合同墓
以前は駐車スペースだったり、屋外イベントが行われてきた境内。正門から本堂に向かって左側の敷地に1階建て(中2階あり)のインフォメーションセンターと合同墓が配された。周辺は芝生が植栽されている。
半地下の合同墓は個人区画2万4千、合同区画2万4千の4万8千を有する。「生前の申し込みを原則として個人ごとに遺骨を収蔵する永代合同墓所」(安永宗務長)。細かくした遺骨を専用袋に入れて箱に納めるため、他の遺骨と混ざることはない。
最初から合同区画を選択できるほか、6年間(7回忌)と32年間(33回忌)まで個人区画を選び、それから合同墓に移すことも可能だ。永代使用冥加金は30万円以上から。年間管理費は不要。安永宗務長は「都心の心安らぐ墓所として築地本願寺が責任を持って永代にわたるお預かりをします」と明らかにした。施設建設のほか境内地整備を含む事業費は16億円。
インフォメーションセンターは築地本願寺の総合案内窓口となり、カフェやブックセンター、オフィシャルショップを併設。セミナーや法話などの多目的ルームを完備している。
2017/11/16 駒沢学園創立90周年を祝う 禅の精神で女子教育 看護学部と人間総合学群設置へ
駒沢女子大学や女子中学・高等学校などを擁する東京都稲城市の㈻法人駒沢学園(光田督良理事長)は8日、創立90周年記念式典を開催した。曹洞宗大本山永平寺の福山諦法貫首の親修で記念法要を営んだ。創立者・山上曹源(1878~1957)から綿々と続く仏教や禅を基盤とした建学の精神「正念」「行学一如」を100周年、さらなる未来へと伝えることを誓った。
福山諦法・永平寺貫首親修による記念法要
駒沢学園女子中学校の生徒代表が「散華の舞」を舞い本尊一仏両祖と式場を荘厳し、福山貫首が入堂。教職員・学生たちと共に般若心経を読誦した。福山貫首は垂示で、「高祖道元禅師は、理想の覚りは日々の生活の中にあるという修証一等をお示しになられました」と述べ、学校生活のすべてが学びであるという行学一如の精神で生活する駒沢学園を賞賛。「現今の殺伐とした社会の中で、自分自身に何ができるのか、何をなすべきか。常に道元禅師のみ教えに照らし合わせて日々の学道精進を進めていただきたい」と語りかけ、永平寺との深い絆を保ちながら発展していってほしいと願った。
続く式典では光田理事長が式辞を述べた。「1927年世田谷の地に駒沢高等女学院として開学し、87年にはこの稲城に全面移転しました。その間、戦災による校舎の焼失をはじめとする多くの困難に直面したこともありました」と語り、47年には学制改革による駒沢学園女子中学校、48年には駒沢学園女子高等学校、66年に駒沢女子短期大学保育科ができ「ほぼ20年ごとに新しい事業を展開してきました」と振り返った。
移転後の92年には念願の4年制女子大学を建学。幼稚園から大学院までの「女性教育の総合学園」を自負しつつ、昨今の少子化による入学者の減少を受け2013年に発表した「中長期計画」にも触れた。来年度には従来の人文学部を改組して人間文化学類・観光文化学類・心理学類・住空間デザイン学類を包括する「人間総合学群」とするほか看護学部を新設する。それ以後の中高の抜本的改革も展望し、100周年とそれ以後の発展に向け教職員一同の一層の努力を誓った。学園の未来に向けて抱負を語る光田理事長
林芳正文部科学大臣の祝辞を土生木茂雄視学官が代読。行学一如の精神でこれまで約5万人もの卒業生を送り出してきたことに敬意を示し、「駒沢女子大学では、稲城市をはじめとした近隣自治体との交流や仏教系大学の特徴を生かした公開講座など、地域社会との連携を積極的に推進していると承知しております」と、時代の要請に応えた学校運営に感謝した。駒澤大学総長の池田魯參氏は「私事で恐縮ですが、山上先生の遺志を継がれた小川弘貫先生(元理事長)は私の大学院博士課程時代の恩師であります」と述懐し、焼け跡からの再建、小中高短大の設立などの労苦を折に触れて聞いていたと感慨を語った。東京私立中学高等学校協会会長の近藤彰郎氏、稲城市長の高橋勝浩氏も祝辞を述べた。
