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秋の読書特集2023

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『週刊佛教タイムス』2023年10月19日号の「秋の読書特集」では、18冊の仏教書・宗教や信仰をテーマにした書籍をご紹介しました


『だから知ってほしい「宗教2世」問題』(筑摩書房)塚田穂高ほか編著 
『成尋』(吉川弘文館)水口幹記 著
『書物の時代の宗教』(勉誠出版)岸本覚 曽根原理 編 
『修行者達の唯識思想』(春秋社)佐久間秀範 著 
『近世思想と仏教』(法藏館)末木文美士 著 
『増補新版 泥の菩薩』(明石書店)大菅俊幸 著 
『初瀬句集 付連歌・和歌・御詠歌』(青史出版)清水宥聖 著 
『浄土思想 釈尊から法然、現代へ』(中公新書)岩田文昭 著 
『スーフィズムとは何か』(集英社新書)山本直輝 著 
『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(五月書房新社)辻野弥生 著 
『これだけは知っておきたい 統一教会問題』(東洋経済新報社)島薗進 編著 
『冥府考 死者の世界』(ノンブル社)田中文雄 編 
『認知症を幸せにするケース45』(興山舎)日髙明 著 
『新版 仏教と事的世界観』(作品社)廣松渉 吉田宏晢 著 
『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)鵜飼秀徳 著 
『石仏の里に佇む静寂の寺 浄瑠璃の365日』(西日本出版社)佐伯功勝 著 
『歯科診療室の窓辺から』(永田文昌堂)杉本光昭 著 
『イラストでひもとく 仏像のフシギ』(小学館)田中ひろみ 著 

秋の読書特集2023の書評の一部をご紹介

 『近世思想と仏教』(法藏館)末木文美士 著

 仏教学や日本思想史を専攻し、意欲的に研究成果を発表してきた著者。『鎌倉仏教形成論』(1998)『思想史としての近代仏教』(2022)といった著書を刊行してきた。本書タイトルには「近世思想」とあり、「近世仏教」ではない。「はじめに」のところで『日本思想大系』(岩波書店)に「近世仏教の思想」という一巻があるものの盤珪永琢、白隠慧鶴、慈雲飲光が取り上げられていないと指摘。それとは一線を画す狙いがあるのだろう。実際、神道や儒教、国学にも言及しているが、ほぼ近世仏教がテーマと言っていい。

 著者が言及するように、近世仏教は長く「堕落仏教」と見られてきた。そのため研究も滞っていた。しかしそうした見方を打破するかのような研究が出されるようになり「近世の仏教は豊かな創造力を持ち、さまざまな領域に寄与し、新鮮で価値の高い多くの遺産が遺されている」と解説する。

 本書は以下の7章で構成。1章「近世思想と仏教」2章「仏教と諸思想の交流」3章「近世中期の仏教研究─鳳潭を中心に」4章「女性と仏教」5章「近世仏伝の世界」6章「欧米に伝わった近世仏教」7章「近世から近代へ」。

 3章で論じる鳳潭(1659~1738)は「近世中期を代表する仏教学者」である。若い頃に鉄眼の大蔵経出版事業に関わり、その後も写本を閲覧発掘。この体験が後の研究や論争に活かされた。『起信論』に関しては、西山浄土宗と真言宗豊山派の学僧からの批判に反論。反論には反論で臨んだ鳳潭、その矛先は密教、禅、浄土念仏の分野にも及んでいる。

 4章「女性と仏教」では、菅原征子著『近世の女性と仏教』(吉川弘文館)に依拠しながら、女性たちが積極的に仏教に関わっていたことを明らかにしていく。菅原氏の調査で女性が開基になっている寺院が相当数あることが判明。「建前は男僧を開山」(菅原氏)という限界がありながらも、「女性はパトロンとして開基となることができ、女性が寺院の開創に寄与することが可能になった」と著者。これらのごとく近世の仏教、宗教に関する研修素材は豊富にあり、その検証は始まったばかりだ。

 この分野を先導してきたさなか、43歳で急逝した西村玲氏を惜しむ記述もあり、彼女への追悼的な意味も本書は持っている。(A5判・416頁・価4950円)