学園のために献身してきた教職員や関係者には、福山貫首からの感謝状を贈呈。小林昌道監院が手渡した。
2017/11/23.30 大正大学が授業料相当額4年間給付 地域人材育成、20人募集
東京都豊島区の大正大学(大塚伸夫学長)は来年度の「地域人材育成奨学金」(返還不要)について、入学者から合計20人を採用すると発表した。地域創生・活性化を志す学生に、授業料相当額を4年間給付する。
対象は、「将来出身地などに戻って活躍したい学生」「地域の課題解決を行う情熱とそのための学習意欲を持った学生」など。受給資格者は、一般入学試験(前期日程)の成績優秀者。採用人数は、地域創生学部から10人、心理社会学部・人間学部・文学部・表現学部・仏教学部の学生から10人。
給付額は地域創生学部100万円。心理社会学部・人間学部・文学部・仏教学部70万円。表現学部75万円。エントリーシートは同大HPからダウンロード。
同奨学金は、制度開始から2年目を迎える。11月現在13人が出身地のまちづくりや商店街の活性化、伝統文化の継承等、それぞれ熱い目的を持って奨学金を活用している。
2017/11/23.30 全日仏次期会長に江川辰三・総持寺貫首 来年11月WFB大会
(公財)全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)は15日に開催した第19回理事会において、来年4月から始まる第33期会長に曹洞宗大本山總持寺の江川辰三貫首の就任を発表した。副会長6人も決まった。曹洞宗からは第27期の大道晃仙氏(大本山總持寺貫首)以来となる。江川次期会長
全日仏は来年11月5日から9日まで、千葉県成田市内のホテルを主会場に第29回WFB世界仏教徒会議および第20回WFBY世界仏教徒青年会議日本大会を開催する。その一環として、平和法要を横浜市鶴見区の總持寺で営む予定で、江川次期会長はその導師を務める。
次期会長と副会長は次の通り。敬称略。
【会長】
江川辰三(曹洞宗大本山總持寺貫首)昭和3年(1928)3月生まれ。89歳。駒澤大学卒。平成23年(2011)、大本山總持寺貫首に就任。来年1月、曹洞宗管長に就任予定(3度目)。
【副会長】
田中昭德(聖観音宗管長・浅草寺28世貫首)昭和7年(1932)2月生まれ。85歳。武蔵野音楽大学卒。
森田俊朗(和宗総本山四天王寺第112世管長)昭和17年(1942)7月生まれ。75歳。和歌山大学卒。
狹川普文(華厳宗管長・第222世東大寺別当)昭和26年(1951)3月生まれ。66歳。龍谷大学大学院修士課程(仏教学)修了。
和田大雅(神奈川県仏教会会長・真言宗御室派龍華住職)昭和17年(1942)12月生まれ。74歳。日本大学大学院修士課程(哲学)修了。
伊藤正導(愛知県仏教会会長・真宗大谷派正賢寺住職)昭和22年(1947)2月生まれ。70歳。同朋大学卒。
藤田隆乗(日韓仏教交流協議会会長・真言宗智山派川崎大師平間寺貫首)昭和30年(1955)3月生まれ。62歳。大正大学大学院博士課程(仏教学専攻)単位取得退学。
2017/11/23.30 緊迫する北朝鮮情勢 新宗連、千鳥ヶ淵で平和の集い 祈りと対話で危機回避願う
緊迫する北朝鮮情勢を平和的に解決しようと新日本宗教団体連合会(新宗連)の主催で23日午後、東京・国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で「すべてのいのちを尊び平和を祈る集い」が開かれた。時間にして40分ほどだったが、首都圏を中心に15教団3800人が参集し、祈りと対話による危機回避を願った。北朝鮮情勢の危機回避を願って3800人が祈りを捧げた
「世界に一つだけの花」の大合唱で始まった集い。主催者を代表して新宗連の保積秀胤理事長(大和教団教主)は北朝鮮が繰り返す核開発とミサイル発射実験が緊張を高めていると憂慮。武力衝突に到った場合には世界が深刻な影響をうけると述べ、「朝鮮半島における武力衝突と戦争への突入は、いかなる理由があろうとも回避されなければならない」と訴えた。
来賓挨拶は、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の杉谷義純理事長(天台宗妙法院門跡門主)、河野太郎外務大臣(中根一幸副大臣代理出席)、加藤勝信厚生労働大臣兼拉致問題担当大臣3氏が行った。その中で杉谷理事長は仏典から「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」と「兵戈無用」を紹介しつつ「戦争に勝利者はなく、いずれも敗者」だとし、「私たち一人ひとりの力は弱いかも知れないが、祈りと対話を通じて今日の危機を回避すべき、連帯の輪をさらに広く、広く、広げていこうではないか」と呼びかけた。来賓の杉谷理事長の挨拶に聞き入る参加者たち
新宗連の宮本惠司常務理事(妙智會教団法嗣)が「北朝鮮情勢を平和的に解決するため、国際社会においてあらゆる外交ルートを通して最善を尽くすよう求める」とする平和へのメッセージを朗読し、その文書を中根外務副大臣に託した。
最後に参加者一同が「全てのいのちを尊ぶ世界」の実現に向けて、共に武力衝突を回避し平和的解決を祈念した。
新宗連は毎年8月14日夕刻から千鳥ヶ淵墓苑で戦争犠牲者慰霊・平和祈願式典(8・14式典)を開催しているが、こうした形で千鳥ヶ淵墓苑で国際的な危機回避を祈る集いは、2003年2月のイラク危機以来、2度目となる。
2017/11/23.30 愛学・曹洞宗訴訟東京地裁判決 主文「却下」も不法行為認定 3氏懲戒処分「無効」
学校法人愛知学院の理事と元理事で曹洞宗宗議会議員の3氏が、曹洞宗審事院から下された懲戒処分の無効や宗議会議員の地位確認などを求めた民事裁判の判決が16日、東京地裁であった。佐藤哲治裁判長は、主文で懲戒処分無効確認請求については訴えを「却下」したものの、判決文で懲戒処分は「無効」とし、曹洞宗側の不法行為を認定した。
訴えていたのは愛知学院元理事の龍谷顕孝氏、理事の山路純正氏と千葉省三氏。3氏は平成27年12月、審事院からそれぞれ謹慎6カ月(執行猶予1年)、分限停止11カ月、分限停止1年の懲戒処分を受けていた。確定すれば宗議会議員の資格を失うが、3氏は東京地裁に地位確認の仮処分申立書を申請し、これが認められ平成28年2月議会に出席できた。
曹洞宗側の処分理由は、責任役員が推薦した愛知学院理事は任期内(4年)であっても内局が交代したら学院理事も交代すべきであり、また「正規の手続き」のないまま愛知学院理事などの任期を2年から4年に延長したというもの。これに対して3氏は曹洞宗を相手取り昨年3月1日、提訴していた。(続きは紙面をご覧ください)
2017/12/7 京都・宝蔵寺で十夜フェス 僧侶もロボットに代わる? 人との境界線考える
僧侶と芸術系の学生が寺でアートイベントを催す「十夜フェス」が11月10~19日、京都市内の3カ寺で開かれた。中京区の浄土宗西山深草派宝蔵寺で17~19日、法衣をまとい輪袈裟をつけた「僧侶ロボット」と一緒に営む法要を見せ、急速に開発が進む人工知能(AI)との向き合い方を考える企画があった。煩悩を払う脳みそ型の装置をつなぐ機械の水冠をかぶった小島住職
「ナゼワタシヲツクッタノデスカ?」
「人とロボットの境界線なんて曖昧なものさ…」
自我に目覚めたAI搭載ロボットとの奇妙な掛け合いの余韻が残る中、小島英裕住職(50)と住職の顔型をとってつくられたロボットに煩悩を払う装置がつなげられ、異物感際立つ法要が営まれた。
企画したのは、昨年の十夜フェスで人とロボットの対立を演出した京都市立芸術大4年の中井友路さん(23)。今年は趣を変え、「ロボットに対抗するのでなく、自分なりの向き合い方を考えるきっかけにしてもらえれば」。