 『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(五月書房新社)辻野弥生 著

 関東大震災から100年を迎えた今年9月1日に封切りとなった映画『福田村事件』の原作となったのが本書である。気骨ある地方出版社、崙書房(千葉県流山市)から2013年に出版されたが、閉業したため新たな出版社を得て増補改訂版として上梓された。同映画監督の森達也氏も一文を寄せる。

 事件の概要は、新聞などで特集されたり、映画を鑑賞しておおよそは認識しているだろう。地震発生後、混乱の中で「朝鮮人が井戸に読を入れた」「火を付けた」などの流言が広がった。自警団が組織され、多くの朝鮮人が殺害された。地震発生から5日後の9月6日、四国・香川県から薬の行商に来ていた一行が、利根川と鬼怒川が合流する千葉県福田村(現野田市)で、朝鮮人と間違えられ15人中9人(胎児を含めると10人)殺害された。6歳、4歳、2歳の子どももいた。行商の一行は被差別部落出身者であった。

 悲惨な事件は、長く秘されていた。著者は1999年にこの事件を知り、それから調査や取材に走り出した。周辺取材も徹底しており、福田村事件以外で殺害された朝鮮人の新聞記事や資料、証言などを発掘。震災後に東京や千葉で惨劇が少なくなかったことを明らかにしている。

 福田村の住民たちが、一行が被差別部落出身であったと認識していたかどうかは定かではない。一行の讃岐弁が理解できないため、朝鮮人と疑われた。映画では、行商の親方が「朝鮮人なら殺してもええんか!」と叫ぶシーンがある。おそらく一行の出自を意識した森監督の脚色であろう。朝鮮人差別、部落差別という2つの差別を象徴する場面だが、それは本書の中核的課題でもある。

 著者は、取材のため地元の真言宗豊山派寺院を訪ねた。そこでは犠牲者全員の名前と戒名が付与されて供養されていた。1987年に香川の有志がこの寺を訪れて供養の約束をしたのだという。安堵しつつ著者は「事件現場となってしまった地元の住職として、代々、一口では言えない苦悩があったに違いない」と思いやる。

 映画には、殺害されそうになる行商の数人が、水平社宣言を読み上げ、別の人は正信偈を読経するシーンが添えられている。フィクションであろうが、差別に対する仏教者への問題提起と受け止めたい。(四六判・269頁・価2200円)



 『だから知ってほしい「宗教2世」問題』(筑摩書房) 塚田穂高・鈴木エイト・藤倉善郎 編著

 安倍元首相暗殺事件から注目されるようになった「宗教2世」に関する書は多い。しかし他の本と一味違うのは、研究者、ジャーナリスト、救援に関わる人、それに当事者を含めて40人以上が執筆し、人権侵害に対する責任追及や被害者救済といった課題解決型の編集方針を採っていることだろう。

 苦しむ宗教2世を助けようと志すなら、救援に取り組む女性用ケアハウス「LETS仙台」の松田彩絵氏の実践は必読である。ある女性は仏教系カルトに入信した母親から売春を強要され、しかも「教義を言い訳に正当化されていた」。母親から逃げたその女性の相談を受けた松田氏は、居場所を知られないよう住基ブロックをかけ、保険証、パスポート(短期間で作れる公的身分証明)を作るのを手伝い、生活保護の申請に付き添った。

 寺に駆け込んできた宗教2世に、数千円を握らせて帰すようなことは、「骨折しているひとの傷口に絆創膏を貼るような応急処置」であり、やめたほうがいいとする。

 編者の一人である藤倉善郎氏は、メディアが宗教2世をバラエティ的に消費して、それで当事者が疲弊する事例もあると指摘する。また宗教2世には経済的事情などから、教団に“籍”はあるものの、ゆっくり活動から離れるケースもあり、そのための配慮は必要だ。

 当事者の壮絶な体験も収録しているが、象徴的な言葉がある。「親の苦悩を救った教義が子どもを縛りつけている」(統一教会2世)。信者同士の結婚を重視する統一教会、児童への体罰を正当化するエホバの証人、家庭よりも宗教活動を優先する創価学会など、親の信仰に束縛されて苦しんでいる宗教2世の姿と、伝統仏教、既存のキリスト教、イスラームなどが抱える問題は、実は地続きだと本書は教えている。(四六判・416頁・価1980円)