法要を見た檀家男性(63)は、「ショッキングだった。枕経は住職にあげてほしい」。京都女子大の4年生(22)は、「便利かもしれないが、心に関わる領域は大切に残していきたい」と感想を口にした。
僧侶ロボットが話すのを複雑な思いで聞いていたという小島住職は、「煩悩で誤作動を起こす心を整えるのが信仰。負けないよう伝えていきたい」と語った。
浄土宗の十夜法要にちなんで始まった十夜フェスは今年で3年目。龍岸寺(下京区)と金剛寺(東山区)でもイベントが催された。
2017/12/7 日印文化交流ネット発会 WEB上で「心の交流」
日本とインドの文化交流に関心を持つ人たちが情報を共有・発信する場となる「日印文化交流ネットワーク」の発会式が11月30日、東京都千代田区の学士会館で開催された。スジャン・R・チノイ駐日インド大使をはじめ、僧侶や研究者ら50人が参加。同ネットワークのホームページ(tsu
nagaru-india.com/つながるインディア!)もお披露目された。同ネットワークのHP。会員がインド関連の情報を投稿できる
経済・政治分野での活発な動きを見せる日印両国にあって、これまでの交流の主流にあった仏教関係を中心にした学術、文化、芸能、NGOなど各サークルがつながり、WEB上で情報を共有・発信するプラットフォームを目指して発足。世話人代表で駒澤大学名誉教授の奈良康明氏は療養中のためビデオメッセージを送り、約60年前にインドに留学した体験を述懐しながら「文化交流は心の交流」とその大切さを強調。代表幹事の山田一眞氏(八王子市・金剛院住職)はインドに関わる人たちが情報を共有・利用することで活動の活性化につながると意義を話した。
来賓のチノイ駐日インド大使は「日印は伝統的に仏教という歴史的な絆で強化された温かで友好的な関係を享受してきた」と歴史を踏まえながら、「競争が激しくなっている世界において、お互いの心・知性・文化・伝統を理解せずにはいられません」と両国の文化交流を歓迎した。
同会のホームページも紹介された。「イベント情報」「学ぶ・知る」「ギャラリー」「お知らせ」などのカテゴリーで構成。WEB上で自由に情報を交換できるプラットフォームで、会員(正会員・ネット会員)が情報を投稿できる。問い合わせはホームページの「お問い合わせ」フォームから。
2017/12/7 立正大学熊谷キャンパス50周年 新学部の設立を宣言 3年後 スポーツと自然農法を柱に
日蓮宗の宗門校である立正大学(齊藤昇学長)は11月26日、埼玉県の熊谷キャンパスの開設50周年記念式典を熊谷市内のホテルで開催し、政財界や教職員、卒業生ら約300人が参加した。新学部の設置など、より広範な人材教育・地域貢献を行うためのプラン「熊谷キャンパス宣言」を発表。2022年の大学設立150周年に向けて飛躍の将来像を描いた。式典で「熊谷キャンパス宣言」を発表する齊藤学長
「宣言」は、社会連携・協働型の実践的な新学部の20年4月開設を目指すとしているほか、中村孝生氏(モスクワオリンピック5千メートル日本代表)を監督に迎え箱根駅伝チームの創立(18年)、自然栽培研究センター(仮称)の設置(19年)などを挙げている。
新学部は「公共政策学部(仮称)」で、地域政策とスポーツ政策の2学科を計画している。自然栽培研究センターは「ローマ法王に米を食べさせた男」として知られる日蓮宗僧侶の高野誠鮮氏と「奇跡のリンゴ」の農家・木村秋則氏がアンバサダー(大使)に就任した。
「宣言」を実現するため、10カ年計画での熊谷キャンパスマスタープランも提示され、約10万坪の敷地を活かした新ライブラリー・ミュージアムの新設や自然栽培農法の取り組みのモデルとしての「立正ファーム」を開墾するなどが予定されている。工学院大学名誉教授の倉田直道氏が監修を務める。
式典では小林順光日蓮宗宗務総長の祝辞を中井本秀伝道局長が代読。日蓮聖人の三大誓願に基づき、石橋湛山第16代学長が定めた真実・正義・和平の建学の精神をもって地域社会に根付いた学び舎として多くの人材を育ててきたことを祝した。熊谷市長の富岡清氏は19年に行われるラグビーワールドカップへの協力や産学官連携に感謝。新学部にも「心強く感じました」と期待を寄せた。
式典後の記者会見で学校法人立正大学学園の古河良晧理事長が地域人材育成について日蓮宗宗門とも今後連携を深めていきたいと語り、現在の宗門スローガン「いのちに合掌」とも関連して土中の虫など小さな命も大切にする自然農法の重要性を強調。進める中で全国の日蓮宗寺院や農家との協働も模索していく機会も増えると展望し、「実は私は自然農法をアジアの仏教国に広めたいという思いもある」とも語った。
熊谷キャンパス(熊谷市万吉)は1967年に教養部を設置して開設。10万坪の敷地に現在は2学部が置かれており、昨年は社会福祉学部が20周年を迎え、来年は地球環境学部が20周年になる。
2017/12/14 浄土宗開宗850年(2024年) シンボルマーク決定 法然上人の御影モチーフに
一般公募していた浄土宗開宗850年のシンボルマークが決まり、京都市東山区の総本山知恩院で3日、最優秀賞に選ばれた神奈川県川崎市のデザイナー、梶塚盛利さんらの表彰式が行われた。座して数珠を手にする法然上人の姿を緑一色のシルエットで表現
キャッチコピー「お念佛からはじまる幸せ」を象徴するものとして、7~10月に募集。全国から393人が応募し、601点が寄せられた。11月に選考会が開かれ、土方了哉・浄土宗開宗850年準備事務局長など関係者や森本武・嵯峨美術大学長らが最優秀作のほかに優秀作3点、佳作10点を選んだ。
合掌や手を合わせる姿のデザインが多かった中で、最優秀賞を受賞した梶塚さんの作品は、大胆に法然上人の御影をモチーフにした。座して数珠を手にする法然上人の胸から上部を緑色のシルエットで表現している。
「他宗との違いを明確にするには、850年にわたる法然上人の存在を強く表現することが最も分かりやすいと考えた」と梶塚さん。開宗の起源を多くの人に再認識してもらう機会にもなると説明した。
表彰式では、伊藤唯眞浄土門主が祝辞を述べ、豊岡鐐尓宗務総長が表彰状を贈った。来年1月5日まで知恩院法然上人御堂、続いて6~31日まで和順会館で2回に分けて全作品を展示する。4月の御忌に合わせて大本山増上寺(東京都港区)でも一部披露し、その後、各大本山などを巡回する予定。
2017/12/14 京都府仏教連合会 30周年記念大会開く 古都税紛争を経て発足 期待に添える修行を
京都府仏教連合会(理事長=栗原正雄・臨済宗妙心寺派宗務総長)は4日、京都市右京区の臨済宗妙心寺派大本山妙心寺微妙殿で創立30周年記念大会を開いた。栗原理事長は「既成仏教教団や寺院、僧侶を取り巻く環境は大変厳しい。しかし、存在意義を問われる一方で、寺院や和尚に期待を寄せる人々もいる。そうした方に寄り添えるように、それぞれの立場でお釈迦様のみ教えを行じていきたい」と話した。
記念式典では、石上智康・全日本仏教会理事長や門川大作・京都市長が祝辞。石上理事長は、国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)を紹介し、「SDGsに示されたような課題に取り組んでいくには、人間の止まらない欲望と根本的な愚かさからの解放を目指す仏教の役割は大きい」と重要性を語った。30周年記念大会・住職永年勤続表彰で挨拶する栗原理事長
門川市長も京都の今後の発展に宗教の必要性を強調。「千年を超える悠久の歴史を持つ京都の根底には宗教がある。ここまで京都が発展してきたのは宗教のおかげ」と寺院・僧侶の協力を求めた。
京都府仏教連合会は、昭和60年(1985)前後の古都税紛争が発端になり、昭和62年に京都仏教会から距離を置いた日蓮宗系、法華宗系、浄土宗系、浄土真宗系、真言宗系、曹洞宗、臨済宗妙心寺派などの有志寺院が再結集し発足した。現在は知恩院、東西本願寺、智積院、妙心寺の各本山が持ち回りで理事長や事務局を担っている。
吹田良忠事務総長は、これまでの経緯を振り返りながら、「時の流れは早いもので30周年を迎えた。花まつりパレードや仏教講演会、勤続表彰など様々な活動ができているのは、皆さんの深い理解とご協力の賜物」と御礼を述べた。
当日は、住職永年勤続表彰や功労者表彰も執り行われた。同会に貢献した多賀仏教会や花まつりパレードに協力している龍谷大学吹奏楽部、新京極商店街振興組合、錦綾幼稚園などを表彰。勤続50年表彰を受けた浄土宗大本山金戒光明寺塔頭勢至院の豊原成彦住職(85)は「住職になった時は、人生50年と言われた時代。まさか自分が表彰されるとは思わなかった。まだまだやり残したことがあるので、がんばっていきたい」と話した。
2017/12/14 愛知学院理事・曹洞宗訴訟 〝国家の不当介入〟主張 双方とも控訴
曹洞宗審事院による懲戒処分をめぐって学校法人愛知学院理事および元理事で宗議会議員3氏と宗教法人曹洞宗との訴訟は先月16日、東京地裁で判決が出され、主文で原告の主張を「却下」しつつも、判決文で宗門側の不法行為を認定した。この判決を不服として双方とも控訴した。曹洞宗は「宗教教団の中に踏み込む地裁判決はおかしい。危機的な意識を持っている」と主張している。
曹洞宗顧問弁護士は判決に対するコメントを発表。主文第一項で「却下」としているのは「当方の主張が受け入れられた形」であり、「裁判内容の拘束力が発生する主文では懲戒処分無効確認について却下判決となっているため、依然として懲戒処分は有効」としている。
地裁判決では3氏の宗議会議員の地位を認めた。この点について曹洞宗顧問弁護士は「主文第1項と同様に曹洞宗の宗教的自律性に介入するものであって、却下されるべきもの」と説明。そして「東京地裁判決は宗議会議員の地位という宗教団体の内部の問題に裁判所が介入し、曹洞宗審事院の懲戒処分の判断内容に国家が不当介入するものである等の多数の問題がある」と指摘した。
一方、原告の理事側顧問弁護士は、主文の「却下」は、「宗教法人が当事者になる裁判の場合に、宗門内部の問題について裁判所が判断をしないという考え方があり、それに、そのまま従ったもの」と解説。「判決において明確に懲戒処分が違法・無効なものであることが認められている」と主張している。
本紙の質問に曹洞宗は「この度の判決は、裁判所が、曹洞宗における宗議会議員の地位という宗教団体の内部の問題に触れ、曹洞宗審事院の懲戒処分の判断内容に国家が不当介入するものであると認識しております」と回答した。(紙面に解説記事)
2017/12/14 回想2017 日本人口減と世界人口増の中で 納骨堂ブーム 寺院は継続できるか 核廃絶とSDGsに関心広がる
天皇陛下が昨年「生前退位」のご意向を示され、このほど2019年4月30日をもって「平成」は幕を閉じ、翌5月1日から新天皇のもと新元号になると発表された。今後、マスメディアでは平成時代を回顧する企画や証言が登場してくるだろうし、仏教界・宗教界においても同様のことが起こるだろう。8月に開かれた比叡山宗教サミット30周年の集いには、海外18カ国24人の公式招へい者など1300人が参集した
平成末の今年は何があったのか。まずは震災犠牲者追悼の年であった。阪神淡路大震災23回忌(1月)、東日本大震災7回忌(3月)、熊本地震1周忌(4月)である。全日本仏教会が10月、福島県郡山市で追悼行事を営んだことは記憶に新しい。さらに7月の九州北部豪雨をはじめ台風被害など自然災害が相次ぎ、改めて日本が災害列島であることが実感された。
過疎と葬儀
近年、仏教界において最大の関心事は過疎地寺院と僧侶派遣や合同墓の増加で変化する葬送事情であろう。両者は相互に関連し合っており、各教団でも研究や対応がなされてきている。とりわけ人口集中地(首都圏)で離郷檀信徒の葬送に関する情報を一元化しようとする取り組みは大谷派が先んじていたが、本願寺派東京別院(築地本願寺)、智山派が新たな試みを開始した。
築地本願寺は11月、総数4万8千の納骨を可能とする合同墓を開設した。家族が縮小し、単身世帯が増加傾向にあるため、承継者を必要としないこうした埋葬は増えている。都市部では納骨堂チラシやポスターを到るところで目にすることができ、いわばブームである。にしても数万規模を擁するこの種の納骨堂や室内墓所はほとんど見られず、「首都圏の納骨文化を変える可能性がある」(葬儀業界の専門家)という声もある。というのは真宗には本山納骨の慣習があり、本来ならば京都の大谷本廟だが、それが首都圏で納骨が可能となるからだ。
過疎地寺院については各教団の議会でしばしば提起されてきたが、日本社会全体の問題でもあり、高齢化もあってこれといった施策を打ち出しにくい。この夏、話題となった書籍に河合雅司著『未来の年表―人口減少日本でこれから起きること』(講談社)がある。その第1部に収録されている「人口減少カレンダー」は目を覆いたくなるような厳しい現実を突きつけている。
西暦2039年には深刻な火葬場不足に陥ると予測。2030年に年間死者数は160万人を超え、2039年と2040年に168万人のピークを迎える。そのため首都圏では火葬場だけでなく霊園も不足すると指摘し、こう投げかけている。
「故郷から都市部に改葬する人も増えてきているが、高齢者が集中する首都圏などでは今後、ますます霊園不足が予想される。一方、地方のお寺などでは、都会に流出した人たち向けに『永代供養』を引き受けるところも増えているが、お寺も少子化の例外ではない。跡取り不足に悩み、廃寺となるところも出てきている」
合同墓や納骨堂は、これを運営する寺院(宗教法人)が永続するとの考えから成り立っている。しかし人口減少の中で寺院後継者が永久に続くことができるのか。この点は新たな課題となる。
核廃絶とSDGs
比叡山宗教サミット30周年「平和の祈りの集い」が8月3・4両日、京都と比叡山で開かれた。そこで発表された比叡山メッセージに注目すべき点がいくつかある。まずは核兵器廃絶と脱原発の姿勢が明確に示されていることだ。先立つ7月7日、国連総会で核兵器禁止条約が122カ国の賛同を得て採択された。この前文にはヒバクシャ(被爆者)が明記された。にもかかわらず日本は賛同しなかった。
この条約を推進するには障害は少なくないが、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)にノーベル平和賞が贈られたことは、それを後押しするものだ。受賞が決まったのを受けて、ICANと共同活動した経験のある世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の杉谷義純理事長は本紙への寄稿で、経典にある「兵戈無用」は決して空理空論ではないと論述した。被爆者と宗教者の思いは共通している。
比叡山メッセージではSDGs(持続可能な開発目標)にも言及。「この開発目標は取り組みの過程で『地球上の誰一人として取り残さない』というもので、まさに宗教者の立場と一致しており、これを強く支持したい」と明言。SDGsは貧困や教育、環境など大きく17の項目と169のターゲットからなる。
10月に全日本仏教会財団創立60周年式典でも石上智康理事長がSDGsに対して仏教の果たす役割があると述べた。11月には築地本願寺でSDGsと仏教をテーマにしたシンポジウムが開催された。こうした分野に仏教界全体の関心が高いとはいえないが、食糧やエネルギーを外国に依存しているだけに世界に目を向けることは必要だ。
SDGsの目標達成年は2030年である。確かに日本は人口減少のさなかにあるが、世界は人口増加にあり、同年には86億人と予測されている。仏教界・宗教界は脚下照顧と同時に国際的な視野も求められる。